25.ささやかな祝宴



「……ジローく~ん。お~い、そろそろ起きなってば~」

「ふがぁ……ひゃめろ、苦しい……」


 鼻をつままれた俺は息苦しさに目覚めた。それをしていたのはリッテだ。もう少しましな起こし方が有るだろうと思うが、ディジィに起こされるよりはまだ、いいか。寝ぼけながら起き上がるその姿に、エプロンをかけて料理を運んできたファリスが苦笑する。


「夕ご飯出来ましたから、一緒に食べましょう?」

「んがぁ……ふぁあ。わかった……まだ眠いけど」


 俺は瞼を擦り、意識が落ちる前に何をしていたかを思い出した。




 ――あの後、四半日ほど警戒しつつの時間を置いたが、結局追加でゴブリン達が現れる様子も無く、見張りを立てて、各自休息を取ることになったのだった。


 俺達は一旦ローヌ冒険者ギルドに帰還して、疲れた体をしばらく休めるように言われ、戻ってきた姿のままにその場で倒れるように眠り込んだ。


 何せ夜通し体を動かしていたのだ……ひどく入り乱れ戦いの後、興奮で意識はしばらく覚めていたが、事態が落ち着いてくると、体が一も二もなく休息を求め、そして今に至る。


 幸いゆっくり寝れた所為か気分は爽快だ。

 あくびをしながら立ち上がる俺の背中をリッテが押す。


「準備するまでにちょっと身体洗ってきた方が良いよ、服がゴブリンの血でぐちゃぐちゃに汚れてるもん。ほら、こっち」


 嫌そうな顔をしたリッテに連れられて、そのまま荷物ごとシャワー室へ放り込まれる。


「タオルとか置いておくから好きに使いなよ。着替えは?」

「ああ、一枚だけ……あるから大丈夫」

「それじゃ、何かあったら呼んでね。ごゆっくり!」


 彼女はひらひら手を振るとその場を出て行った。確かにこの姿で食卓に並ぶのは衛生的にNGだろう。

 服を脱いだ俺はシャワー器具を前にして首をかしげた。どうやらこれも魔具のようだ。


「どうやって水とかを供給してるんだろうな? タンクみたいなのに溜めてあるのか、どこかから引っ張ってあるのか」


 蛇口を捻るとちゃんと湯が出るが、取り付けられたメーターのような物がどんどん下がってゆく。これが無くなるともしかしたら湯が出なくなるのかも知れない。

 よく見ると、《魔力貯蔵値》との表示があった。後で色々魔具について聞いて見た方が良いのかも知れない。


 湯は傷口に沁みたが、さっぱりして人心地ついた。何しろここに来て数日ぶりの入浴だ。

 山中では川に入ったりして汗は流せたが、それとはまた気分が全然違う。まるで生き返ったような気分だ。思わず長湯になってしまった。


 俺がギルドのラウンジに戻って来ると、そこには所狭しと料理が並んでいる。思わず腹が鳴り、俺は照れ笑いを浮かべながらどこに座ったものかと見渡す。


「はっはっは、少年よ、沢山食べて大きくなるといい」

「いや、あんたが用意したわけじゃないからね? 凄い失礼だから、黙ってなさい」


 驚くことに、そこにはあの自称勇者パーティーの姿も有り、鷹揚に頷く青年を赤い髪の魔術師の少女が肘打ちした。鳩尾に入ったそれに青年は咳き込む。


「ごほっ……そこまですること無いだろう」

「ふん、貴様が日頃の行状を改めないからこうなるのだ。仮にも勇者だというならもっとまともに振る舞うようにすることだな……」

「失礼しております……話がてらご相伴に与ることになりましてな。いやはや有難い。おや……あなたは山でお会いした……」

「あ、すいません……ちょっと訳ありで」


 ジョセフはこちらに気づいたようで、こちらの瞳を見つめると、他意は無いと判断したのかにこやかに笑い、褒めてくれる。


「いや、先日はゴブリンに襲われて逃げていたあなたが、前に立って戦っておられたようで、その勇敢さには敬服いたしました。きっとこの先、その心の強さは多くの人々に救いをもたらすでしょう」

「あはは、ありがとうございます……」


 過分な評価を貰い照れていた俺をリッテが引っ張る。


「ほら、ジロー君もファリの隣に座りなよ」


 にこやかに迎えてくれた僧侶達に頭を下げ、リッテが指し示した席に俺は腰を落ち着けた。


 目の前の空の杯には金色の液体が注がれしゅわしゅわと音を立てて弾けている。これはもしかして……ビールなのか? 臭いからしてアルコールなのは間違いないだろう。


「酒だよな……俺もいいの?」

「いいんじゃナイ? こんな時位。リッテとファリスは飲み過ぎないようにね、強くないんだから」

「飲んでいいの? やった!」


 ディジィの言葉にリッテは喜色を浮かべ、ファリスと手を合わせた。ファリスはあまり好きではないようで、付き合いということで控えめに杯を満たす。


「では、僭越ながら、この俺が音頭を取らせて頂く! ぐはっ!?」


 「!?」という感嘆符疑問符が全員の頭の上に浮かぶ寸前、両隣からエルフと魔術師の鉄拳が頬にめり込み青年は崩れ落ちた。


「おほほ、御免なさい皆さん、ちょっとこいつ頭がおかしいんですよ……あはは、捨ててきま~す」


 そのままヘッドロックして彼を退場させようとする魔術師に勇者は抵抗して叫ぶ。


「な、何故? だって魔人を倒したのは俺じゃないか! ゴブリン達から村人を助けたし、この村の防衛に多大な貢献をした俺こそがこの宴を取り仕切るべきじゃないのか?」

「それを自分で言うなッ!……勇者だから勇気さえあれば良いというものでは無いんだぞ! 少しは謙虚さと自制心を合わせ持て! この自分優先主義者が!」

「まぁ、助けられたのは事実なんだし構わないワヨ。離してあげて」


 女二人に持ち上げられてどこかに廃棄される寸前の青年を救ったのはそのディジィの言葉だった。

そして自称勇者はめげずに音高く杯を振り上げて言う。


「今回、俺の華麗な活躍により、魔人は倒され、この村の平和は守られた。後々の村民は末代までこの偉業と勇者シュウジ・コウサカの名前を語り継ぐことになるだろう! 輝かしい伝説の一部を目撃者した君達にはこの先幸運が訪れるに違いないので、是非期待してくれたまえ! では、この先の俺の栄光への道行きと村民達の未来に幸あることを願って……乾杯! あれ……皆、乾杯は!? ほら、乾杯!」


 口上はともあれ、彼の働きのおかげで村が救われたの事実なのだ……。

 全員が半ば諦めて苦笑しながら、この自己中心的な音頭にやっと三度目で杯を振り上げ、宴がようやく始まったのだった。

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