35.コルン冒険者ギルド
アルビスの起こした騒ぎの後、きっと計測用の魔具がどこか壊れていたという事でリッテを納得させた俺は彼女を連れてコルンの街の冒険者ギルドを訪れた。小さな街なので規模はローヌの村の冒険者ギルドとさして変わらないが、中には多くの人の気配がある。
「……ちょっと緊張しちゃうね。あたしもここに来るのは初めてなんだ。父さんは時々用事で来てたみたいだけどね。……ジロー君、先に入ってよ、男の子でしょ」
「わ、分かったから押すなって」
恐る恐る扉を開く……。隙間から見えたのは、酒場の様な内装の室内だ。右手にカウンター型の受付。左手に薄汚れた掲示物が並び、奥にはテーブルと椅子が立ち並んでいる。第一印象は……。
(うわぁ、ガラ悪いなぁ~……)
奥の方にたむろしている冒険者達は、ぎらついた目をこちらに向けて来て、俺は慌てて目を逸らす。凄いアウェー感と言うか、何と言うか……とても息が詰まる。
入り口に突っ立っているのも邪魔なので、俺は受付の女性に話しかけた。どこかうらぶれた、と言ったら失礼かもしれないが、気怠い表情をした、暗い雰囲気の女性。片目は緩くウェーブした黒髪で隠されていた。
「すみません、俺達……ローヌの村からやって来たんですけど……。何か仕事、ありますかね」
「あん? あぁ……それじゃ冒険者証出しなよ。そっちの嬢ちゃんも」
俺はリッテと共に、ディジィから作って貰った冒険者証を取り出す。この冒険者証なのだが、ランクごとに素材が違う。F~Dは白い紙製の物、C~Aはミスリル、S以上は
女はそれを見てふん、と鼻で笑う。あまり気分の良いものでは無く、リッテも眉間にしわを寄せたが、こんな所で問題を起こしたらまずいことは子供でも分かるので、ぐっとこらえていた。
「FだのDだのの低級の冒険者なんて大した仕事はありゃしないよ? それでもやるってのかい?」
「何でもやりますよ……死ぬようなのじゃ無けりゃ」
今はとにかく金が無いから、どんな仕事だろうとやっておくに限る。それに、こういった街のギルドでどういった仕事が来ているのか興味もあったし。ローヌの村の仕事は殆どが農作業や雑用で参考にならないのだ。もっときつい仕事や嫌な仕事もあるのかも知れないけど……。
「ほら、この中から選びな」
女性が吸っていた細い煙管を灰皿に置き、面倒そうにぽんと放り出したファイルを俺達は開いて覗き込む。だが、この世界に来て日が浅く知識も足りない為俺には、どの依頼が割に合っているのかどうにもわからない。残念ながら選択は結局リッテに委ねることになった。
「では、この配達依頼と、ネムリ草の採取と、それから……」
「ああっと……そりゃ駄目だ、売約済みってな。俺達が頂く。いいだろ、ロージー」
どこからか、リッテが選ぼうとファイルから抜き出した依頼表を奪い去る男の手。ロージーと呼ばれた受付の女は、呆れた目で男を見て仕方なく頷いた。
「……持ってきな」
「えっ!? ふざけないでよっ、それはあたし達が!」
「わりぃがなぁ……どこのギルドにも序列ってのは存在してんだよ。新入り……急にしゃしゃり出て美味しい依頼持っていこうったってそうはいかねえんだぜ? なぁ、皆」
「……そんなっ」
口々に後ろで飲んだくれていた冒険者達から同意の声が上がり、リッテは悔しそうに口を噛む。そのリッテに男は威嚇する様に上半身を傾けてねめつけた。
「俺の名はガムリ。このコルン冒険者ギルドの顔役だ。言っておくがこれでも一応B級冒険者なんでな……。納得できねえってんなら相手になってやるぜ、綺麗な顔の、お・嬢・ちゃん?」
ガムリという男が、平手で撫でるようにリッテの頬を叩く。それが引き金となっての――瞬間的な激高!
「……こんのおッ!」
「ちょ待て待て待て待てッ!」
平手を振り上げたリッテを何とか羽交い絞めに出来た自分の反応の良さに今は感謝したい。
「離せ……っうぅ~っ! ばっかに、しないでよッ! あたしだって……れっきとした冒険者なんだ!」
「あぁ? クハハ、この紙くずがなぁ……冒険者証だって? 笑かしてくれんなよ……冒険者証ってのはこういうのを言うんだよ!」
男は受付台に出してあった俺たちの冒険者証を手で払って床に落とし、そのまま足で踏みにじってこちらに蹴り返す。そしてひけらかすように、銀色に輝くミスリルの札をちらつかせる。ディジィやファリスとの思い出が詰まった綺麗だった白い冒険者証は捩れた紙くずとなってリッテの目の前のかさりと落ち、彼女のそれまでを全て否定した。
「お前ぇ、許さないっ……!!」
強引に俺の腕を振りほどくと、リッテは男に向けて猛然と殴りかかった……だが、その拳は届かなかった。それより速く男の足が伸びてリッテの胴体に突き刺さり、彼女の体を勢いよく突き飛ばしたからだ。吹き飛んだリッテが俺の体にぶち当たって、二人同時に床へと倒れ込む。
「てめっ、女だぞ……恥ずかしくねえのかよ!?」
……蹴るか普通!? 流石に俺もぶち切れた。こんなに頭に血が昇ったことはかってないかも知れない。敵意を剥き出しにしてガムリを睨みつけたが、それは相手の嗜虐心を刺激しただけのようだった。
「あぁ、この女以下の腰抜け野郎が何を吠えてやがる。お望み通り性別関係なく冒険者の流儀で相手してやっただけだろうが。これでも加減してやってんだぜ……。これで納得できねえなら、ちょっとばかし刻まれてもしかたねえよな、あぁ?」
ガムリは後ろに差した細身の円月刀を抜くと、それで風を切って、舌を刃に走らせた。眼前に白刃が迫り、俺はぐっとつばを飲み込む。怒りを恐怖が上回ろうとしたその時、男を止めたのは、意外なことに受付の女性だった。前に踏み出そうとしたガムリの喉元に付きだしていたのは、口元にあった細い煙管。
「そろそろやめときな、これ以上のいざこざは御免だ。……ガムリ、これ以上やるなら出禁も覚悟するんだね。毎度毎度新人をいびられちゃたまったもんじゃないんだよこっちも」
「……チッ」
意外なことにガムリは舌打ち一つで引き下がり、そのまま彼は元の席にどっかりと座り込むと酒を呷りだす。俺は刃の圧力から解放され、どっと汗を流した。
「……ほら、あんたらも今日はこれでも持って今日は帰りな。ここは子供の遊び場じゃないってわかったろ」
「……ちくしょう」
ロージーが一瞥と共に何枚かの依頼表を丸めてこちらに放る。冒険者証と、地面に転がったそれを俺は素早くつかみ取ると、意識がなく呻くリッテを背負いそこから出て行く。悔しいことに、彼らへの怒りよりも、危険から脱した安堵感の方が勝っていた。
どこか油断していたのだ……今更に思い知る。ここは異世界、力が無ければ、誇りも、仲間も、大切な物は何一つ守れない……死と隣り合わせの場所だという事を。
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