23.死んでたまるか

 夜中なのでそう遠くなのは見渡せないが、前方から砂を蹴る音と同時に迫って来るのは間違いなくゴブリン達。

 舌打ちをしながらリッテは背負った白いブーメランを投擲した。この暗闇の中で見えているのか……叫び声と同時に何かを潰す音がしてそれは戻って来た。


「まずは一匹……近づかせる前に、どんどんやっちゃおう!」

「危なっ……奴ら、石とか投げて来てやがるっ」


 小石が肩に当たり、俺は痛みに顔をしかめる。こっちは村の明かりに照らされているのだ……居所が割れている分、打ち合いになると不利だ。


「《火球》! ……駄目、多分当たってない」


 柵から顔を覗かせながらファリスが魔法を放つが、どうやら不発だったようで、それよりやや後方にゴブリンの姿が一瞬覗く。

 せめて何か、視界を確保出来るようなものがせめてあれば……。


『グァギャッ!』

「いっ!?」


 そんな事を考えている内にどこから現れたのかゴブリンが柵の外から顔を覗かせてぎょっとする。

 俺は声を上擦らせ、反射的にどてっぱらに槍を突き込む。ぶちぶちと何かを引きちぎるような嫌な感触。


 それだけでは止めは刺せず、腰を落としたそいつはダガーを手に握りこちら側に刺しこもうとしたのだが、されどその手は弱々しく垂れ下がる。

 頭上からリッテが武器で頭を粉砕したのだ。


『ゴヒッ! ァグッ……』

「止めを刺すまで気を抜いちゃだめだって!」

「わ、わりぃ……てか、暗すぎる。ファリス、向こう側を照らせるような魔法とか無いか?」

「や、やってみます……!」


 彼女は息を整え、集中する。その金色の髪がふわっと持ち上げられ、体から魔力の紅い光が漏れる。


「……走れ、《炎壁》!」


 彼女の声と共にに道の半ばに赤橙色の長い壁が吹き上がり、周囲の様子が明らかになる。

 それはゴブリンを何体か巻き込んだようで、小さな影が何体か地面に転がるのが見えた。だが、それを引いても十や二十の数えられるような数じゃない……!


 意思が折れそうになった俺の隣からまたも白い投擲具が飛び出し、今度は二体屠って手元に戻った。


「ジロー君は近寄って来たのをどうにか潰して! ファリスは……」

「ごめんなさい、これを維持している間は私は攻撃に参加できません!」

「わかったよ……あたしが削ってく!」


 続々と村の中央には不安そうな表情の人々がどんどん集まって来ている。

 避難するならあのゴブリン達の流れをどうにか絶たないとならないが、後何匹倒せばいいんだ!? 

 柵に狙いの定まらない投石や矢が突き刺さって音を立て、下手に近寄ればこちらが格好の的になりそうだ。


『ギヒャハハハ!』


 そんな中、今度は二体のゴブリンが、鍋蓋のような木の盾を持ってぶつかるように駆け寄って来た。


 リッテのブーメランが飛ぶが、今度は動きをみられていたのか空を切った。跳びかかり様に鉈を振り回すゴブリン達。

 俺は必死に後ろに下がりつつ槍の切っ先を突き込むが、手元が狂い、盾にカツカツと当たるだけだ。


「クソッ、こいつ……くそおっ!?」


 息が荒く、汗で手が滑りそうだ……布か何か撒いておけばよかったと今になって思う。


 ゴブリンが盾に縮めた身を隠して突進して来たのを何とか躱すが、すれ違い側に鉈が浅く腕を切り裂いて行った。

 ……痛い、怖い。しかもこいつだけじゃない。後ろにもまだまだいるんだ。


 いくつかの風切り音が鳴り、後続のゴブリンが射られて崩れるのが見えた。村人が矢を放ってくれたらしい。


 ほっとしている暇はない。さっきの鉈ゴブリンがまたこっちを狙って駆けて来る。その顔は笑っていて、妙に癇に障った。ふざけやがって……。体の大きさは子供くらいしか無いんだろっ!


 俺は覚悟を決めて鉈ゴブが掲げた盾に向かって突進した。

 肩をぶつけると、それなりの衝撃が体を襲う。背中を切られたが、吹っ飛んだのは相手の方だ。叫び声をあげて体を投げ出すゴブリンの上に俺は馬乗りになって顔の中心に槍を差し込んだ。


 槍は口内を突き抜けゴブリンは絶命する。血がぐるぐると頭を駆け巡り、体が熱い。

 熱い息を吐きながら俺はゴブリンの盾や鉈を奪う。数え切れないほど来ている、柵の内側に踏み入り始めたゴブリンに、初めて俺は自分から足を向けた。殺す為に。


「何でもいい……生き残らないといけないんだ。《攻性付加》、《防力付加》、《速力付加》……死んで、たまるか!」


 俺は自身にありったけの支援魔法を掛けて目の前に群がるゴブリン共に突っ込んで行った。

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