58.いざ直談判へ
厨房には既にカートに用意された食事が積まれており、給仕長に断わり、アルトリシアはそれを持って行く。
彼は少し怪訝そうな顔をしたが、忙しいのか何も言わなかった。
司祭の執務室は第二聖堂の奥まったところにある通路の先で、俺達はなるべく人目に付かぬよう、そこを通る。
幸い食事時で通行量も減っており、不審そうな目を向けられることも無い。
しかし……良く見るとあちこち、修繕の必要そうな場所がある。
人目に付かない部分だと尚更だ。白い壁には随所に亀裂や穴があり、床もささくれが放置されていて、押しているカートがゴトゴトと揺れる。
向こうの世界の真っ当な会社であれば社員からクレームが出てもおかしくないレベルだ。清貧が美徳だという事で納得しているのかも知れないが……。
隣を見ると、アルトリシアはかなり険しい顔だ……思い詰めた雰囲気すらある。少し緊張を紛らわせようと、俺は雑談を振った。
「アルはこちらに来て長いんですか?」
「え? ああ……さほど長くは無いわ。半年位になるでしょうか。国の中央付近のハーラルという街から来たの。あなたは……。覚えていないんでしたわね、ごめんなさい」
「いえ、こちらが聞いたんですから。それより噂では、大陸の北部に向かう程、危険な旅路になり、強い魔物も出始めると言うのは本当なんですか?」
「ええ、それは本当よ。でも大丈夫、私達を守ってくれる騎士団の方々が存在するし、それに腕の良い冒険者も多いから、街が魔物の襲撃に遭う前にどうにかしてくれるわ。とはいえ……こちら程平和では無いけどね」
彼女は、少し懐かしむように目を細め、俯く。
「私は元いた教会の司教様に頼み込んで、色々な場所を渡らせてもらおうと思ってここに来たの。そこでは孤児院もしっかりしていたし、ここと比べてもう少し奉仕活動がきちんと為されていたから、慣れなくてね……」
「場所場所でやり方も主義も異なるし、何が良いかは簡単には判断できませんからね。でも、ここでしている事はあなたのやりたいことと少し方向性が違うのでは無いですか?」
何となくだが、彼女の信仰心は神ではなく、人々への救いそのものに向いているような気がするのだ。そこにはずれがあるように思える。
極論を言うと、教会に所属して修道女として活動しなくても……と流石にそこまで言うのは人の人生に軽々しく口を出すようで
「そう……なのかしら? 確かに、私もまだまだ未熟者だし、もっと広い視野で物を見た方が良いのかも知れないけど……。なんて、考え事をしている場合じゃ無いわね。着いたわ……。あれが司祭様の執務室よ」
人生相談のような会話を切り上げ、曲がり終えた角の先。
そこには重厚な両開きの扉が重々しく立ち塞がっていた。
アルトリシアは俺に目配せをし、カートを扉の近くに着ける。
「司祭様。シスター・アンナが急病で寝込んでしまった為、代理としてお食事を届けに参りました。扉を開けていただけますか」
軽いノックの後、彼女の透明で涼やかな声が流れ、ゆっくりと扉が内向きに開かれた。現れたのはやはり、あの小太りの司祭に間違いは無い。
俺は慌てて顔を笑みの形に変える。内心ではバレないか冷や冷やして、汗が背中を伝う。
「おや、そうであったか……これは御苦労。給仕は必要ない故、しばし外で待つか、後で片づけに来て貰えるかな。では、それをこちらに……おや、そちらはどなた様であられるかな」
彼の目がこちらと合った瞬間、頭の中に鋭い警告の声が響いた。
(そいつ、悪魔です! れっきとした邪神の配下ですよ!)
「は!? どういうことだ!? 悪魔?」
思わず口に出してしまった俺の驚きの声を余所に、「え」と息を飲んだアルトリシアが、我に返って素早く十字を切り、指を前に突き出す。
「偽言は罪、偽身は悪! 神光を賜り、かの者の真なる姿を白日の下に晒したまえ! 《審判》!」
フォルマン司祭を包むように足元から強い白色の光が立ち昇り、彼の体が火に包まれる。
『ギィアアァァァァァァァッ!』
彼の喉から悍ましい金切り声が発せられ、半信半疑で唱えた術が効果を発揮したことに動揺したアルトリシアが飛び
「嘘でしょ……!? 信じられない……どうやって悪魔がこんな所に!?」
「何事だ……これは! シスター・アルトリシア、どういうことか!?」
騒ぎを聞きつけて集まって来た神父達がざわめきを発する中、地面にのたうち回っていたフォルマン司祭の体から火が消えて、治療しようと駆け寄った者の足が止まった。
焦げ付いた神父の肌がぼろりと崩れ、中から現れたのは……漆黒の肌。
そして、指の間から覗く目の色は血の様に赤い。
『ウ、ヴォアアアアァァァッ――!』
そして咆哮と共にその頭皮を突き破る様にして二本のねじくれた角が生え、数倍に膨れ上がった体がその人の皮を破り捨てた……。
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