46.主人公、売られかける
日を跨いで来た俺達に対するロージーの態度は冷淡な物だった。
爪に黒いネイルを塗りながら、ろくに顔も合わせずに片手間で応対するその姿は、真摯さの欠片も見当たらない。
「せっかくの休みを棒に振ってさぁ……あんたら、暇なの? あたしは与太話に付き合う気が無いんだけど……」
「そう言わずに、話をちゃんと聞いてあげて下さい、お願いだから……」
「信じて貰えないのは無理も無いけど、嘘じゃないんです。本当に危険な相手から狙われて命が無いかも知れないんです」
「ああもぅ、うっとおしい……いい加減にしな、くそっ!」
朝早くから何度も玄関口で頼み込まれ苛立ったロージーは、ギルドの扉に「
「……そんで何? その話が本当だったとして、どうしてあたしが助けてやらなきゃならない? あんたらはあたしを近所の人のいいおばさんか何かと勘違いしてるんじゃないだろうね?」
「いえ、全くそんなつもりは……」
俺の鼻に指を突き付ける彼女は、少なくとも二十台中盤位にしか見えない彼女だが、意外と年齢を気にしているのかも知れない。
その表情には凄味が感じられる。
「チッ……あたしはね、本来奉仕活動なんてのは一切御免なんだ。それをこうやって、未熟なあんたらが生き抜けるようにできる限りのことを教えてやろうって、それだけでも有難い話じゃないのか? 恩に着せるつもりは無いけど、そういうのちゃんと理解してんの? あん?」
「「返す言葉もありません……」」
二人して縮こまりながらロージーの説教を受ける。
「ふん、なら、あんたらはあたしに何を持って返してくれんだ? 金も大した物も持ってない癖に。もちろん誠意だなんて腹の足しにもならんもんはお断りだよ」
「それは……し、出世払いとかでどうにか」
「論外。いつ夢破れてどこで果てるとも知らん冒険者の約束事程当てにならんもんがあるか? そうだな……いっそのこと、体でも売るか?」
「いっ……!?」
するりと伸びて来たロージーの手が俺の首を抱え込むように肩口を回り込み、胸元を撫でた。
後ずさろうにも、すぐ後ろは壁。退路を無くした俺は背中をどんと突く。
「歳は若いみたいだし、その反応だとあんまり経験も無いみたいだしね。そういう初心な奴が良いって女は結構いるんだよ。見てくれもまあ、悪くは無いし……いい所紹介してやろうか? 結構稼げるかもよ?」
首元にもたれかかるようにした彼女の、煙草の香りが混じる甘い吐息と声が耳元をくすぐった。
遊ばれているのがわかっていても、これは結構キツイ。くらっと来た俺が何も言えずにいる中、一際高い狼狽した声が割って入るように響く。
「ダ、ダメっ! ダメダメダメダメ絶対ダメ~っ! ダメ!」
リッテは俺に飛びつくようにしてロージーの手を外させ、俺と彼女の間に身を滑り込ませ手を拡げた。
「ジ、ジロー君はあたしの大切な仲間だから、そんな……い、いやらしい仕事させられないもん!」
「どうしてさ? あんた別にこいつの恋人って訳でもあるまい?」
「ど・う・し・て・も! な、何か他のことにしてよっ! そういうのじゃ無かったら何でもやるから!」
顔を真っ赤にしてふぅふぅ息を荒げながら言い募るリッテ。その姿にロージーは意味ありげな視線を送ると、ふんと鼻を一つ鳴らしてリッテの額を指ではじいた。
「あうっ。痛いなも~……」
「……注文の多い小娘だ、ガキの相手はこれだから嫌いだよ。……ここに長々と居座られちゃ仕事にもなんないし、死ぬほどこき使うか」
彼女は諦めた様に首を振り、俺達を見下すように首を反らせた。
「一週間、ここでただ働きだ。その間にちゃんとした算段を立てる。その間ぼろ雑巾みたいにしてやるから覚悟しな!」
「じゃあ、連れて行ってくれるのか? 迷宮に」
「気は進まないけどね。その代わり二度とあたしに頼みごとをしようと思わない位に働かすから、寝る間もないと思いな!」
「は、はぃ……」
リッテのおかげで男娼になることは免れたが、どうやら俺は寝ても覚めても忙しく働かされる運命にあるらしい。
巻き込んでしまったリッテも少し怒っているようだ。
「あはは、ごめんな……リッテ」
「……ふん! もうちょっとしっかりしてよ! ちょっと迫られた位ででれでれして……情けないったら! この先が心配だよ……」
「ほら、油売ってないできりきり動け! まずは隅から隅まで建物の手入れだ……」
俺が謝ったのはそっちじゃないんだけど……。
リッテはまだ少し赤みの残る顰め面でこちらを一瞥した後、走り去っていく。
ぼ~っと突っ立っていた俺は、尻をロージーの容赦のない蹴りに突き飛ばされてようやく再起動し、現実へと舞い戻った。
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