30.(幕間)アルビスの憂鬱

 アルビスは天界にある建物の自室で、自堕落な日々を送っていた。雑然とした自室にある大写しの液晶型魔具には今、ある男の姿が映っている。そいつは女に顔を近づけられて、だらしなく顔を崩していた。


(まったく、人間って言うのは……そればっかりなんですから。まぁ、そういうことをしないと子孫を作れないから仕方が無いんでしょうけどね)


 二日酔いに痛む頭を、アルビスはテーブルの天板に乗せる。このテーブルはコターツという、とある島国から引き上げて来た魔具の一つで、オフトーンなる布と組み合わせると冬は非常に快適に過ごせるのだ。夏場はオフトーンを取り外すことで普通のテーブルとしても使用できる優れものでアルビスの密かなお気に入りである。


 アルビスはテーブルに頬を付けたまま目の前に広げた用紙を見た。


《被召喚者運用マニュアル》


被召喚者には、担当である第四階位以上の神の指導の元、世界の秩序と安定を奪還するべくFPの獲得と邪なる存在の駆逐を遂行させるものとする。


〇第一段階:召喚後1カ月以内に1000FP以上の獲得を達成。

〇第二段階:同3カ月以内に、1万FP以上の獲得を達成。

〇第三段階:同9カ月以内に、第V等級以上迷宮を封印、もしくは魔石の取得。


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尚、所定の期間内に目標を達成できない場合、当人の存在を抹消し、担当神の階位を降下させるものとする。一方、達成状況を勘案し、進捗次第では担当神の昇格も有るものとする。


《天界規則第五十九条》


・天界の住人は、被召喚者に天界内部の情報をみだりに漏らしてはならない。


・天界に住人は被召喚者に対し、物品などの供与や過度の忠告(意思決定に関わる重要な物等)、直接的な幇助行動を禁ずる。尚、これはFPを通して行われた変換については該当しない。


・天界の住人が被召喚者を担当する場合、周囲の人間にその存在を知られてはならない。もしそのようなことがあった場合、責任を持って対象者の前後1週間以上の記憶を抹消すること。


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「面倒くさぁああああい!」


 アルビスは頭を掻き毟った……この仕事、元々誰もやりたがらなかったために階位の低いアルビスにお鉢が回って来たのである。そしてもしこの仕事を失敗して彼が抹消されると、彼女の階位は下がり、神ではなく天使へと降格してしまうのだ。せっかく数百年地道にコツコツと努力して神にまで登り詰めたと言うのに。


 しかも召喚した人物が才気に溢れたものならまだ良かったのだが、あろう事か彼は今まで見たことの無い貧弱なステータスとスキルしか保持していなかった。アルビスは絶望するも完全に見捨てることも出来ず、質問された事だけには答えるようにしていたのだが、意外なことに彼は早期に第一目標を達成してのけた。今現在の彼のFPの合算値は、合計2860FP。


 魔人の打倒は彼は直接関与しなかった為含まれなかったが、初期にしては中々の数値を叩きだしている。まあ、何と言うかたまたま周りの優秀な冒険者達に助けられただけなのだが。


 まあでも、絶望視されたあのステータスでスライムをこつこつ何百匹も倒して見せるその根気は評価できる。努力を長く続ける根性は大きなことを成し遂げる大切な基盤になり得るのだ。


 そして、彼は運だけは低くなかった。運は未知のステータスだ……神々にも予想できない、奇跡に満ちた現象を引き起こす神秘のステータス、それが運。


「半ば諦めていましたけど……これからは、ほんの少しだけ期待してあげましょうかね」


 アルビスは、画面に映るジローにその柔らかい眼差しを向けたが、そこへ大写しになっていたのは金髪の少女に手を引かれてにやける顔や、泣いている少女の手を引っ張って鼻を膨らましている顔だった(少なくともアルビスにはそう見えた)。


(やっぱ無しだな、コイツ……)


 イラッと来たアルビスは舌打ちをすると、魔具の液晶画面をそのまま消した。    

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