26.思わぬ申し出

 ファリスが作った料理は中々絶品だった。大皿に盛られたパスタやサラダ、魚や肉の焼き物やフライが瞬く間に冒険者達の胃袋に消えて行く。


 あの小麦色の酒はやっぱりビールに違いなかった。冷えたアルコールは喉越しも良く、風呂上がりの体に染み渡る。

 会社行事で死ぬほど鍛えられた俺のアルコール分解能力は有難いことに健在で、この程度の酒など水のような物で、ついつい酒が進む。


 肝心の主役?の勇者シュウジは、どうやら酒が弱いらしくあっという間に顔を赤くして、金髪エルフに絡もうとして投げ飛ばされ、そのまま気絶して部屋の隅に転がっていた。


 魔術師メルティはファリスに何かを聞かれて丁寧に答えている。総魔力量を増やす為の効率的な修行が~とか、作用範囲の精度を上昇させるには~とか、色々魔法絡みで真面目な話をしているようだ。


 そしてジョセフという僧侶と、ディジィは今回のゴブリンの大量発生に関して色々と話し込んでいる。

 どこから持って来たのか、かなりきつそうな琥珀色の酒がグラスに注がれ、それを舐めるようにゆっくりと味わっている。


 いいなぁあれ……俺もちょっと飲みたいなぁなどと物欲しそうな視線を向けながら話に耳を傾けた。


「……推測になりますが、恐らく聖剣を持つ彼の存在を感知した魔人が自らを強化する為に迷宮から魔石を抜き取ったことが原因で多くの魔物が出現したのではないでしょうか。迷宮は自身の核である魔石を奪われると、尖兵を遣わしてそれを取り戻すといいますから。試したことは流石にありませんが……」

「なるほどネェ……。となると、迷宮はその力を使い果たし、閉じられたかも知れないのね? そうだとしたら万々歳だけれど」

「明日以降、山に入り確認して見た方がよろしいかと思われます。しかし、私もそのままの物は初めて見ましたぞ」


 彼は懐から、二つの紫色の結晶を取り出した。内部に炎のような揺らめきが時折みられるそれは怪しい魅力をそなえており、見る者の視線を惹きつける。


「ふぅん……大抵出回ってるのは魔剣として加工されたもの位だもんねぇ。私も大陸中心部にいた時に見たことはあるけど……。どうするの、それ?」

「我々も、まだまだ力が足りません。いかに聖剣を持つ勇者とて、彼はまだ未熟。彼に力添えできるよう、リィズやメルキュが使えるような武器に加工できればと思っております」


 彼は父親のような視線を隅で倒れて寝ているシュウジに送る。それを見たディジィはゆっくりとグラスを傾けた。


「妥当な所かしらね……あのパーティーの中ではアンタ一人だけ力量がずば抜けているもの。あの子達が今まで生き残って来れたのもアンタのおかげなんでしょう?」

「そんなことはありませんが……若者の尻を拭くのも年長者の役目。それを担うことができればいいとは思っております」

「ふふ、随分と大きい子供を抱えたもんネェ……心中お察しするわ」


 ディジィはジョセフの杯に酒を継ぎ足し、そのまま手酌で器を満たした。


「では、若者達のの未来に、乾杯と行きましょう」

「……ええ、乾杯」


 二人はいい笑顔を浮かべて杯を合わせ、そのまま注いだ酒をうまそうに飲み干していく。そんな様子をぼんやりと眺めていた俺の肩を叩いたのはリッテだ。


「今いい? ジロー君。ちょっと手伝ってよ。ほら……」

「あれ、お前どこにいたの?」

「向こうでエルフの人と話してたんだよ。本当綺麗でさ、ドキドキしちゃった。まあそれはいいとしてさ、あれ」


 振り向くと、彼女の隣にいるファリスがソファーで丸まっている。


「張り切り過ぎちゃったのかな……寝ちゃったよ。ちょっとだけ飲んでたしね。悪いんだけどベッドまで運んだげて」

「俺か……え、いいのか。勝手に触っても」

「変なとこ触ったらぶっ殺すけど、足位ならまあ許す。さぁ、早くそこにしゃがんで……ファリ、ほれ」

「んぅ……」


 ギッと睨むリッテに促され、戸惑いはしたが結局は言う通りにする。ソファの前に向けた俺の背にゆっくりとファリスの体がおぶさって来た。


 暖かい柔らかい感触が背に伝わって、なんだろう……すごく幸せな気分だ。くたっと肩に乗った頭から、さらりと金色の髪がほどけて流れ、俺の耳をくすぐった。


「ほれほれ、こっちだよ」


 手招きするリッテに案内されるまま、少し軋む階段を上がってゆくと、どうやら突き当りがファリスの部屋のようで中に入る。


 綺麗に整頓された可愛らしい小物が彩る、いかにも女の子の部屋という感じだ。リッテはそのまま正面にある、薄いレースのカーテンがかかった窓を広げて夜気に身を晒した。


「……昔はね、この部屋に二人で寝てたんだけど……大きくなったら流石に狭くなっちゃったからね、隣の部屋に移ったんだ」


 ファリスを起こさないよう慎重にベッドの上に下ろすと、彼女は身じろぎして背を向けた。

 リッテは窓枠に手を着いて星を眺めている。この世界の星空は、俺の貧弱な語彙では説明できない位、本当に美しい。


「小さい頃からずっと一緒に寝てたから、最初は寂しかったけど……人間ってすぐになれちゃうんもんなんだ。だから今度もきっと心配ないよね……」


 月光が彼女の横顔を神秘的に照らして、いつもとは変わった雰囲気に俺の目は自然と引き寄せられた。どういう意味か分からずに首を傾げる俺に彼女は話を振る。


「ジロー君、君はこの先どうするの? ずっとこの村にいる訳じゃないんでしょ?」

「ああ、多分だけど、世界を色々回ることになるかもな。良く分かんないけど……」


 俺はなるべく早いうちにこの村を出ようか考えていたのだ。アルビスまだ何も言って来ていないが、先々に備えて力を蓄える必要はある。


 迷宮が無くなってゴブリンの出現が途絶えると、恐らくこの辺りではろくにLVも上げられないだろうし、《存在証エクスタグ》も貰わなければいけない。どこか街に行けば教会とやらも見つかるだろうと思うし、移動は必須なのだ。


「だったらさ、あたしも連れて行ってくれない?」


 にっと口角を上げて笑いながらの突然の申し出に、俺は瞬きを繰り返した。

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