34.その気遣いは要らない

 招かれた室内で最初に目に着いたのはやはり、中央に据え付けられた円筒形の台座と巨大な水晶球だろう。リッテの表現は少々大袈裟だったかもしれないが、それでも自動車のタイヤ位はある大きな物が据え付けられている。室内は白色の壁面と床で統一されており、まるで病院の室内を想起させた。


 名前を呼ばれた一人の親が子供を連れて前に出る。彼がおずおずとその水晶に触れると、水晶が反応したように全体を淡い光が包む。神父が慌てて後ずさろうとする子供を「そのままで」と制止し、聖書を開き祈りの言葉を一つ。


「天上におわす神々よ、どうか小さき人の子ケビンに己が運命さだめを切り開く力を与えたまえ……どうか神の御加護を賜われますよう、何卒お願い申し上げます……」


 ケビンというのが水晶に手を添えている子供の名前なのだろう。その男の子が緊張して唾を飲む中、時が経ち、それは唐突に暖かな光を放った。数秒でその光は止むと、神父は目を瞑っていた少年達を誘導して別の出口から外へ出した。


「……結構光ってたけど、どうなの?」

「……う~ん、あたしよりはちゃんと光ってたけど。凄い人だともっと光るよ? 多分」


 今のでも結構眩しかったのだが、あれ以上か……。神父が次々と子供達を誘導して口上を述べ、手際よく列を捌いて行く中、リッテはそれをアトラクションでも見るかのように楽しんでいた……どうも子供によって、刺すように鋭く光ったり、淡く明滅したり、水晶球の中にほわほわと光球が浮かびだしたりと色々と差があるので確かに見ていて面白い。


 そして、ついに俺の番が来た。例によって水晶球の前に立たされ、俺はやんわりと手を添える。消えた後の電球のように、ほんのりと暖かく硬質な感触が手から伝わって来る。そして例の神父の口上が述べられた。眩しそうだし目を閉じていた方が良いのか……いやでもどんなのが出るか見たいしなぁ……。


 中途半端に薄目を開けて変顔になった俺の前で、内部に変化が起こり始める。光が集まり、何かの輪郭を形作り出す。それは……。


 周囲の人間がざわめき始める。それもそのはず……現れたその姿は背中に後光を宿し、光の翼をはためかせた何らかの超常的存在の姿だ。その場にいる全員が口を音も無く開閉し、中にはあまりの神々しさに膝を地面に着け祈りだす者もいた。ちょっと面倒くさいことになって来たぞ~……


「こ、これはっ……誰か司祭様を呼べっ! こんな反応は見たことが無いッ!」


 誰かが扉を開け放って急いで出て行った後、俺はふと嫌な予感がして頭の中で話しかける。


(……アルビスぅ。お前なんか裏でやって無いよなぁ?)

(……やって……ません、けど?)


 いや、この声の上擦り方は絶対なんかやってる感じだろう。


(この過剰演出を今すぐ止めさせろ……!)

(ちっ……いいじゃないですか別に、結構盛り上がってますし。ほら、後ろのその子の注目度もばっちりアップしてますよ?)


 何だその「空気読んでやったんだぜ?」みたいな言い方は。むしろリッテからの視線は何このヤバそうな奴みたいな感じになってるぞ。明らかに引いてる。


(なあ……俺はこんな風に注目を浴びて輝くタイプじゃないんだよ。地道にコツコツやっていくタイプなんだ……本当お願いだから目立つようなことはしないでくれ、頼むって)

(……わかりましたよ。せっかく良かれと思ってやってあげたのにナァ~。それじゃ、操作を止めますよ……)


 残念そうにアルビスが言い、俺は胸を撫で下ろす。


(あっ、間違えちゃった)


 何を……? という疑問を浮かべる間もなく、その変化は起きた。水晶内に現れた存在は、一瞬その白い眼球をビカッと光らせ、振り上げた杖から放たれた稲光が壁面や床に反射し、あまりの恐ろしさに部屋にいる者達が神に許しを請いながら平伏しだした。


「な、何事じゃあっ!」


 部屋に汗だくで飛び込んで来た恰幅の良い老人も、その姿を一目見るなり「ひいっ、これはいかん!」と踵を返し逃げて行った。場は混沌に包まれる。


 絶対にヤバいことになると思った俺は、一緒にうずくまって何事か懺悔していたリッテの手を取って引き起こす。


「もうしません、もうしませんから……ひっ、ちょっと、ジロー君!?」

「逃げるぞっ……!」


 うわごとの様に何度もつぶやく彼女を連れて一目散に教会の入り口から飛び出し、路地裏に駆け込みアルビスにすぐさま抗議した。


「おめぇ~まじ洒落にならんぞっ! 神敵認定されちまったらどうすんだよぉ……!」

「ジ……ジロー君、誰と話してるの?」

「あ……いや、ごめんごめん。ただの独り言、気にしないで」


 つい口からアルビスへの文句が出てしまい、リッテから怪しまれてさらに動揺する。アルビスもこんな事になるとは思っていなかったらしく、言い訳がましく早口でまくしたてた。


(ち、ちょっと間違えただけなんですって! 上手くやれば神様の存在を周知できて人々から徳を集められるはずだったんですよ。 こ、今度は絶対うまくいきますから)

(……今度なんてあるかな。俺、受付で名前書いてるから、下手に騒ぎになって人相書きとか出回らなきゃいいけどな)


 そのまま俺は青い空を見上げ、息を吐きだした。どうやら、この街での存在証エクスタグ獲得は、諦めるざるを得ないようだった。

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