47.横柄な冒険者達

 ロージーの指示に従いながら、細々とした仕事を覚え込ませられ、ギルドの小間使いとして働かされることになった俺達。

 ギルドの二階は居住スペースとなっており、そこを間借りする形で、昼夜ロージーの監視の元、朝の訓練後も休みなく働かされるようだ。


 ガムリとの一件があったせいで未だ針の筵であるが、贅沢は言っていられない。他の冒険者の揶揄するような声や、奇異の視線に晒されながら、俺達はロージーの指示に従い、ギルドの運営業務を手伝う。


 幸い、ロージーの目があるからか喧嘩を売って来たりすることは無かったが、陰口や小さな嫌がらせはやり過ごすしかない。


 比較的こじんまりとした街のせいか、所属する冒険者はそう多くないようだ。


 南部の方が平和だというのもあるのだろう、皆大した装備は身に着けておらず、精々がなめし皮の部分鎧位のものだ。


 一見すると民間人とさして見分けがつかないが、俺達もそんな立派な装備はしていないので、人の事は言えない。

街で見かけた胴体部だけの鉄鎧でも、700ルコ位はしていたから、まともな装備はよっぽど儲かっていなければおいそれと手が出せない。


 冒険者達にからかわれたりしながら、受付業務の代行を行う。

 これについては、基本的に依頼受諾や遂行後の報酬の支払い等の手続き、雑貨の販売等そこまで難しいことはない。


 困ったのは、奥のラウンジで軽食なども提供していることだった。

 流石に酒類は提供していないのだが、自分で持ち込んで勝手に一杯やり始める奴らもいて最悪だ。分別モラルの欠片も見られない。


「おら、小僧。何かつまみでも出せよ! 麦パンのサンドとかはいらねえぞ、肉出せ、肉!」


 投げて寄こした貨幣が顔に当たり、俺はイラっとした声を返す。


「なんでだよ! ここは酒場じゃねえだろ! メニューにあるもんを選べって!」

「るせーガキだな! 外から買って来いって言ってんだよ!」


 ガムリが瓶酒をそのまま呷る隣で取巻きらしい男が叫ぶ。

 俺は更に言い返そうとしたが、ロージーに頭をはたかれ止められた。


「そん位やってやりな。今は手が空いてるし。屋台で適当に見繕ってくりゃいい……短い間なんだから面倒ごとは起こすな」

「……わかったよ」


 俺は彼女の言葉に従い、仕方なく屋台の焼き鳥やら肉団子っぽいものやらを見繕って、再び戻る。

 すると今度はリッテがそいつらと喧嘩していた。

 足元には飛散したグラスが散らかり、一人の男が伸びている。


「信じらんない! あんたら酒場かなんかと勘違いしてんじゃないの!? 人の体に勝手に薄汚れた手で触んじゃないわよこの変態!」

「あぁ? このクソアマ、ちっと尻触った位でキーキー騒ぎだしやがって……」


 取巻きのもう一人が、彼女を捕まえようと腕を振り回す。

 リッテはそれを素早く躱し、背中側に回ると、足の裏で思い切り蹴飛ばして男をの顔をソファにめり込ませる。


 順調に訓練の成果が出ているのか、見事な身のこなしだ。

 隣で興味無さそうに酒を飲んでいたガムリの目がその男に向いた。


「ガ、ガムリ……! なあ、こ、こないだみてえにこの生意気なガキを黙らせてやってくれよ、いいだろ!?」


 そいつが媚びへつらった笑みを浮かべて懇願し、ガムリは酒瓶をローテーブルに叩きつけるように置いて立ち上がる。


 リッテは臨戦態勢を取ったが、カウンターにいたロージーは動かないままだ。


 何故止めないのかと俺が彼女に詰め寄ろうとした時だった。


「……ひゃあっ! 待ってくれぇガムリっ、俺はっ!」


 胸倉を掴み上げられたのは、取り巻きの男の方だ。

 酒におぼれて脂肪の浮いた体が忙しなく宙に揺れる。


「何で俺が小娘ごときに手を焼いてる馬鹿の尻拭いをしなきゃなんねえんだ? おい……言ってみろよ」


 ガムリは男の体を持ち上げて首元をきつく締め上げた。


 男の顔が見る見るうちに赤くなり、彼は腕を叩いて降参の意を示すが、首にかかった手が緩められることは無かった。


やがて彼は完全に脱力して意識を無くす。


「興覚めだぜ……飲み直すか」


 ガムリは脱力した男の体をそのまま投げ捨てるように降ろすと、懐から幾らかの金をテーブルに置いて立ち去って行く。

 去り際に一度だけロージーと視線を交わしたが、どちらも何も言わなかった。


 他の取り巻きが倒れた仲間達を抱え上げて外に連れ出し、そこには呆然とした俺達と、割れたグラスや散らばった料理で汚されたラウンジが残された。


「リッテ、大丈夫か?」

「ジロー君、遅いよぉ! でも拍子抜けしちゃった。てっきりあのままキレて殴りかかって来るかと思ったのに……。あーもう、気分悪いなぁ」


 リッテは尻の部分をパタパタとはたくと、その場の片付けにかかり始める。ロージーはこうなることを分かっていて、何も言わなかったのだろうか。


 俺は手の中の湯気を立てた包みを見つめる。ほのかに薫る香草の匂いが鼻をくすぐり、空きっ腹がぐうと音を立てた。


「これどうすんだよ……」

「良いんじゃない? 勿体ないから後で食べちゃおうよ」


 結局余らせた肉達は俺達の胃袋の中へと収まり、後片付けは大変だったものの騒ぎはそれ以上拡がらずに済んだ。

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