32.楽しいお買い物
隣の客室……リッテが借りている部屋を訪れて扉をノックするが、中々彼女は姿を現わさない。部屋番号を間違えるはずも無いし、先に行くとしても恐らく声位は掛けてくれると思うので、まだ中にいる筈なのだが……。少し不安になりながら待っていると、ゆっくりと扉が開き、銀色の頭が覗く。
「……ん~? うぅ~……、何よ……。もうちょっと……寝かせてよぉ」
彼女はペールブルーの夜着の上に白い毛糸の上掛けを羽織って、胡乱な目でぼそぼそと文句を言いながら睨んだ。髪の毛は方々に跳ねており、元々白い肌が更に色を失くしており、朝が強くないことが伺えた。
「いやまあ、眠いんだったら寝てていいけどさ。このままだと朝食を喰い損ねるかも知れないけど、いいの?」
「……ご飯か。……食べる。ちょっと待ってて」
かのじょはその言葉にびくっと反応し、急速に目の焦点が合いだした。どうやら眠気に食い気が勝ったようだ。彼女は扉を閉め、中からガサガサと慌ただしい音が聞こえて来た。
う~ん、しかし女の子を朝起こしに行くなんて初めての経験だ。やっぱり異世界には夢が詰まっているのかも知れない……その代わり、結構死にかけるけど。
彼女の身支度を待つ間、所在なく立ち尽くしているのも暇なので、俺は今のうちにとアルビスに話しかけた。人がいる所でやると会話が止まって不審に思われたりと色々面倒で仕方ないのだ。
(アルビス、朝から済まないが、またFPの換金を頼めるか?)
(……朝っぱらから金の無心ですかぁ? 全くこれだから、男って奴は……)
(な、何だよその言い方。正当な報酬だろう……いいからアイテム欄に振り込んでくれよ)
何故か不機嫌に舌打ちをするアルビス。喜怒哀楽が激しいこいつに合わせていると疲れるので、気にすまいと別の話題を振る。
(そう言えば、FPを金に換金する以外、何があるんだ?)
(ふん、そんな事を聞くのは累計で1万FP以上稼いでからにして下さいよ。私に聞かなくとも換金できるようにアイテム欄を回収しておきましたので、以後こんな事で呼び出さないで下さいね! ケッ!)
何だ、どうしたんだアルビス。こんなに怒るようなことを俺はした覚えは無いんだが……。理不尽過ぎる態度に首を傾げながらアイテム欄を呼び出すと、確かにそこにはFPショップという項目が増えている。何か、ゲームみたい……これでいいのか、神様達よ。
機嫌を損ねているアルビスが交信を打ち切ったので、俺は改めてFPショップを確認する。残高2860FP……最大換金可能額は28ルコか。結構溜まっているみたいだけどどうしようか?
FPショップという欄には、ルコの交換のボタンと、後は商品交換のボタンが幾つか並んでいる。だがアルビスが言った通りに今は未だ全てマスキングされていて見ることは出来ない。
迷った挙句、貧乏性な俺は1000FP余りを残して後は換金することにした。溜めておいて何が出て来るのかも多少興味がある。何か特別な物がもらえると良いんだけど……。
「おはよっ! や~ごめんごめん、あたし朝は駄目なんだよね……そんじゃご飯に行こ行こ~!」
思案している途中でやっと扉を開けて出て来たリッテに肩を押され、二人食堂に向かう。細い銀髪は丁寧に整えたようで綺麗に流れていたが、瞼はまだ幾分か下がり気味なので足取りは少し危なっかしかった。
食事を終えて、宿を出ると風がやや冷たい。日差しが無い所に留まっているとやや寒いと感じるようなそんな季節。リッテにそのことを聞いてみると、しばらくすると本格的な冬場に突入するらしく、飛ばされた時期に関しては幸運だったのかと思う。真夏とか真冬とか極端な時期でないだけ良かった。
必要な物の準備とはいえ買い物は心躍るもので、小規模な街とは言え、目に留まるものが沢山ある。道行く人々の格好なども見ているだけでも面白く、色遣いや着物の組み合わせなども独特なのに不思議と周りが皆そうなので気にならない。店の店頭で並んでいる品も手書きの値札が着いていたり、自身の魔法をサービスにしているのか、店主に聞かないと何の店なのかわからないものまである。
特に雑貨店で売られている色々な魔具などは面白いものなどが一杯あった。
「これは……何だ?」
「ああ、それはね。魔力を籠めるとさ、ほら!」
そのハンカチサイズの布は、いきなり人を包み込める程のサイズになる。リッテが魔力の供給を辞めるとすぐにそれは縮んでしまったが……まるで手品のようだった。他にも……。
・風刃筆……使用者が魔力を込めると、ペンの先にごく小規模の
・変身ドリンク……使用者の体を1分間、脳内に強くイメージした姿へと変化させる。あくまで想像上の姿なので細かいディテールは反映されない。50ルコ。
・ランたん……ボール型の外装をした灯火の魔具。使用者の魔力を感知して空中を飛び追跡する。衝撃に対するある程度の防御力も有している。300ルコ。
こんな風に役に立ちそうなものから、使用用途が良く分からないものまで数えきれないほど沢山の物品がある。こんな小さな街でこれ程品ぞろえが豊富なのならば、大都市まで行くと目を回してしまうかも知れない。しかし、ランたんて何なのだ……こちらの世界からの影響がどこかであったりしたのだろうか。
結局目移りしすぎて選びきれず、俺は殆どを魔具では無いもので揃えた。と言っても、簡易寝袋と安いナイフ、ランタン、布製の鞄位しか買えなかったが。リッテは色々買い漁ろうとしていたのだが、流石に旅に持ち歩けないだろうと言うことで止めさせた。俺みたいにアイテム欄に収納できるわけでは無いのだ。
「しかし、意外と良く入るんだね。その鞄どうなってんの?」
通りを進みながら、買い物を終えたリッテが俺に向けたもっともな疑問には、あらかじめ用意しておいた台詞で誤魔化す。これは実際はただの肩掛け鞄なのだが……。
「あ、あぁ……これも魔具なんだ。見た目よりもちょっと容量が大きくなってるんだよ、それだけさ」
「ふ~ん……そんな魔具売ってたっけ? あったかな……」
首を傾げる彼女の気を逸らすように、美しい反響音が耳に届いた。反射する陽光に目を細めた俺達が頭上に見たのは、尖塔の上で揺れるくすんだ黄金色の金属塊。
「あっ……あった! ほら、あれだよね……教会」
彼女がこちらの袖を引いて指差したのは、ややこじんまりとした、それでも立派な十字架を鐘楼の上に建てた、きちんとした教会だった。
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