45.明かせない事情
コルン冒険者ギルドのカウンター付近で俺は体を縮めていた。
目の前にはロージーと、リッテの渋面が並ぶ。原因はもちろん俺の発言だ。
「魔物を狩りに行きたい……だって?」
この小僧は何を馬鹿なことを言ってるんだと言わんばかりにロージーは口を曲げた。
「ち、ちょっと事情があって! 場所も近くのV等級の迷宮、《水精の白泉》か《銀狼丘陵》付近ならどうにかなるかもと思って……」
「どこから情報を仕入れて来たのか知らないが……ちょっと動けるようになったからって調子に乗るんじゃないよ! 魔物とは命のやり取りになるんだ……訓練みたいに疲れた痛かったじゃ済まないってこと、言われなくてもわかるだろうに……」
馬鹿にかける言葉は無いとでも言うように手を払うロージーをリッテが取りなしてくれる。
「ちょっと待って……どうしてそんなことを急に言いだすの? 何か理由があるんだったら話してよ。そうでないと、話を聞く気にもならないでしょ?」
もっともな意見なのだが、それを言われては苦しいのだ。
アルビスには自分の存在を周囲に明かさないように厳しく言われている。簡単に人の存在を消去するなどという奴らなので、約束を破れば何をされるかわかったものではない。
「それは……言えないんだよ、事情があって!」
「まさか、借金が有るとか……?」
「違う! でも、ある意味それ以上に切迫してるんだ……でなけりゃ、こんなタイミングでこんなこと言いださないよ」
ロージーのすぼめた瞳が鋭くこちらを射抜くが、俺もここは引けない。嘘や冗談で言ったのではないことをしっかりと分かって貰わなければならないのだ。
「……あんた、迷宮がどういう所か分かって言ってるか? 例え第Ⅴ等級の迷宮とはいえ、内部探索のみでも、最低B級以上の冒険者が10名以上必要だと言われてる。あんたらも知ってんだろ、迷宮付近にはそこらに漏れ出た魔物達がうろついてんだ。ちょっと行って倒して帰って来るなんて気構えでいたら、あっという間に餌になっちまうよ」
「それでも……なんです。お願いします、そうじゃないと今度は俺が勝手な行動をしないといけなくなる……」
だん、とロージーの拳がカウンターの天板を叩く。眉をしかめたきつい視線は真に迫っていて、大層恐ろしい。
「はぁ……もういい。帰りな、馬鹿ガキ! 一日ゆっくり頭を冷やして考えろ!」
ロージーは俺達を蹴り出すようにして追い出し、途方に暮れる。当然の結果なのかもしれないが……どうしたものだろう。
最悪、二人には黙って俺だけでも……そんな風に思い詰めていると、リッテはあ~あとあくびをして、おかしそうに言う。
「またロージーさん怒らせちゃったじゃない。でも急にどしたの? 今までそんなこと言わなかったじゃん。お金が目的じゃないって言うなら……魔核とか?」
「悪い……欲が出て来たとか、そう言うのじゃないんだ。記憶が無くなったっていっただろ。あれに関連してることだけど、どうしても魔物を出来るだけ多く倒さなきゃならないんだ。それか、7000ルコ溜めて、教会に寄付するとか」
「なっ、7000ルコ!? 冗談でしょ? ちなみに……できなかったら、どうなっちゃうの?」
「一カ月したら、塵みたいにして、消されてしまうらしいんだ。魔法みたいなものかな……俺はそいつが目の前で、服の一部を粉々にしてしまうのを見たんだ」
「あはは……冗談にしか聞こえないんだけどなぁ」
それきり俺は黙り込んで、上を見上げた。
今もどこかからアルビスが見張っているんだろうか。冗談だったら、どんなにいいだろうかと思うけど……人の都合を考えず無理やり異世界に召喚して来るような神々のことだ。
こちらを消耗品としてしか見ていないかもしれない。自分で、どうにかしないと。けど、どうすれば……?
「とりゃっ!」
「いだっ……いきなり何すんだよ!?」
考えに耽っていた俺の顔をリッテが強引に挟んだ手で下に向ける。頭半分低い彼女とはそれでようやく目が合うのだ。
「……ね、本当なの? ちゃんと目を見て答えてよ」
額が触れそうなの距離に彼女の顔が近づいていて、空色の青い眼に俺は吸い込まれそうになりながら、首を縦に振った。
「……さっきも言ったろ、こんな人に迷惑かけるような酷い嘘はつかないよ」
「そっか……うん。わかった。なら、信じるよ。明日一緒に、もう一度ロージーさんにお願いに行ってみよ? もしかしたら、何か考えてくれるかも知れないし」
「それは、楽観視しすぎだと思うけど……そうだな。ありがとな」
「へへっ……仲間なんだから、お互い様だよ」
そういうリッテはどこか嬉しそうに笑いをこぼす。
背中を叩いて元気づけてくれるその手は小さいけれど、俺にはとても心強く感じる。
彼女がいてくれて良かった。
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