27.リッテの決意
彼女の唐突な言葉に俺はどう返すべきか迷うが、少なくとも家族二人に黙っていく訳には行かないだろう。その辺りはどう考えているのだろうか?
「なんでだ……? わざわざ平和な村を出なくても、いいんじゃないの。あんたには、その……大事な家族がさ、いるじゃないか」
「そっか……君は記憶喪失だったっけ。覚えてないの? 家族のこととかも」
「ん、ああ……まあそんなとこ」
「そっか……ちょっと外でよっか」
俺が言葉を濁すと、彼女は幸せそうに寝息を立てるファリスを置いて部屋の外に出て、少し離れた所でしゃがみこんだ。
そしてついて来た俺に周りに聞こえないように囁く。
「あたし、実は父さんの子供じゃないの……どこかで拾われたみたいなんだ」
「え……?」
つい耳を疑ってしまう言葉だ……あんなに仲良くしてる家族なのに。
疑問が頭の中を駆け巡り、俺はその場であたふたとすることしかできない。その様子にリッテは苦笑を見せた。
「ごめんごめん、急にこんなこと話されても……どうしていいか訳わかんないよね」
「……あたしって、ファリスはどうなんだ?」
「あの子はちゃんと父さんと血が繋がってる。お母さんを写真で見たけど、ファリスとそっくりだったし。でもあたしは、違うみたい」
聞いてしまった手前後には引けずに、そのまま廊下に座って彼女が続きを語るのを待つ。アイスブルーの瞳が珍しく不安げに揺れていた。
「ずっと前、五つ六つ位の頃かな……父さんの部屋に入って面白いものが無いか探してたんだ。子供って好奇心旺盛だから、そういうとこあるでしょ……?。そんでさ、引き出しの奥に一冊の手帳があって、あたしそれを興味本位で覗いた。書いてあった字は難しくて読めなかったけど、写真が一枚だけ貼られてて、そこに写ってたのは父さんとファリスよく似た顔立ちの女の人、それから二人の間に抱かれた赤ちゃん。そして……その後しばらくして日記は途中でぐちゃぐちゃに乱れて途切れてた。あたし怖くなってその手帳をすぐに閉じて部屋を出たんだ」
「……良くそんな小さい事の頃覚えてたな」
自身が小学校に上がるかどうかという位の歳の記憶なんて俺はほとんど覚えていない。
というか、時系列が整理されていなくて、記憶自体が何歳位の頃の物だったかを判別できないのだ。
「多分、よっぽど……怖かったから、印象に残ってたんじゃないかな。後になってもう一度だけそれを読んだけど、やっぱり見ていて辛かったもの。お父さんが日記を付けるの、お母さんが亡くなって、思い出を振り返るのが辛かったから止めたんだと思う。ファリを生んで、一番幸せだったときにすぐ事故で……」
リッテははっとして、沈んだ顔を引き上げた。
「……ごめんごめん、ここは本題じゃないって言うか。あたしが言いたいのはそこじゃなくて……結局、ファリが生まれてから母さんが亡くなるまでに、手帳には何の記述も無かったってことなんだ。父さん、あたしはファリスと年子だって言ってたのに、嘘ついてたの……」
「……それは、ディジィに直接聞いたのか?」
「あたしもね、勘違いだって、思い込もうとした時期もあるけど……やっぱり納得できなくて父さんに聞いた。……でも答えてくれなかったんだ」
彼女は俯いたままそう続けた。表情は見えなくとも、声の震えで彼女の動揺が計り知れた。
「あたし、ちゃんと本当のこと言って欲しくて、父さんのこと責めちゃった……。だって父さん黙るばかりで何も言わないんだもの! 結局根負けしたあたしは不貞腐れて布団被って寝ちゃってそれ以来、それについては一切触れられなくなっちゃってそのまま」
その時の事を思い出しているのか、普段快活な彼女の目は暗い。その場で頬杖を突きながら、囁き声で話す彼女の言葉を俺は黙って聞き入る。
「でも……今回、父さんに二度と会えないかも知れないって思った時、そのことが真っ先に浮かんで来て……凄い自分にがっかりしちゃった。あたし、家族のこと全然大事に思ってなかったのかなって」
「あれは仕方なかっただろ……先にファリスが混乱してて、もし二人してあっちに残ってたら、誰か死んでたかも知れないんだし……」
「判断的には正しかったかも知れない、けど娘としてどうかなって。本当に父さんの事大事だったら、ファリみたいに絶対離れなかったはずだもの。あの子を引き剥がすのを口実にして、自分のことを優先しちゃったのかなって。すごく今、不安定な気持ちなんだ。今までの自分が揺らいじゃったって言うか。だからあたし……この家から、一度出てみたいんだ。全部はっきりさせたい」
色々と心が揺れ動きやすい時期だ。俺が家族ならいざ知らず、短い付き合いなので言えることは特にないけれど、第三者の意見として彼女が覚悟しなければならないことを伝えておく。
「でも……ディジィやファリスの気持ちはどうなるんだ。二人とも、そんな素振り見せてなかったじゃないか。あんたのことを同じ家族の一人として隔てなく接してたと思うし、寂しがるぞ。ちゃんと二人を説得できるのか?」
「わかってる。あたしの気持ちの問題なんだ……でもあたし、このまま有耶無耶にしてここで生きていくことは出来ないから。ここが平和になるなら、丁度いい機会かなって思ったんだ」
どうやら彼女の中でもう答えは決まっていたようだ。色々と吐き出すことで考えを整理したかったのかも知れない。
「……自分の人生だからな。どうしても納得できないことがあったら、やってみるしかないのかもな。ディジィに……親父さんから話すのか?」
「うん……すぐにでも」
俺はある一つの可能性に思い当たる。こんな世界だ、十分にあり得る話なのだ……嫌なことは最初に済ませておいた方が良い。
「言いにくい事だけれど……生きてるかどうかも分かんないんじゃないのか? もしもの時は……」
「……あまり考えたくないけど、その時はその時だよ。自分がどう思うのかも良く分かんないし。そうだとしても、お墓に手を合わせるくらいのことは、しなくちゃね……」
知らなくて良いことを知ってしまう可能性もあるから、ディジィも言えなかったのかも知れない。
でも、彼女自身がそれを望むなら、誰にも止める権利は無いのだとそう思い、俺は彼女の背中を押した。
「そんじゃまぁ、自分で決めたんだし、精一杯頑張れ」
「うん……何かすっきりした。君のおかげで落ち着いて話せそう。ありがとう」
彼女の手を握って引き起こすと、彼女は少し表情を明るくして笑った。
それからすぐに彼女は階下に降りて行くと、ディジィに話しかけていた。真剣に話す二人の横顔は、やっぱり俺から見ても互いをちゃんと尊重しているように見える。
多分、リッテ自身にしか分からないようなわだかまりがあるのだろう。
きっと彼らは彼らなりの答えを出すのだろう。親子の会話を俺はそれ以上聞くことはせずに部屋の隅で蹲る。
すぐに心地よい眠りが訪れ、俺の意識は闇に飲まれて行った。
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