60.下位悪魔
「……本物のフォルマン司祭をどこへやったのです……あなたはいつから」
悪魔はニヤニヤと裂けた口から牙を覗かせた。
『グフフ……既ニ魂ゴト腹ノ中デ消化サレテオルワ。全ク、神トヤラモ薄情ナモノヨ。イカニ敬虔ナ信徒デアッタトシテモ、ソノ命ヲ救オウトハセンノダカラナ。皆痛哭ヲ上ゲナガラ息絶エテイキオッタワ』
「皆、ですって? まさかあなた、他の者も……」
『オマエノ預カリ知ラヌコトダガ、教エテヤロウ……。我ガ正体ニ疑イヲ感ジタモノハ、全テ消シテヤッタ……』
「まさか、シスター・アンナやミハイルさんも……すり替わって?」
『アノ小娘ハ、頭ガ空ッポノヨウデ良イ目クラマシトシテ捨テ置イタワ。ダガ、ミハイルハ我ガ傀儡ヨ。奴ニハ我ガ目的ノ為働イテモラッタ。ココデ得タ多クノ金ガ何ニ使ワレテイタカ分カルカ?』
アルトリシアが何も言わず口を引き結んでいるのを見て、それは愉快そうに続けた。
『魔力核ダ……貴様ラガ魔物ドモヨリ奪イシ、力ノ源。ダガソレダケデハナイ。気ガ遠クナルホド大量ノソレヲ魔物ニ強制的ニ摂取サセルトドウナルカ……分カルカ?』
「……! まさか……」
彼女は、自分の思い付いた悍ましい想像に震え、そして目の前の悪魔はそれを肯定した。
『ソウ、魔人ガ誕生スル。新タナル迷宮ヲ生ミダシテナ……。既ニソレラハ我ガ主ニ捧ゲタ。程無ク……何処カデマタ新タナル魔人ガ産声ヲ上ゲルデアロウ……』
「そんな……多くの人々の善意から生まれた大切なお金を、そんなことに使っていたなんて。許せない……」
悔しそうにアルトリシアが見上げた視線を悪魔はまるで美食でも味わうかのように舌なめずりする。
『クフフ……ソウ、ソノ苦痛ノ感情コソガ我々ニトッテ最上ノ糧トナル。サア、長話ハモウ終ワリダ。ソノ柔ラカソウナ肉ヲ引キ裂キ、地獄ヘト送ッテヤル!』
レッサーデーモンは、俺達を嬲り殺しにするつもりらしく、腕を大きく開き、じわじわと詰め寄って来る。
巨体が揺らす地面の振動が俺達の精神を圧迫し、なす術も無く扉側に追い詰められ、選択を迫られていく。
俺はせめて、時間を稼ごうと前に出る。
「攻撃の動作はそんなに早くない。何とか引き付けて時間を稼ぐから、その隙にあんたはどこでもいい、隙間を通って脱出しろ!」
「できません! 私だけが逃げるなんて……」
「勘違いするな! 助けを呼んで来いって言ってるんだ……多分あんたの方が足が速い。冒険者ギルドに行けば、対応できる人間もいるはずだ。迷ってる場合じゃない、行け!」
俺は彼女の背中を押す為に自分から敵に近づいてゆく。
その長く太い腕はまるで丸太のようで、叩きつけられただけでも致命打になるかも知れない。支援魔法の残り時間にはまだ余裕が有るが、それでどうこう出来るような状況では無い。
「早く行けっ!」
俺はそれだけ言うと奴の足元、間合いの丁度手前まで走り込む。予想できる攻撃は横薙ぎか叩きつけ……相手の腕が持ち上がる、上からの叩きつけだ。
こんな化け物と対峙して、冷静でいられる自分が信じられない……訓練や迷宮での戦いは、確かに自分の糧にはなっているのだろう。
俺はその場でサイドステップしてその右手を躱す。
何とか気を引かなければならず、すぐさまぎりぎり踏み込んで、手の先に斬撃を入れ、一本の指を切り飛ばしだ。
『小賢シイ……貴様カラ潰シテヤル!』
あまり知能は高く無いのか……激高した悪魔は次々と両腕を俺に向かって繰り出す。それを俺は壁際に身を寄せながら躱した。自然とこちら側を向く形になり、通路の一方向に隙間が出来た。
そしてついでだ。俺はアイテム欄から選択した、売らずにとっておいたクロタマタケ――衝撃で爆発するキノコ――を悪魔の顔面に思いきり投げ付けた。
『グオッ……』
軽い衝撃音と共に悪魔が仰け反り、俺は空いた隙間を指差す。
「……ううッ!」
彼女は苦渋の選択だったのか、唇を噛みながらも絶好のタイミングで飛び出す。良く行ってくれたと、俺が内心で拍手を送ろうとした時だ。
――風切音。
「あぅっ!」
鋭く鞭がしなるような音がして、彼女が壁に叩きつけられる。
何が起きたのか、一瞬を俺は目を疑ったが、やがて悪魔の背後にゆらゆらと揺れる細いものを捉える。
「尻尾かよ……!」
『グファハハハハ……余計ナ知恵ヲ使イオッテ。ダガ……コレマデノヨウダナ』
俺は、壁に崩れたままのアルトリシアを抱き起こし、ポーションを飲ませる。意識は有るが、苦痛に顔を歪めている。体を起こすのでやっとのようだ。
『セメテ、選バセテヤロウ……叩キ潰サレ挽肉ニナルカ、ソレトモ、生キタママ焼カレル方ガ好ミカ?』
「どっちも御免だよ、ちくしょうが……」
俺はせめて少しでも抵抗しようと、剣を前に突き出す。唾を飲み込もうとしたが干上がってしまってもう喉はカラカラだ。
せめて彼女だけでもなんとか逃がしてやりたかったが……こんなことになるなんて。絶望に膝が震えた。
逃げも、防御も、通用しない。攻撃も大したダメージを与えられない。
キノコももう無い。
玉砕覚悟での特攻しか、無いのか……。
そして、殺し方を決めた悪魔がゆっくりと息を肺に溜め始める。
炎のブレスの準備動作……せめてそれは邪魔しようとその場に立ち上がりかけたその時……。
「――あ~れぇ~!」
遠くから場違いで能天気な声が、緊迫した状況を上書きするように響いて来た。
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