33.光神アトロポス教会

 目の前にある教会の姿に目を奪われ、上を見上げていた俺達。だが、その二人の間を、誰かが後ろから勢いよくぶつかってこじ開けていく。


「っわわ……な、何よ一体!?」


 つんのめる様にして手を離したリッテが目を丸くして見たのは肩を怒らせるようにして歩いてゆく若いシスター。ものすごい形相でこちら一睨みして、彼女はそのまま鼻を鳴らし足音を立ててゆく。その態度に、むっとしたリッテがすかさず声を荒げた。


「ちょっとぉ! 人にぶつかってきておいてその態度は無いんじゃないの!? 謝りなさいよっ!」


 すると、そのシスターは振り返り、慇懃な仕草で髪をかき上げた。黒に近い深緑の髪が艶やかにその手を滑っていく。


「あら、ごめんあそばせ。ぼーっと立っていたから、案山子か何かかと勘違いしてしまったわ。こんな寂れた教会をあんぐり口を見上げて、一体何かありまして……田舎者のお嬢さん?」

「は、はぁ!? ふざけないでよ! 真っ黒けな頭して、鴉でも載せてんじゃないかと思ったわ! あんたなんか、神じゃなくて悪魔の方がお似合いでしょ……この陰険シスターっ!」

「なぁんですってぇ!?」

「おい、やめろって!」


 二人の間にバチバチと火花が散るのを幻視して俺は静観していられず、慌ててリッテの口を塞いだ。これから世話になる教会の前で何を繰り広げてるんだお前らは……!


「むがっ! むーっ……!」


 じたばたと暴れるリッテを必死に抑えながら、俺はそのシスターに立ち去るよう促す。


「あんたも、何か急いでる用事があるんじゃないのか? 早く行った方が良いと思うぞ?」


 事を穏便に収めようと顎をしゃくった俺にまでその修道女は怒りの視線を向けて来る……。やや三白眼めいた意志の強い瞳はかなりの迫力だった。


「あなた達の顔、覚えておくわよ……ふんっ」


 やっと気が済んだのか、その切れ長の目を背けると、彼女はそれだけ言って足音高く去って行った。覚えておくって……芝居の悪役でもあるまいし。何か後で呪いとか掛けられてそうで怖いな……。


 俺が浮かべていたそんな思考はリッテが放った肘鉄によって急遽中断される。


「いつまで抱き着いてんの、バカっ!」

「がふっ……!」


 いいところに入り、俺は膝を落とし喘鳴を絞り出して苦しみ、怒りの収まらないリッテは足元の石畳を踏みにじってストレスを発散した。


「はぁ、はぁ……あーっもう腹立っつぅ! ほら、座り込んでないでとっとと行くよっ!」


 脂汗を滲ませながら、俺は石畳に付けた膝を何とか持ち上げ、おぼつかない足取りで着いてゆく。やっぱり異世界、怖いっす……。




「コルン光神アトロポス教会へようこそおいでくださいました。礼拝でしたら本日の午前の部は終了してしまいまして……」


 入り口をくぐると、一人の神父がにこやかに出迎えてくれた。教会の内部は、どうやら幾つかの区画に別れているらしく、聖堂は少し奥にあるようだ。リッテが文句を言いださない内に俺は早々に彼に要件を告げた。


「あ、違うんです。あの、済みません……《存在証エクスタグ》を失くしてしまったのですが……」

「ああ、成程。再発行の手続きですね。こちらの用紙に名前を記入して、しばしお待ちください」


 意外とすんなりと通って一安心だ。神父は一人のシスターを呼んで来て別室の前まで案内させた。そこには長椅子が幾つか並び、子供達とその親が、緊張しながら座っている。どうも、一様に表情が硬いのは気のせいだろうか。


「……なんか、皆ちょっと緊張してない?」

「そりゃそうでしょ。身についたスキル次第で今後の人生が多少なりとも変わって来るんだから……当たり前の事聞かないでよ」


 リッテは先程の件を引きずっているようで、ずっと不機嫌な顔をしている。はなはだ理不尽ではあるけど、機嫌を直してもらう努力だけはしておこう。後が怖いし。


「な、なぁ。いい加減気分を変えようよ。ここの人だって決まった訳じゃないんだしさ」

「い~や、絶対ここの人だって! たまたま余所のシスターが来てて、あたし達に喧嘩を売って来るなんてそんな都合よいこと、あると思う?」

「そりゃそうだけどさ、でも自分の教会だったら『こんな寂れたとか』馬鹿にしたようなこと言うかなぁ……」


 彼女はリッテを田舎者だと罵った。余所から来たのは間違いないような気がするんだけど……。


「それはまあ、そう言われればそうかも知れないけど……」

「ま、あんま気にすんなって……そう何度も会うことも無いだろうしさ。ところで、存在証ってどうやって作るんだ? 教えてくれよ」


 リッテも恐らくここに十二歳の時に来て作って貰っているはずだから、流石に覚えているだろう。彼女はふむ、と少しだけ機嫌を直して説明を始めた。


「……え~とね、部屋の中心にこう、半分で切った柱みたいなのがあって、その上にこ~んなおっきい水晶玉が置いてあるんだ。自分の番が来たら、それに手を当てて目を閉じるの。しばらくすると、水晶がびかーって光ってさ。それが終わりの合図だったよ。後は存在証ができるまで半日くらい待ったのかな? 開ける時が一番ドキドキしたよ」


 彼女は腕で、一抱えも有る大きさを示して見せる……それを信じるのならば水晶の大きさは1メートル位はありそうだ。きっとそれも何らかの魔具で計測器みたいな役割を持っているんじゃないだろうか。


「そうそう……あたしはファリの後で、ファリの時はすんごい強く光ったのにさ。あたしん時はあんまり光らなくて。その時は一日中がっかりしてたんだっけ。懐かしいな……」

「魔力が強い人間ほど強く光るとかなのか?」

「多分、そうなんじゃないの? ジロー君は何か魔法使えるんでしょ? いいな、それじゃあばっちりだよね! ……あれ、どうかしたの?」

「ああ、いや……その、まあね?」


 俺は顔を暗くして俯く。ファリスの存在証を見せて貰った事は無いのだが、魔法を得意としていることからも恐らく、高い数値の魔力を保持していたのではないだろうかと予想できる。となると、リッテよりさらに魔力の少ない俺はそもそも光らせることが出来るのか、甚だ不安だ。


「ジロー君も魔法が使えるんだから、きっと綺麗に光らせてくれるだろうなぁ……楽しみにしてるよ!」

「ソ、ソウデスネ……」


 彼女の寄せる期待値がどんどん上がってゆき、声の調子が弾んでいる。何故か大きく上げられたハードルを越える術は俺には無いというのに。何でもいいからとにかく誤解を解かなければと口を開きかけた時はもうすでに遅い。


「お待たせいたしました……次の方、どうぞ」


 扉が開き、顔を覗かせた教会の若い神父に俺達は部屋の中に招き入れられた。

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