64.炊き出し活動

 青空の下に白い旗をはためかせて、その活動は開催の時を迎えた。

「第一回コルン光神アトロポス教会 炊き出し活動」――そう描かれたのぼりの元、教会から参加した人々やその知人などが、明るい顔で作業に励んでいる。


 貧民街の一角で立ち昇り始めた白い湯気といい香りに、周りから興味を持った大勢の人々が集まりつつあった。


 露店の様にいくつかテーブルを立ち並べた上に、調理用の魔具などを置き、あらかじめある程度準備しておいた食材を煮込んでゆく。作っているのは消火に良い雑炊だ。

そして集まった周囲の人々への呼びかけが始まった。


「光神アトロポス教会より、無料でお一人様に一食分の食事を奉仕させていただきます! 手近な器を持っていただければそちらによそいます。もしない場合は簡易的な器をこちらで用意しますので気軽に申し出て下さい。この催しは三日に一度、定期的に行います。皆様の活力を取り戻す一助となることが出来れば幸いですので、是非継続してご参加ください!」


 最初は警戒していたものの、誰かが並び始めると周りの人々も我先にと集まり、長蛇の列が出来た。


 紙皿などという便利な物がこの世界にない為、容器は個々人で用意してもらって、どうしてもその用意が無い人にだけ、簡素な陶器製の物を貸し与えた。

 後、土産に一食分のパンも持たせてある。この活動は数日に一度行うのが精々だからだ。


 それと共に、簡易的な仮設診療所を設けており、そちらはアルトリシアともう一人医術の心得がある神父が担当する。

 彼女達には事前に、軽症の患者に告知用のちらしを渡しておいて貰った為、そちらの方も列が並びだす。


 意外といい働きをしていたのがアンナ嬢だ。

 人に警戒心を持たせない術を心得ているのか、周りで様子を伺っている人や、言葉が分からない人間に身振り手振りで手を引いて連れて来てくれたりと大活躍だった。


 もちろん全員が態度が良い人間ばかりではない。

器をその場で割り捨ててしまったり、量が少ないと抗議したり……そういった品の無い者達にも彼女は物怖じせず、終始笑顔で対応していた。


 それらはやがて周りから白い目で見られるとすぐに去ってゆく。アンナは肝が太いというのか、動じないいうのか……。確かに有能ではあるのだが、少し見ていてハラハラした。


 思ったより問題らしい問題も起こらず、平和に一日目が終了しそうなその時。濃い鼠色の外套を纏って顔を隠した一人の男が現れる。


「まだあるかい? こいつらにちょっと振る舞ってやってくれねえか……」

「いいですよ……ちょっと待って下さいよっと」


 その男は五人の小さな子供を連れていた。


 いずれもみすぼらしい姿で、孤児であることが想像できて傷ましい。俺は快く雑炊を椀に注いで手渡していく。


 はしゃぐ子供達の姿を微笑ましく見守りながら、俺はもう一度男に視線を向ける。手足の細い、どことなく蟷螂のような姿を思い起こさせる背格好と動きだ。

 相手もこちらの視線に気づいたのか怪訝そうにこちらを見返しすと、俺達はほぼ同時にお互いを指差した。


「ガムリ! あんたなんでこんなとこに!?」

「小僧、手前こそ何してやがる!? クソ、おめえら、戻るぞ!」

「待てって! どうせもう終わりだし余ってももったいないから持って行けって!」

「おじちゃん、あたしお腹空いたの……」


 慌てて身を翻して行こうとするガムリだったが、物欲しそうに唇に指をあてる子供達がそれを引き留め、彼は渋々足を止めると子供達に受け取らせた。

 その姿を、食材用の木箱を片付けていたリッテが目ざとく見つける。


「げっ、ガムリ! あんた……何よその子供達。もしかして孤児をどこかに売り飛ばそうとか考えてるんじゃないでしょうね?」

「おめえもいたのかよ……」


 リッテがきつく睨んだのをガムリは無視して押し黙った。

 そういえば、最近ギルドで見かけなかったのは、何か理由あってのことだったのか? 


「何とか言いなさいよ……調子狂うわね。……ん?」


 ショートパンツの裾を引かれたリッテが見た足元。そこにいたのは痩せた一人の少女だ。口をへの字に曲げ、避難するように小さな眉をきゅっとすぼめている。


「ガムリのおじちゃんを悪く言わないで」

「え……いや、でもあれだよ? あのおじちゃん、あなたに酷いこととか痛いこととかしたりしない? 大丈夫?」

「おじちゃんはそんなことしないもん。そんなこというお姉ちゃん、きらい」

「えぇ……待ってよ何これ。……何だがすっごく心が痛むんだけどぉ……。あたしそんな悪いことした?」


 リッテは浅黒い肌のその少女に嫌われて、ううっと胸を押さえて俯く。

 少女はガムリの傍でご飯を食べ終えると、きちんと器を返却し、他の子供達も彼女にならって、きちんとごちそうさまと頭を下げた。どうやらこの少女が一番の年長で、まとめ役なのだろう。


 数日に一度炊き出しを行うので、器は返さずにまた持って来るように言うと、彼女は素直に笑って頷く。


 そのまま何も言わずに彼らを連れて去って行くガムリを俺は信じられない目で見送った。

 日頃ギルドで管を撒いている彼の様子からは想像もできない姿だ。少女達の顔立ちや肌の色は皆ばらばらで、恐らく彼の子供では無いと思う。


 冒険者としてそこそこ腕が立つ彼が、こんな寂れた所に住んでいる訳でもあるまいし、その辺りの事情はいくら考えても伺い知ることは出来ずに、俺は止めていた手を動かして片付けに参加する。


「ねぇねぇ、ジロー君……あたしそんなイヤな奴かなぁ?」


 未だに意気消沈しているリッテは、がっくりと肩を下げてこちらを見るが、答える前にその背後から黒い影が忍び寄って、ぼそぼそと耳打ちした。


「……ええ、あなたは本当に性格が悪いわ、今更気づいたの?」

「あんたには聞いてないし、言われたくも無いわよっ!」


 診察を終えたアルトリシアが現れて投げかけた辛辣な一言がきっかけでまた二人は言い争いを始め、抱えた疑問は露と消え、意識はそっちに逸れていくのだった。

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