36.アルビスの有難い(?)お話
「……!?」
目を覚ましたリッテが、体を急に起こして腹部を押さえ、顔をしかめた。
「つっ……。ここ……宿?」
「ああ、治療所で見てもらったから大丈夫だと思うけど、まだ少し休んでいた方が良い。痛みはどう?」
「大丈夫。けど……あたし、気を失ってた? ……くそおっ! あんな奴に、あんな奴にっ!」
リッテは赤い目を潤ませると、涙をぽろぽろとこぼし、膝を何度も叩いた。体中が震えているのは、今更何もできなかった悔恨か、恐怖の為か。
「やめろって……体に響くから。ごめんな、何もできなくて……」
「違う! あたしが! あたしが! あたしが……弱……くて。何されたかも良く分かんなかった、の……。あぁ……父さん、ファリ……ごめんね」
彼女は、サイドテーブルに置いてあった、くしゃくしゃになった自分の冒険者証を丁寧に伸ばし、かき抱いた。俺が、こんなところに連れて来たから……彼女の大切にしてた物を傷つけさせてしまった。
生きる為じゃなくても、戦わないといけないことがある。理不尽な悪意の存在を強く思い知り、こちらに来て初めて人を怖いと……そして、何の力にもなれない自分が恥ずかしいと思った。我知らず……心の中で思い浮かべる。
(強くなりたいな……自分や、周りの人が辛い目に遭った時に護れるだけの力が欲しい……)
しかし、そんなときに頭に響くからかうような声。
(……ぶふっ。あっはっは、ばーかばーか。馬鹿じゃないんですか? 仲の良い女の子に手を出されてすごすご帰ってくるようなこんなみっともないチキン野郎……。しかも『強くなりたい~』だとか、初めて生で聞きましたよ私は。恥ずかしいのも相まってひよこ、いや鳥のフン以下ですね? きゃははははっ、はっ、苦しっ……涙が!)
(おまっ……まじ、人の心を! 最悪だ……)
心に強く思い浮かべたからだろうか、筒抜けになってしまったらしい。本当にこの女神は要らない時にしか出て来ないな……。アルビスのけたたましい笑い声に俺の顔は真っ赤に染まる。だが、それより落胆の気持ちの方が強く、俺は声のトーンを落として彼女に黙る様に告げた。
(もう本当、真剣に悩んでんだから茶化すのはやめろ。仮にも神だろ? 何かさあ、慈悲とかそういう温かい感情とか無いわけ?)
(さあ? 他の神はともかく私は私ですから。しかしまあ……ぷっ……あなたがそこまで思い詰めているのでしたらちょっとだけアドバイスを与えて、上げましょうか……? くっふ……)
このクソ神……途中に挟まる笑いが癇に触ること甚だしい。いつもならもう口も聞きたくないと怒鳴りつけるところだが、目の前で俯いたままのリッテを見るとそんな気にはなれなかった。
(……教えてくれよ。神様だっていうんなら、そのくらい幾らでも……)
(うそぴょ~ん。愚か者めぇ。そんな甘い考えでいるから、何もかもその手から零れ落ちていくんですよ。全く……異世界の住人は全体的に少し覚悟が足りなすぎるのでは無いですか? いくら命のやり取りが無いとはいえ、漫然と日々を消費しているから、誰かを頼って何かを為そうという堕落した考えに行きつくのです。不老不死の身ならいざ知らず、今ここでも残り少ない命の蝋燭は燃え続けているのですよ。本当に力など欲するのであれば、他を捨てなさい。時間。誇り。金……は貧乏だから無いんでしたっけ? まあ、他にも探せば色々あるでしょう、人間性とか)
(……それは一番捨てたくねえけど)
(そんな事言ってる奴がま~た泣きを見るんですよ。相手が剣を向けて来ても、こっちが死ななきゃそれで許してあげる、なんて……糖分過多で吐き気がします。そんな問題先送りの甘々なスタンスはいつか、あなたか仲間のどちらかを殺しちゃいますよ?)
(……お前、本当に神なの?)
えげつない言葉を吐く女神(?)に俺はげんなりした。神ってさ、神ってもっとこう、信用できてもっとありがた~い、弱きを助け、悪をくじく正義の味方みたいなものを想像していたのに……。だがアルビスから返るのは冷たい言葉だけだ。
(そのいちいち神様だから~とか何なんですか一体。そも神なんてのは呼称しやすいように人間が理解できないような力を持つ存在にレッテル張っただけでしょうが。それをいちいちあんたらの感性に合わせて、ああでないこうでない言ってるんじゃないんですよ全くぅ。確かに私達はあなた達から《徳》と呼称されるエネルギーを集めて力にしています。しかしそれはあなた達の考える善と同一ではなぁい)
アルビスは苛立った口調で俺を強くたしなめる。
(例えば、一人のとんでもない大罪人Aという人物がいたとしましょう。そのAをBという人物が殺した時、Bを罪に問うべきだとあなたは思いますか?)
(それは……そうなんじゃないか? 悪い人とはいえ、殺しちゃったんだし)
(Aがとても大勢の人間を殺したりしていたとしてもですか?)
(……?)
(分からなくなって来るでしょう? これが戦時下だったら? Bが自らの子供を殺されていたとしたら? 様々な条件が折り重なるたびに、善行か非行か判断は付けづらくなり、天秤は揺れ動く。そんな曖昧な物をエネルギー源として活用できるわけがない)
(なら……何なんだよその《徳》って言うのは)
(それはぁ……。い~や、やめておきましょう。たまには自分の頭を悩ませた方がよろしいです……今日のことも合わせてちゃんと考えてごらんなさいな。それもまたあなた自身の成長に必要な事ですから。ふ~……人間は本当面倒臭いんだから……)
(ちょっとおい、具体的なアドバイスはなんかないのかよ!?)
結局こき下ろすだけこき下ろして、アルビスは答えを返すことなくどこかへ行った。俺は嗚咽するリッテの背中をさすりながら、しばらくぼーっと頭を巡らせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます