52.二日目・終了

 俺の憤懣などわずかほど気にする様子も見せずに、ガムリは死体の足を引っ張り、一カ所に集めだす。

 ずるずると引きずられた死体が血の模様を地面へと描き、その光景に思わず顔をしかめた。


「そいつもこっちに持ってこい! 気が利かねえな……んなことだから足場にされんだよ、きりきり動け、この愚図が」

「何だよ! 壁に寄せときゃいいだろ? わざわざ集める必要がどこにあるんだよ!」


  彼は背中のザックから道具箱を取り出してしゃがみこむと肩越しに睨みつけ、取り出した銀色に光る薄いナイフをこちらへ向けた。


「剥ぐ。口答えしてねえでとっとと動け、先にやっとかねえと固くなってやりにくくなんだよ……」


 ガムリは狼の死体をつぶさに見て、それを仰向けにひっくり返すとナイフを魔物の腹を正中線に沿って裂いていく。

 たちまちにピンク色の肉が露出して、リッテがか細い悲鳴を上げる。


「ひっ……ちょっとやめてよ、気持ち悪い!」


 確かに、刺し殺した俺からしても、あまりまじまじと見たい光景ではない。だがガムリは一片たりとも表情を変えることなく、鮮やかな手さばきで皮を剥いでいく。


 数分も経てば、手足と顔を除いた一頭分の毛皮が出来上がった。


「馬鹿か? お前だって牛や豚の肉を食ったり、皮の服や靴なんかを着たりすんだろ。その癖こういうのは嫌がんのは俺からしたら頭がおかしいとしか思えねえな。人間だろうが動物だろうが自然だろうが、動かなくなったらただの物でしかねえだろうが……」


 彼はリッテを鼻で馬鹿にして、油が毛皮に着かないように丁寧に内側で合わせて折りたたむと、それを丸め、次に取り掛かる。


「それは……そうかも知れないけどさ! ……そんな風に割り切れないよ。正しいかどうかとか別として、何か嫌なんだもん……」

「……生まれた時から何不自由なく与えられて育ちゃあそうなるだろうよ……だがな、世の中にゃあ捨てられて己が身一つで生きてきゃなんねえ奴もいるんだぜ。そっち側からすりゃあ、他から奪うのは当然のことだ。そうしなきゃ死ぬんだからな。見たくねえんだったら黙って目を背けてろ。これは俺の仕事なんだ、誰にも文句は言わせねえ」


 不要な部分を切り落とし、丁寧に皮を外していくガムリの作業からリッテは目を背けると、地面に座り込む。「うぇ……」とえづくような声が聞こえた。


 この鼻腔を刺す血臭だけでも、気の弱い人間ならリタイアしてしまってもおかしくはない。冒険者、特に戦いを生業とする者と言うのがいかに大変なのかが分かった気がした。


「……あまり気を抜きすぎるな。血の匂いに引き寄せられて来るものもいるだろうからね……」


 ロージーもそう言いながら、壁に背をもたせかけて煙を吸う。吹き上がった灰色の靄は奥に吸い込まれるように消えて行き、空気の流れがあるのが分かる。


 静寂の中、ガムリがが操る解体道具の奏でる単調なリズムだけが、ゆっくりと時が経ってゆくのを知らせていた。




 作業も終わり、再び進み始める一行。

 警戒したシルヴァンが遠巻きにうろつくのは見受けられたが、近寄って来ることは無く……挟み込みを警戒して退路を確認しつつ、俺達は更に洞窟の奥に入り込んでゆく。


 視界が暗い中、良くあんなに思い切りよく進めるものだ。俺はガムリに着いて行きながら思う。俺も視力は悪い方では無かったが、それでも時々闇の奥によぎる白い影や、金色の瞳に息を呑む。


