41.ただひたすら前へ

 語り終えた彼女の瞳には、静かな深い悲しみがある。それを払うように、ロージー自らの言葉で、物語の終わりを告げた。


「虚しいもんだ。あれだけ辛かったのに時間はさ、勝手に傷を塞いじまうんだ。痛みが薄くなるたびに、抱えていた思いが薄っぺらいものだった気がしてね。堪らないよ」


 黙ったままでいる俺達にロージーは自重するかのように笑い、肩をすくめた。


「つまらない話だったろ。その後あたしはこうして死ぬこともできずに、いつの間にかふらふらとこっちの方に戻って来てた。その辺りのことはあんまり覚えてないけどね。女だからって難癖付けた阿呆をぶちのめしてやったら、先代のギルドマスターに気に入られちまって、気が付いたらここの跡を継ぐことになってたってわけ。これもその人からの貰いもんさ……いつの間にか、癖になっちまった」


 ロージーは火の消えた煙管を灰皿の縁へ叩きつけ、新しい刻み煙草を補充して火を付けると、ゆっくりと息を吸う。


「とにかく……少しは分かったろ。あたし達はいつだって、暗いトンネルの中を手探りで進んでるみたいなもんなんだよ。ちらちらと遠くに見える光に引き寄せられても、ひょっとしたら数歩先にはぽっかり穴が開いてて、それっきりかも知れない。時々さ、自分で自分を照らしてるような奴や、空を飛んでる奴みたいなのも確かにいるよ。でも、そういう天才みたいなのは数える程なんだ。あたしには、あんたらがそんな風だとはどうしても思えない。どっかですっ転んで立ち直れなくなるのが落ちだ。帰りなよ……それか別にここで働いたっていい。ガムリにはあたしが話を付けてやる。だから……北へは行くな」


 引き留める彼女の言うことは正しい。実際に俺がリッテを失ってしまったとしたら、ファリスやディジィにどう詫びればいいのか。いや、謝罪など無意味だ。何をしても死んだ人間は帰って来ないのだから。


 あれほど頑張って強くなろうとした決意が今や、完全にしぼんでしまった俺は、ロージーの言葉に沈黙を返すだけだった。


 だが、そんな俺の肩をリッテは強く揺さぶり、目線をまっすぐに合わせた。前しか見ていない、強い意志の宿った瞳でこちらを見る。


「……しっかりしてよ! ジロー君……あたし悪いけど一人になっても行くから! だって、まだあたしなにもしてないもん! これ以上無理な所までやったって言えないなら……納得できるところまでできてないなら、歩みを止めるなんて無理だよ! 死にそうに辛くたって、大切なものを引き換えにしたって目的まで辿り着く。もしジロー君が私と一緒に行くなら今ここでその覚悟をしてよ! できないなら、ここで別れよう……それ位の気持ちで無いと駄目なんだよ、きっと」


 そして、今度はロージーの方に向き直り、深く腰を折った。


「ロージーさん、お願い……そうまで言うならあたしを諦めさせてみてよ。あたしを鍛えて……! それで音を上げるようならあたしの負け。素直に田舎に引っ込む。二度とここにも姿を現わさないって、誓う」

「馬鹿じゃないのか? それであたしに何の得があるのさ。ガキのお守に付き合う時間損するだけだろ」

「そんなこと言う位なら、あんな話しないでよ! あなたが本当に自分の力が足りなかったこと、大切な人を失ったことを後悔してて、あたし達もそうならないように願ってくれるなら、その手で引導を渡す位の事をして見せて! そうでないなら、あたしは勝手に先に進むだけだよ!」

「……ふざけたことを」


 ロージーは扱いに困る子供を見るような苦い顔をする。そしてその目がこちらにも向いた。


「黙ってないで止めなよ……この子、このままじゃ絶対にどっかで死ぬよ?」

「……俺は」


 ゴブリンから殺されかけた時が頭をよぎる……これから先、あんな思いを何度もしなければならないのかと思うと逃げ出したくなるけど……。ディジィが危険なことを分かっていてこの子を送り出し、そして俺はそれを託されたのだ。彼女を止められないなら、せめて死ぬときは一緒に……その覚悟は決めないといけないよな。召喚のこともある……どの道険しい戦いになるんだ。


「俺にはこいつほど強い気持ちは持てないけど……事情もあるからどの道強くならないと先が無いんです。どうせ進む先が険しいなら、こいつと一緒に行けるとこまで行きますよ。俺からもお願いします……覚悟を一度、試してやってください」


 俺もリッテにならって頭を下げた。長い時間が経ち、俺達が覚悟を変えないのを見ると、ロージーは盛大なため息を吐き、その柔らかそうな黒髪を掻き乱した。


「……どうやら、一度あんたたちには絶望ってのを叩きこんでやる必要があるみたいだね。気持ちが変わらないなら、朝四時に明日ここを訪ねな。死んだ方がましだと思う位しごいてやる……」

「「ありがとうございます……!」」

「勘違いすんな……本気で後悔させてやる。いつでも逃げ出せるように荷物でもまとめておくんだね。今日はとっとと帰りな……もう他の冒険者達が来る時間だ」


 手を叩いて喜ぶ俺達に舌打ちしたロージーは、舌打ちすると俺達を戸口から追い出した。だが、本当に大変なのはこれからだ。言葉と覚悟を嘘にしないよう、どこまで自分の意思を保てるかが試される。それを俺達が思い知るのは翌日の事だった。

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