21.黒き魔人

 静寂をそのままに、闇の奥をからが現れるのをディジィは黙って見ていた。


 一体の男の魔人だ。距離が近づくにつれ、ゆっくりその姿が露わになってゆく。

 漆黒の体、頭部に生えた黒水晶のような一本の角、そして背中には一対の黒き翼が生えていた。


『何だ、お前ひとりか? ……そこそこ使えるようだが。勇者では無いな』

「何を言ってるの? ……こんな辺境にそんなもの、いる訳無いじゃナイ。人探しが済んだなら、とっとと北の方にあるお家にでも帰ったらどうカシラ?」

『馬鹿を言え……俺達魔人の探知力を舐めるな。甦りし神授の聖剣の一振りは間違いなくこの場所にある。この肌を炙られるような違和感……到底人では生み出せぬ神聖力が漏れ出ているのだ』


 そんな物は知らないが、ディジィはそれを持つのがあの冒険者一行の誰かなのだと直感して舌打ちする。

 こんな寒村に何というものを持ち込んでくれるのだ。もっと大陸の中心地、力のある冒険者達のいるところで活動していればいいものを……。


 恐らくそれほど力のある魔人ではないが、それでもディジィ一人の手には余る。この動かない足でどれだけの時間が稼げるか……。


『ここにおらぬなら、炙りだすまでよ……。元より目に付いた人間を放っておくつもりは無い。村を蹂躙し、人々の悲鳴をもって呼び出すとしようか』

「させないわよ……アタシだって数年前まで、前線にいたのよ。あんた程度の魔人、倒すことは出来ないまでも、村人の逃げる時間位は稼いで見せるわ」

『ならば、貴様の断末魔を第一の呼び鈴としようか……その図体ならばさぞ大きい叫びが出せようからなッ!』


 魔人は喜色を浮かべてディジィに突進した。

 侮っているのか、自慢の翼は使わず一直線に走って来る。魔力を纏わせた魔人の腕が迫りくる中、ディジィは《咆哮》を放った。


 《盾術》スキルで習得できるこの戦技咆哮は、精神を高揚させて自身の攻撃力を高め、意思を挫いた相手の攻撃力を減退させる。


 振り下ろした魔人の手刀が軽鉄のバックラーを叩き、ディジィは衝撃に腕を痺れさせつつも何とか受け止めた。

 せめぎあいから一旦間合いを離し、様子を伺うが、魔人はまだまだ余裕が有るという風に、首や肩を鳴らしている。


『しばしお前の流儀に付き合ってやろうか、ハハハ』

「ありがたいわねェ……油断してその首叩き飛ばされないよう注意しなさいよォ!」


 完全に遊んでいる魔人にディジィは戦斧を唸らせ猛然と打ちかかる。


 頭部への打ち下ろし、脇下からの心臓狙い、握り先端部での突き込みからの斬り落とし、そのまま勢いを利用して一直線の胴薙ぎ。

 連続攻撃に対応が遅れ、空いた腹部にそれはまともに吸い込まれる。戦斧が肉に喰い込む感触を想像したディジィは更に畳みかけるべく踏み込もうとする……だが。


 硬質の金属にでも当たったような感触がしてそれは跳ね返された。

 相手の腹部には浅い切り傷が一本入っただけだ。強い魔力による防御を貫けず、渾身の一撃もわずかに腹部抉っただけに終わる。


(……やはり、この武器では)

『カハハ、やるではないか、人間如きが。そら、こちらからもいくぞ』


 肩を捻って放たれた槍の様な突きが頬を掠め、慌てて顔をのけぞらせたディジィに魔人は両腕で苛烈な攻撃を仕掛けて来る。


 ディジィは後ろに下がりながらそれを何とか防ぐが、受け止めた金属盾に裂傷が刻み込まれ、切り裂かれた体の各所から鮮血が飛び散った。


「グッ……い、ったいわねェ! 《重斬閃》!」


 ディジィはたまらず倒れ込むようして距離を開け、大振りに斧を振った。そこから放たれた斬撃が宙を飛び、魔人の体に袈裟懸けに叩き込まれる。


 放たれた戦技は油断していた魔人の体を斜めに切り裂き、足元に黒い血が飛び散るが、残念ながらそれも動きを止めるには至らない。


『貴様ァ……今のは危なかったぞ、クク。侮れんな……追い込まれた人間というものは』

「あんたら魔人に褒められてもいまいち嬉しくないけどネ……」


 大きく汗を流しながら、ディジィは息を弾ませる。

 止血のできない状態では体力は削られる一方だ。長期戦になればなるほど不利になるのに、出来る限り村民の逃げる時間を稼がなければならない。


 体が燃えるように熱い中、心の内だけが忍び寄る死の気配に冷たく震えていた。


 だが、彼の後ろには多くの村民と、そして何よりも大切な二人の娘がいる。

 何に替えようと魔人をここより先に進ませるわけには行かない。デイジィは覚悟を決め、目の前の魔人に集中する。


(朝までだって付き合ってやるわよ……アタシが死ぬまでね。決してここより後ろには進ませない!)


 その鬼気迫る様子に、魔人も気圧されたのか慎重に間合いを伺う。にじり寄る様に緩慢に二人の間合いが詰められていく中、突然切り裂くように一つの声が響いた。


「その勝負、待ぁぁぁったぁぁぁぁぁ! とぅっ!」


 それは、場の雰囲気を全てぶち壊しにする異物だった。

 白銀の鎧を着た戦士が突如リズムよく連続バク転を披露をしながら二人の間に華麗に降り立ち、天高く指を振り上げ……そして。


「この小さな村の平和を乱す魔人とは……貴様だな!」


 確信をもって力強く宣言し、その人差し指を向けた……ディジィに向かって。

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