 一度不意に陰に身を潜めていた一頭が飛びあがった時も、待ち構えていたかのように冷静に躱し、斬り伏せていた。気配か耳か何かで察知しているとしか思えない。


 シルヴァン達は、殆どが数体のグループを組んでおり、同数以上いなければ襲撃して来ないようだ。その為、戦闘になった回数は多くなかった。


 都合三度ほど襲撃に遭い、合計二十体以上撃退して十二体のシルヴァンに止めを刺す。

 他の皆が倒した分もわずかだが加算され、今日は何とか約1300FPを手に入れることが出来た。


 手傷は、相手の爪が俺の足を掠めた位で、重い怪我は無い。

基本ガムリに隙は無かったし、危険な場面はロージーが余裕を持ってその鞭で払い落した。

 途中リッテと少しだけ前を代わったりしたが、彼女は俺以上に素早いのだから戦闘に支障は無かった。初日にしては上出来だったと言えるだろう。


 問題は体力面だ。

 自分達と同レベルの魔物を相手にした俺とリッテは、慣れないのも手伝って精神的に大きく疲れ、拠点に帰って来た後もずっとぐったりとしていた。


 対してロージーやガムリはまだまだ余裕が有りそうに見える。

 特にガムリなどは、戻って来てからも、剥いだ皮を保存する為の作業に勤しんでいた。


 俺も自分の役割をこなさなければならない。食事の用意をする為、俺は水で手を洗ってから、ある程度の除菌効果を見込んで酒を手に刷り込んだ。


 余裕があれば近辺で野草などを探そうと思っていたのだが、もう暗くなっていたので止めておいた。

薬草はハーブっぽい味がするから、ちょっとした味付けに使ってみるのもいいかも知れない。


 パスタがあったので茹で、細かく切った野菜とチリペッパーのようなものでペペロンチーノもどきを作成し、刻み薬草を振りかけた。好みによるだろうが味は悪くない。


 例の如く皆文句も言わず食べてくれた。リッテだけはもっと辛い方が好みだと言っていたので、明日以降は少し考慮してあげてもいいかも知れない。

 そんな思考をよぎらせつつ、俺は疲れた体に鞭打つと、のろのろと器を回収しにかかる。


 食事後も、ガムリはまだ作業を続けていた。持ち帰った革は裏返しにされ、何らかの薬剤を丹念に塗り込まれている。つんとした匂いが鼻を刺激する。


「……何の薬だよ、それ」

「あん? ああ……こいつぁ肉の裏に残った油を溶かして防腐処理をする薬だ。これをしっかり塗り込んで、乾かしとかねえと痛んじまったりするんでな。無駄にしちゃもったいねえだろ。これも金の為だ」

「……何だ、酒飲んで寝てるばっかりのおっさんかと思ったら、仕事はちゃんとするんだ」


 いつの間にかリッテも隣に来て作業を覗いている……相変わらず渋面ではあったが、声はそこまで敵対的な響きではない。

 満腹になって気持ちに余裕が出ているせいもあるだろう。顔がぼんやりしている。


「当たり前だろうが。俺だって酒だけ飲んで寝て暮らせるご身分ならそうしてえところだがな、生憎とそんなうまくできてねえよ……何も苦しまず人生を楽しめる奴なんて、ほんの一握りさ」


 それが終わると、どこから調達したのか、長い杭を二本立て、その間にロープを張って毛皮を吊るしていく。しばらく乾燥させるのだろう。結界は出立前に魔力を籠めておけば半日は持つので、荒らされる心配も無いということだ。


「これで終わりと……触ったらぶっ殺すからな、クソガキ共」


 親指を下にして威嚇すると、彼は地面に寝転がり、酒を煽り始めた。今日もまともに火の番をするつもりは無さそうだ。


「……あたしも寝る。今日は何か、疲れちゃったし」


 リッテもこちらに付き合うことなく、「くぁ……」と小さな欠伸をすると、ロージーの隣で寝袋に潜り込む。


 俺は焚火の前で頬杖をついて、夜空を見上げた。今日もまた、贅沢に輝く星々に囲まれた静かな夜を過ごせそうだ……。




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