56.怪しい気配
僅かなFPの増加。これが今の俺の微かな希望だ。昨日アルトリシアに同行したことで得られたFPの加算値は50。
もっともこれだけでは残りの日数を全て費やそうとも目標値には至らない。
大事を取ってリッテはまだ休んでいる。
定期的にロージーが様子を見てくれているらしく、なんだかんだ言って面倒見の良い彼女にはいくら感謝しても足りない。
おかげで俺は憂うことなく約束通にアルトリシアの手伝いに赴いた。
昨日と同じように、教会前で合流して、買い物を済ませると貧しい人達が住まう区域へと向かう。今日は昨日とは違うところを回るようだ。
便利などと言うと罰当たりかもしれないが、彼女は神聖魔法という、僧侶ジョセフが使っていた類の魔法を習得しており、ある程度の外傷は癒すことができるようだ。
だが、体の内側の異常はそれでは治せない場合が多く、そういう時は薬や医者の出番となる。
治療費と言っても、大した病気でなければそれ程法外な値段は取られないのだが、それすら払えない人間が、ここには集まっているのだ。
それはもちろん、食事面でも同じことだ。多くの人が栄養をろくに取れていないせいで体力を回復できず、それが積み重なって体を壊してしまうと言うのもあるのだろう。
「きりがないですね。こんなに多くの人が貧しい暮らしを送っているのか……」
「雇用の口も無限では無いし、どうしてもあぶれてしまう人は出るのよ。この国も地方や街を治める貴族達の裁量によって、そういった人々への支援も様々だし、酷い所ではそう言った人々を追い出してまで街の評判を保とうとするような所もあるらしいわ。喰い詰めたそんな人達は、どこかへ流れていくか、野盗に落ちぶれるか……何にしてもろくなことにはならない」
アルトリシアの話だと、まだコルンの街は、ましな方のようだ。
役所では定期的に人工の斡旋も行っているし、辺境のせいか物価も安い。
周囲に危険な魔物が生息しているわけでは無いから、遠出をしなければ、街の外に出歩いて何か食べられるものを見つけることもできなくはない。
それでも街には、苦しい生活をしている人間達の数は少なくなく、家々を回っているとすぐに時間は過ぎて行く。
大目に見ても、一日二、三十人の様子を見るのが精々だ。
もっと多くの人に行き渡るようにするには……支援者を多く募り、一度に集めてまとめて処理していくのが一番効率的だ。
そう、それを作るのが今回の俺の仕事なんだ……生き残るために必要なことだと割り切って頑張ろう。
俺はアルトリシアに問題点の解決をする為に提案を始めた。
「アルさん、どうせならもっと大勢の人に行き渡る様に色々考えて見ませんか?」
「私も、このままでは焼け石に水だってことは分かってる。何かいい案でもあるのかしら?」
「食料に関しては届けるだけならば、取りに来てもらった方が良いかも知れませんね。本格的にやるなら、自分では動けない人とそうでない人を分けた方が良いと思いますし……食事は炊き出し制にして、体が動かない人に関しては、名簿を作りましょう」
「成程ね。でも……言いにくいんだけど、私お料理って苦手というか、できないの。一応練習はしたのよ? でもいざ作ると何故かとんでもない味の物体が出来る事が多くて。いくら貧しい人達でも、そんなものを食べて貰う訳には行かないわよ……」
アルトリシアは、何かを思い出したのか、口を押さえて目を逸らした。
よほどひどい思い出があるのかも知れない。
「それに関しては……俺がどうにかします。後、やっぱり教会で人手を募った方が良いと思いますよ。案外こう言った事に興味を持っている人は多いと思いますから……何故断られたのか、もう少し詳しく調べてみます。その辺りは任せて貰って、アルさんは治療を続ける傍ら、どうしても訪問の必要がある人をリストアップしておいてください。少々無理すれば出歩けるような人は弾いて下さいね」
「それはちょっと厳しすぎるんじゃ無いかしら?」
「少し位厳しくしなければ、ずっとあなたに頼ったままになりますよ。無理してでも外に出れば、人間案外元気になったりするもんですから。同じ境遇の人が集まることで活気が出るかも知れませんしね」
案を彼女に伝え、彼女も少し考える。
だが、彼女も自分だけでは限界があることを悟っていたのか、やがて首を縦に振った。
「……いいでしょう。でも本当に人が集まるのかしら?」
「やり方次第ですけどね……まあ数日待ってもらえますか?」
「わかったわ……」
そんな話をした次の日――俺は信徒に紛れ教会のあちこちを見回って見ることにした。
実はこの建物には礼拝堂が三つほどあり、よく冠婚葬祭などで使われていて、頻繁に人の出入りがある。
下世話な話ではあるが、かなり寄進の額も大きいはず……その割に建物がみすぼらしいのは何故なのだろうか?
違和感を感じながら、ちらほらと見かける教会の神父や修道女に慈善活動を手伝って貰えないか、やんわりと頼み込む。
中には好感触の者もいたにもかかわらず、彼らは司祭様に止められているのだと言って、一様に首を振った。
救いの手を伸ばすばかりでは、自立を妨げることになると言うのがその理由らしい。たしかにもっともらしいことを言っているのだが、何か気になる。
話を聞いていてわかっただが、この教会の司祭、フォルマンという男は以前アルビスが騒ぎを起こした時に飛び込んで来た恰幅の良い老人のことらしい。
記憶を思い返して俺が引っかかったのは、神の怒りを必要以上に怖れているような彼の態度だ……何か、後ろ暗い所があるのかも知れない。
それを知るにはフォルマンに一度会う必要がありそうだ。
受付にいた神父にフォルマンに合わせてくれないかと頼み込んだが、どうも彼は余程の事が無い限り、自室から出て来ないのだそうだ。
ずっと熱心に祈りを捧げており、食事を運ぶ時間以外、部屋に立ち入ることを禁じ、鍵までかけているらしい。
……疑いがどんどんと濃くなってゆくのを感じるが、こんなところで言い出す訳にはいかず、礼を言ってその場を離れる。
どうもここから先は、アルトリシアに協力を仰ぐ必要がありそうだ。ちょっと大事になって来たかも知れない……。
元の世界ならこんな無茶に思えることをやってみようとは思わなかったが、命がかかっているからか、行動が大胆になっている気がする。
きっと悪い意味で異世界に感化され始めたのだと、そう感じるばかりだ。
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