39.(回想)ロージー(2)

 戻ってきたメッドとジェリウスを交えて食事の準備をしながら、ロージーはそっと離れた所からフラーミルの顔を見る。ロージーをしがらみから解き放ってくれた時から、彼女が笑顔を絶やすことは殆ど見たことは無い。もし彼女の顔を曇らせる何かがあったら、それを取り除くは自分の役目だと、ロージーは思っている。


「鍋……噴いてるぞ」

「え、あ……ごめん」


 慌てて焚火の強さを調整しようとしたが、既にジェリウスがそれを手掛けていた為、気まずくそれを見守る。彼はバンダナで眉を隠している為、表情は分かりづらく、誤解を受けることが多いが、実は気配りの細やかな優しい男だった。


「……いいさ、後は俺がやる。こないだみたいに食料を台無しにされちゃ敵わんしな」

「そんな風に言わなくたってさ」


 ロージーが眉根を寄せたのを見て、彼はフッと小さく笑った。


「……冗談だ。最近は大分上手になったからな。みんな喜んで食べているだろう?」 

「ならいいけど……」


 面白くなさそうにため息を吐くロージーに、ジェリウスは鍋をかき混ぜながらその笑みを苦笑へと変えた。


「寂しいのか?」

「え……?」

「……最近、二人が話しているときそうやって恨みがましく見ているのをよく見るからな。フラーミルを取られて悔しいのか?」

「ばっ……違、うってば! 何で見てんだよ、気持ち悪いな!」


 真っ赤になって過剰反応するロージーに男は珍しく楽しそうに笑う。見通されたように言われて腹も立つが、何となくこの男に喰って掛かる気にはなれないのは、彼が自分に旅に関わる色々なことを教えてくれた師匠の様なものだからかもしれない。要は頭が下がらないのだ。


「勘違いすんな……あたしはさ、あんた達と違って、あの子に救われたクチだから。だから……うまく言えないけど、恩を返したいっていうか。あの子が苦しむことの無いようにできることは何だってやってやりたいと思ってる。だから、あいつがメッドのこと好きなら、それで幸せならさ……別にいい」

「そうか……」

「……悪いけどさ。何かあったら、あたしはフラーミルの命を優先するよ。あの子が先に死ぬのはあたしが許さない。その為なら、例えあんた達だって……」


 見殺しにする、そんな覚悟を言外に滲ませたその瞳を見た彼だが、驚きはせず一笑に付した。


「わかっているさ……俺も仲間を見捨ててまで生き残ろうとは思わんし、メッドは彼女に惚れているから、身を盾にしてでも守るだろう。だからそんな顔をしなくてもいい」

「ごめん……」


 本当にひどいことを言っているのは自覚していたが、ロージーに取ってはフラーミルの身の安全が一番なのだ。気持ちを彼女に素直に表すことは出来ないけれど、もし危険がその身に迫るのならば、何を犠牲にしてでも守る。それが今彼女がこうして生きている意味だと思っている。


 ジェリウスは小さく頷くと、鍋が煮えたのか火から外し、椀によそい始めて二人を呼んでくるように言った。




 食事がてら、偵察に行った村の様子を二人は話してくれた。あまり人数が多くなると、意思疎通や、足並みをそろえるのにどうしても時間がかかりよろしくないので、いつもジェリウスは自分と一人くらいしか連れて行かない。


 彼は元猟師だったらしく、弓の扱いに長けていて素早く、身の隠し方をよく心得ていた。潜伏ハイディングのやり方をロージーも良く教わっていたが、彼のようにうまくはできない。彼が本気で身を隠すと、恐らくその足跡を辿ることは動物でもない限り不可能だとロージーは思っている。


 焚火を囲んだ四人の前で、赤毛のメッドが沈んだ口調で話し始めたのは恐るべき事実だった。


「全壊……!?」

「残念だけどな……人っ子一人見つからなかった。あの様子じゃ依頼人も生きてはいないだろうな……」

「……そんな、それじゃ先に向かってた人達も?」

「……ああ。遺体はほとんどが炭屑のようになっちまっててな。生中な火ではあそこまで焦がすことは出来ないだろうし……もしかすると、魔人でもいたのかも知れない」


 沈痛な面持ちのメッドの言葉を補足する様に、ジェリウスが言う。


「……この辺りに火を吐くような魔物の出現は確認されていないはずだ。未発見の迷宮から湧出した可能性もあるにはあるが……普段魔物が迷宮からあまり離れていかないことを考えると、その可能性の方が高い」

「魔人って……こんな悠長に飯食ってる場合なの!?」

「落ち着けって……ジェリウスが見つけられないんだ、じたばたしても仕方無いだろ? もうこの地を離れている可能性もあるし」

「俺達にも出来ることとできないことがあるからな……。小休止した後街に知らせに行こう……それでいいな、フラーミルも」

「わかったわ……弔ってあげたい所だけど……。ロドルムの街に戻りましょう。他のギルドから応援を呼ばなくては」


 彼らがロドルムの街を出て来たのはつい昨日のことだ。近隣のある村で、複数の村民が消息を絶ち捜索して欲しいとの依頼を受けた冒険者ギルドが、先行したパーティーから連絡が途絶えたのを不思議に思い、改めてこのパーティーに事態の確認を要請した。メッドもフラーミルも人が良すぎる、もっと受ける依頼を吟味すべきだとあれ程ロージーが進言したと言うのに……。


「まあ、何かあれば俺がどうにかするさ。こういう時の為にこの剣もあるのかも知れないしな」


 メッドが叩いた腰の部分には、見た目にも涼やかな青い柄の剣が差してある。その中心部に光るのは、紫の光を宿した宝石。いわゆる魔石という奴だ。


 製作者が付けた銘は《渦波の水蛇ヘシェンドラ》という。ある依頼の礼金代わりにとある貴族から貰った魔剣で、幾度もこのパーティーの危険を救って来た。メッドはあまりこれを軽々しく抜くことはしない。どうも使用した時の体力の消耗が激しいらしく、数分使っただけでも意識を失くして倒れ込んでしまうのだ。これはロージーの勝手な予想ではあるが、やはり魔石の力というのは人外の力で、そんなものを扱うのは人の身に勝ちすぎているのかも知れないと思っている。


「……この間もそれで倒れたばかりだろう。リーダーなんだから少しは自重しろ」

「わかってるって……抜くべき時は剣が教えてくれる、なんてな」


 からからと笑うこの単細胞に向ける二人の視線は、愁いの色が強い。魔剣の強すぎる負荷がいずれ身を滅ぼすことの無いよう案じているのだ。この男の倒れる姿など想像もできないし、したくもないが……それが近い未来のことにならないよう、少しでも長くこの四人で旅が続けられるように祈るばかりだった。

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