63.お見舞い

 それから数日。シスター・アンナに案内されながら俺達は、教会内を見て回る。


 後日談になるが、大騒ぎになった教会はその後、駆け付けた役所付きの魔法使いの手により消火されたようだ。


 幸い延焼はそれ程酷くならず、一部が立ち入り禁止となった位で済んだ。

 教会に住まう者達の生活にそこまで支障は無いだろう。

 

 とはいえ、精神面での打撃は大きいはずだ。日々接していた自分の上役が人に化けた悪魔だったのだから。

 あまりの衝撃に彼らはお互いに《審判》の魔法を掛けて、身の潔白を証明しないとならなかった程だったとか。


 そしてやはりと言うべきか、化けていたフォルマンの補助を務めていた、助司祭のミハイルという男……彼の姿も教会から消えていた。

 彼ももしかしたら悪魔だったのかも知れないし……操られるか脅されるかしていたのかも知れない。


 ともかく教会内に彼の姿はもうどこにもなく、そして管理していた財源の大半も持ち去られ、どこにも見つけることは出来なかった。


 今回の一件は神父達や修道女達に大きな不安を残し、この教会を去るものも幾らか出るはずだ。


 亡くなっていた司祭の後釜も決めなければならないし、苦難の時はしばらく続くだろう。




 そして俺達は簡素で片付いている教会内の一室へと足を踏み入れた。

 ここはアルトリシアが借りている部屋のようで、置かれているのは数冊の蔵書と、テーブルの上にあるポプリの小瓶位。

 薄く薫るのはラベンダーか何かの香りだろうか。


「アルちゃ~ん。ジロー君がぁ、お見舞いだって来てくれたよぉ~。教会にお金も一杯寄付してくれたんだって~。ほら~、果物も持って来てくれたんだ~。美味しそう~……」


 フルーツを盛り合わせた籠に視線を固定してそのままフリーズしてしまったアンナを、頭を抱えたアルトリシアはやんわりと扉の外へと押しやる。


「……食べてもいい、いいから……あっちに行っておいてくれる?」

「……本当? やったぁ~! ど~れ~に~し~よ~う~か~なぁ?」


 アルトリシアがそっとよだれを拭いてやるとアンナは笑顔で籠を抱え、ふらふらと揺れながら去って行く……どこに行くのだろう。


 アルトリシアは流石に今は修道衣は来ておらず、美しい長い髪を背中に降ろし、白いシャツとブラウンのロングスカートを身に着けている。そして、彼女は遠慮がちに入って来たリッテと顔を合わせると、少しムッとした。


「あなたはいいけど、どうして彼女がここにいるのよ?」

「む……何よ、邪魔だって言いたいわけ? 何よ、あんたさ、初めて会った時からそういう態度だったよね……あたしが何かしたっての?」

「……それは。癇に障ったんだからしょうがないじゃない! 人が疲れて帰って来たら、仲良さそうに肩くっつけて仕事場の前の道を塞いでたんだから! 私、モラルの無い人って受け入れたくないの!」

「くっつけてないし! なかったよね、ジロー君!? 絶対そんな近くなかったって!」


 リッテは頭から湯気が出そうな勢いで抗議し、アルトリシアは冷笑で迎え撃つ。俺はそんな二人の背後に雷鳴が轟き、マングースと蛇が威嚇し合うのを幻視する。どちらがどちらかは何となく言わずともわかっていただける気がする。


「あら……それじゃあ別に彼とは特になんでもないんじゃない。それじゃ別にここにいる必要も無いわよね、さあ帰った帰った」

「そういう人の揚げ足を取るネチネチした感じが嫌いなのよ! あたしを田舎者呼ばわりしたことは今も覚えてるんだから。あんた修道女でしょ? どうせ結婚もできないんだし、ジロー君に色目使わないでよ!」

「あら、そんなことは無いわよ? 今では宗派によっては配偶者を持つことも許可されているもの。そんなことも知らないの? それとも、そういうアピールなのかしら? 馬鹿な子ほどかわいく見えるって言う」

「地だよっ、うるさいなっ。あんたみたいな、はらわたまっくろくろすけよりは幾分かましよっ!」

「……もう、そろそろその辺で、止めてくれません?」


 俺が情けない口を出したが、彼女等には逆効果であったようで、二人は目を光らせてこちらを威嚇して来る。怖っ……。


 え、何なのこれ、これどうしたらいいの? 何でこの二人こんなに相性悪いの?   

 修羅場慣れした某先輩の武勇伝をもっとしっかり耳に留めておけば……そんな後悔が頭をよぎる。


 ここ、教会内なんだけど……誰か助けて……。


「二人ともぉ~喧嘩は駄目だよぉ~、神様に怒られちゃうよぉ~?」


 そしてその言い合いは、アンナが料理長に切って貰った果物を運んで来るまで延々と続き……その姿は救いの女神の如く後光が差しているように見えた。




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