62.人助けはするもの

 宿に戻った俺は、所々焼け焦げた服を脱いで着替えた。


 アルトリシアは意識をその後取り戻していたし、他のシスター達も付いているから恐らく大丈夫だろう。


 俺も多少火傷はしていたが、薬でも塗っていれば治る程度のもので済んだ。

 犠牲者が出ているので一件落着とは言えないが、目の前で死人が出なくて良かった……。


 遅くまで起きていたロージーに胡乱な視線を向けられ、借部屋に戻ってベッドに体を預け心地よい疲労に瞼を下げる中、俺は大事なことを忘れている気がして、記憶の中を探る。


 ――何の為にあんなことしてたんだっけ…………。


 ……――!!


 そして理由を思い出した俺は勢いよく飛び起きて、頭を抱えた。


「うわぁぁあぁ……何も解決してねえじゃねえか」


 元々FPを稼ぐ算段を付ける為にアルトリシアに協力することになって、その過程でフォルマンを訪問したのである。


 そしてこの顛末だ。

 しばらく彼女達もこちらのことまで手が回らないだろう。数日を無駄に使ってしまっただけだ。俺はもう半泣きでアルビスに八つ当たりするしか無かった。


(アルビスぅ~何なんだよぉ~、もうどうしようもなくなっちゃったじゃねえかよぅ……)

(あ、お疲れ様で~す、おぉ、どうやらうまくやったみたいじゃ無いですか。これであなたも中級冒険者の仲間入りって感じですね。どうしたんですか、顔ぐちゃぐちゃにして)

(んなことどうでもいいんだよぉ……教会が滅茶苦茶になるわ、アルトリシアもしばらく動けないだろうしで、もう俺どうしていいかわかんねぇ。リスク覚悟で狼狩りに行くしかねえのかよぉ……)

(あれ、もしかして気づいてないんですか? ほれジローさん、所持FP合計を見てごらんなさいな)

(あんだよ~……こんなの変わってるわけねえだろぅ……変な期待を)


 俺はもう思考停止しながら言われた通りにFPを見た。


 必要なのは一万FPだぞぉ? 


 取得FPに五桁目はもちろん存在しない……しないが。


「うぉっ? っおぃ……どういうこと!?」


 跳ね起きて飛びあがった俺は、その場で何度も目を開閉させて確認する。


(9505FP!? え、な、マジで!? どうなってんの内訳?)

(LV22レッサーデーモンの打倒に加え、教会に潜んで人を喰らい、寄進された金銭を私利の為に利用していた悪魔を退け、被害の拡大を防いだことによるFPの加算分が大きかったようですよ。どうやらこれで……)

(ああ、これで後は教会に貰った500ルコを寄付すれば、晴れて……)


「はぁ~あ……やった!」


 俺はガッツポーズをした後、全身の力を抜いてベッドへと大きく倒れ込む。そしてそのまま沈み込むような心地よい睡魔に身を委ねた。……明日はきっといい気分で起きることが出来るだろう。




 ――思ってもいない終わり方で自分も拍子抜けしたが、心配をかけた人々には、ちゃんと説明をする責任がある。

 そう思った俺は、翌日リッテから話をした。


 「えぇ? ……いや、わけわかんない。待って。何でそうなるのよ? ごめん、もう一回詳しく説明して」


 予想したのと同様な反応。体調もほぼ回復した彼女は、ベッドに座ったまま、人格を疑うかのような眼差しをこちらに向ける。


 いや、気持ちは分かる……俺もいきなり、「もう少ししたら死ぬかもしれない……」って言ってたやつがいきなり次の日、「もう大丈夫です!」とか言ってたらこんな感じの反応をするだろう。


「だからさ、魔物が教会の権力者に化けていたのに偶然気づいた俺と、あのリッテと喧嘩したシスターが協力してそれを倒して、そのおかげで……その、神様が働きを認めてくれて? 何とか……今回の件は見過ごしてくれたような感じ、かな」


 アルビスの事やFP関連の辺りを口外することは出来ない為、俺は頬を搔きながらとても胡散臭い説明をする。

 巻き込んだ彼女に申し訳無く感じるが、これはこれでもう納得して貰うしかない。


「……はぁ、まぁ何となく、魔物を倒したりして何かを得て、大丈夫になったんだってことは察したけど。それがあの陰険シスターの手を借りてって言うのがなんか、ムカつく」


 彼女は頬を膨らませた。

 リッテもこの数日、色々心配してくれていたのだろう。よく見ると、少しだけ目元が赤らんでいる。


「……あたしだって、色々考えてたんだからね! ローヌに戻って、お父さんにお金借りて、処分できるものは処分して、一杯モンスター探して……それから」


 リッテは鼻をすんとすすり顔を背け、枕を思いっきり顔面にぶつけた。


「ジロー君の、あほぉ……!」

「……ごめんな、心配かけた」


 結局、俺は彼女がいいと言うまで頭をずっと下げていた。

 こんなに気にかけてくれる仲間ができたことにとても感謝しながら。




 そして、もう一人きちんと説明をしなければならない人がいる。

 それは俺の無茶な願いの為、迷宮へ同行してまで手伝ってくれたロージーだ。


 2階居住スペースのソファの定位置に体をもたせかけて膝を組み、ぼんやりと書類を見下ろしていた彼女の対面に回り込むと、俺達は二人揃って頭を下げる。


「あの……ロージー、ちょっといいかな」

「あん? 後にしな……店開きまでにやっつけとかないといけない仕事があるんだ」

「いや、報告だけなんだ。俺が死ぬかもしれないってバタバタしてた話。あれ、どうにかなったから……」

「うん、わかったからちょっと後に……。何だと?」


 ふんふん生返事をしていたロージーは、手を止めて書類を放り出し、ローテーブルに乗り上げて目の前の俺の鼻をぐっとつかみ上げた。


「お前なぁ……ついこないだまで死にそうに深刻な顔してたと思ったらこれかい? どういう神経してんのか、頭一回かち割って見てやろうか?」

「ふがっ、ひがっ! あの話ははのはなしは本当嘘じゃないひょんとうそひゃないんだってんひゃっへ! 鼻がもげるっひゃながもへう!」


 ふがふがと抵抗する俺の鼻が真っ赤になったところで、ようやくリッテが助けに入ってくれてその手は離された。ロージーは苛立ちを落ち着かせようと煙を吸い込んで腕を組み、背中をどんと落ち着ける。


「もういい……あんたらの言う事をいちいち真に受けてたら、巻き込まれる方はたまったもんじゃないってのが良く分かった。はぁ、んで……最初のガムリを一発殴りたいって目的に戻る訳か。そんじゃまた明日からシゴキだ。店も手伝いなよ? そん位はしても罰は当たらないだろう?」

「またお世話になります……」


 書類を拾い上げ、それきり押し黙ると彼女は俺達を追い払う。頭を下げ、しゅんと肩を落としてその場を離れた俺にリッテはこっそり囁いた。


「ロージーさん、あたしが休んでる間も良く面倒見てくれたし、実はもう一回位迷宮に遠征できないか色々検討してくれてたみたい。あんな風だけど本当はとってもいい人だよね」


 リッテが嬉しそうに笑う。


 それを察したのか、舌打ちをして「さっさとどこかに行け」とジェスチャーを送るロージー。


 出会い方は最悪だったけど、この人に色々教わることが出来て良かったと、俺はもう一度深く頭を下げた。

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