22.滑稽な戦い
面食らったディジィと魔人はその動きを止め青年を凝視した。
場に冷たい風が流れ、気勢を削がれたディジィは白けた口調で青年に物申す。
「アンタ……目ん玉溶けてんじゃないの? 後ろ見てごらんなさいよ。そんで死にたくなかったらさっさと消えなさいよ……」
「フッ……その手は食わない、振り向いた所を襲い掛かるつもりなんだろう? 正々堂々と勝負しろ!」
話を聞かない青年が背から美しい光を放つ大剣を抜き出すと、魔人の輪郭が浮かび上がり青年は目を細めた。そして慌てて切っ先をそちらに向け直す。
「ぬ!? ……何だお前は! そうか、こいつも魔人か! 二人もいたとは……聖剣の光におびき寄せられたとでもいうのか!?」
「いい加減にしなさいよ、どういう頭してんのよアンタ! どう見たってあっちの黒いのが魔人でしょうが」
「む……? そうなのか!? いや、暗闇に紛れて怪しいおっさんが斧を振り回していたからな、てっきりそっちかと。済まない……」
勇者だと自称した青年は律儀に二人に向かって頭を下げた。呆気にとられてそれを見ていた魔人がやっと口を開き、哄笑した。
『こいつが勇者だと……クフ、クハハハ! その聖剣はとんだ阿呆を選んだようだな!』
「それには概ね同意するわ……もうちょっと人選があったでしょうに」
「何だとぉ……少し見えづらくて勘違いしただけじゃないか! 甲虫みたいな頭しやがって! 」
『貴様ァ……我を虫扱いするとは命が要らんらしいな』
誇りを傷つけられた魔人は、縦に割れた瞳孔を持つ紫の瞳に怒りをたぎらせ、手の平に魔力を集中させる。
だが何らかの魔法がそこから放たれようとした時、突如その手に遠方から飛来した銀色の矢が突き刺さり、集めた魔力が小爆発を起こす。
『グッ……どこから……!』
「ふっふっふ、俺には頼りになる仲間がいるからな! 愛してるぜ、リィズ……うおっ! 何故俺に攻撃する!?」
どこかに投げキッスをした青年の頬を矢が掠め、血が一筋流れた。明確な拒否の表示に青年は項垂れた。
魔人は苛立ちを隠さずに手の甲を貫いた矢をへし折る。
もし怒りで相手の思考を乱そうと狙ってやっているのだとしたら大したものだが、恐らくは天然だろう。
『ふん、《聖性付与》を込めたか……だが、こんなもの全身の魔力を高めてしまえば……!』
今度は全身から魔力を吹き上がらせ、魔人は近接攻撃を放つ為に前に出ようとするが、その魔人の足取りは突然不安定になり、よろめいて足を止める。
魔法が不得手なディジィには見えなかったが、何らかの攻撃が魔人の頭部に直撃したらしい。
『何だ、これは……貴様、一体何をした!』
「言っただろ、俺には頼りになる仲間がいるって! 愛してるぜ、メルキュ……うっ、気分が……おええっ。何故皆俺に間違えて攻撃をしてくるんだ……」
気障な仕草で二本指を立てた後、青年は何か……恐らく不可視の魔法の類を頭に喰らい、戦闘中にも関わらず地面に四肢をついて吐瀉物を吐き散らす。
哀れだ……不憫な扱いを受ける青年に同情すべきか、それとも青年に振り回される仲間達を憐れむべきか迷う。
その間回復に努めた魔人は立ち上がると、もう問答は無用と悟ったのかそのまま殴りかかろうとした……その時だった。
――四方から地を切り裂いて現れた白い光のラインが魔人を中心に閉じ込めると、周囲に円陣を描き出し、半円型の結界に閉じ込めて激しく発光する。
その中で魔人は膝を着き、ひれ伏すように体を前に倒した。どうやら指の一つすら動かせないようだ。
『これは……神聖魔法の結界か! オオッ……』
身悶えて苦しむ黒い魔人の後方から、ゆっくりと一人が僧侶が汗に濡れた白髪をかき上げながら歩いて来る。
「ふぅ、何とか間に合いましたか……。年寄りを余り働かせるものではありませんぞ」
「ジョセフ……良くやってくれた! 流石俺の……師匠!」
いい誉め言葉が見つからなかったのか少し沈黙した後、青年は彼にウインクを飛ばした。僧侶はやれやれと首を左右に振り、青年に止めを促す。
「さあ、今の内ですぞ。魔人相手に長くは持ちませぬ……せめて一太刀で苦しませぬよう送ってやりなされ」
「ああ……わかっている。何か言い残すことはあるか?」
先程とは変わって急に神妙になった青年に、魔人は憤怒の表情で最後の言葉を放った。
「ウ、クク……所詮人間だと見くびり過ぎたか……神の落とし子よ! だがな……現存する最後の聖剣はその一つのみ。貴様の元に魔人が大挙してやってくる日も遠くは無かろう……せいぜい怯えて待つのだな。さあ、殺すがいい……闇神グヌムよ、どうか世界を災厄の業火に包み、地平の果てまでを焼尽した黒土で埋め尽くしたまえ……ファハ、ハハッハハハ!」
それを聞き届けた後、聖光を宿した剣が結界を抜け、高笑いを放つ禍々しい魔人の首を音も無く切り落とした。
白き砂へと還った魔人の体の中心には紫に輝く二つの宝石が転がっている。
「これは……?」
「魔石ですかな……。二つあるということは……もしかすれば」
そこまで言って、ジョセフは言葉を濁す。
「いや、今はとにかく、北口にも恐らくゴブリン共が押し寄せているでしょうから、援護に向かいましょう……失礼、手当てを」
彼はディジィの体に手を当て、神聖魔法である《大治癒》を唱える。金色の光が体を包み込むと瞬く間に傷が癒され、ディジィは礼を言った。
「ええと、ジョセフさんでいいのかしら? それにアナタも……ありがとう。アナタ達がいなかったら今頃私は冷たい骸になって転がっていたでしょうから。本当に、感謝するワ……」
「なんの……我々がここにいたのもまた神のお導きによるもの。そうですな、シュウジ殿?」
「ジョセフの言う通り、そうこれは……運命。導かれし者達の競演なのさ」
「……また始まってしまいましたな。とにかく、北側に向かいましょう……シュウジ殿、こちら側は頼みましたぞ」
「嫌だ! 俺も行く!」
「何故です!? 戦力的にある程度の分散は必須でしょう!? 私は傷を負った方の治療をせねばなりませんから変わることは出来ませんぞ?」
「見張り位リィズとメルキュがどうにかしてくれるだろ! ぐおっ……」
遠慮なしのグーパンを両側から顔面に浴びせられ、シュウジは蹴り出される。
「どうでもいいから早く連れていけ。ゴブリン程度ならどうとでもなる。どうせ南側の村民は避難の為北側に集まっているんだ。もし何かあれば狼煙でも上げてとっとと逃げるさ」
「……わかりました。時間も惜しいですし参りましょう」
「感謝するぜ、二人とも!」
ジョセフの渋い顔をものともせず、シュウジは満足げに前髪をバサッとかき上げて二本指を気障に持ち上げた。……そんな彼を今だけは憎めず、ディジィは深く頭を下げると娘たちと合流すべく、彼らと共にその場を後にした。
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