18.こちら側とあちら側

 南側の出入り口では、柵から外を除くようにして槍にしがみ付いた衛兵が二人、震えながら立っていた。

 彼らはディジィの姿を見るとあからさまにほっとした顔をする。


「デ、ディジィさん……こっちはとりあえず、異常はねえよ」

「良かったわ。ま、ゴブリン位なら何匹来ようとアタシがぶちのめしてあげるから、心配には及ばないワヨ」

「あ、ありがてえ……」


 道の奥は見通せない程暗く、今にも何かが飛び出してきそうだ。

 葉擦れの音がするたびに彼らは体を強張らせている。無理も無い……俺も逃げ出せるのならそうしたいと思う。


「それじゃ、アタシはファリスと見張りしてるから。ジローちゃんはリッテとそこら辺で休んでなさいナ」

「え、いいのか?」

「目がいいリッテとアタシで別れた方がいいだろうからね。何かあったら呼ぶから適当にゆっくりしてなさい」

「おっけー! そんじゃジロー君、その辺に座ってお喋りでもしてようよ」


 まあ随分と軽いノリだ……。


 リッテは俺を引っ張り、近くの衛兵の詰め所まで下がると、腰を下ろして壁に寄りかかった。

 立て掛けられた白いブーメランが乾いた音を立て、彼女が隣の地面をぽんぽんと叩く。


「ほら、休んどかないと、いざという時裏目に出るよ~。大丈夫だって……父さんが守ってるんだから、万が一もある訳ないない!」


 仕方なく俺もそれにならって座り込み、気を紛らわす為の雑談を始めた。


「随分信用してるんだな。ちなみに親父さんはLV幾つなんだ?」

「確か54位だったと思うけど……」

「54!? 滅茶苦茶強いんじゃないか……」


 道理で大量のゴブリン共を相手にして汗一つ掻いていなかったわけだ。比べるのもおこがましいが、俺の約十倍。彼女達が信頼を置くのもわかる気がする。


「ゴブリン位なら百体位かかって来ても、どってことないよ。……そう言えば結局見せてあげてなかったね、ほい」


 彼女がそう言って渡して来たのは先程話題に出た《存在証エクスタグ》というものだ。

 見た目蓋つきのペンダントのようなそれは、まだ彼女の体温を残していてほんのり暖かい。変に意識してしまいそうで、慌ててどうすればいいのか聞いた。


「これ、どうしたらいいんだっけ? 開けたらいいの?」

「そりゃそうだよ。そんなことも忘れちゃったの?」

「忘れたものは仕方ないだろ……うわっ」


 円形の金属蓋に指をかけ開くと、内側の金属板に描かれていた魔法陣から光が漏れ出し、空中に立体映像ホログラムのような光で出来た一枚の板が浮かぶ。

 そこには輝く銀色の文字で色々な事項が記載されていた。


【リッテ・マリアクラム】 LV:11 


・HP (体力)     : 40

・MP (魔力)     : 16

・ATK(攻撃力)    : 26+18

・DEF(防御力)    : 21+15

・INT(知力)     : 22

・MND(精神力)    : 25

・DEX(器用さ)    ; 37

・SPD(素早さ)    : 45+5

・LUC(運)      : 35


【スキル】

投擲術(LV5)

敏捷補正(LV5)


 他にもいくつか項目があった、特に重要そうでは無い為。取り合えず読み飛ばす。  

 それにしても、バランスよく各ステータスが上昇しているのが羨ましい。HP、MP、運以外が毎LV1しか上がっていない俺とは雲泥の差だ……。


 普通こういうのって、逆じゃない? 異世界から来た奴の方が弱いってどうなのよ……。


 そんな俺の内心も露知らず、リッテが笑顔で感想を聞いた。


「どう、あたしのステータス」

「どうと言われても……正直良く分からんのだが。周りと比べてこれって高い方なの?」

「あはは、どうなんだろうねぇ? あたしもあんまり周りと比べたこと無いんだけど……え~とさ、大体普通の人って一レベルに付き各ステータスが1から5位上昇するらしいんだ。だから多分、ちょっと素早さが高い以外は普通なんだろうね」

「へぇ……ファリスもそんな感じなのか?」

「あの子は……ちょっと特殊なんだ。ま、機会があったら見せて貰うといいよ。それよりさ……君は外の所から来たんでしょ、何か覚えてることとか無いの?」


 こういう質問が来ると困る……もう少しこの世界について詳しくなれたら、適当なバックストーリーをでっち上げておいた方が良いのかも知れない。

 何しろ一般人がどんな生活を送っているのかも定かでは無いのだ。今は前の世界の事をベースにぼかしながら話す事にしよう。


「そう言われても困るけど……ここよりは何か、平和な感じだったな」

「うっそだぁ! この辺りの辺境より平和なとこなんて滅多に無いのに……」

「なんて言うか、魔物とか全然いないんだ。魔法も無かったし……」

「またまた~そんなの、どうやって暮らしてたのさ。今や飲み水を得るのや、料理だって魔法に頼ってる位なんだよ?」


 彼女は俺の言葉を理解できないとでも言うように、その瞳をぱちぱちと開閉して見せる。こりゃ、何を言っても信じて貰えそうに無いな……。


「本当なんだって。何と言うか、俺の住んでたところでは色んな道具が発達してたんだ。重さとか、風や水の流れとか、他にも世の中には色々力があるだろ。それをうまく解析して、自分達が扱えるように工夫した道具を作ってた……って、何だよその目」


 リッテは何とも言えない表情で固まっている。どうやら真偽を計りかねているようだが、どうやら誤魔化されたと判断したらしい。

 可愛らしく唇を尖らせてこちらを睨む。


「むむ……何か頭良さそうなこと言って騙そうとしてるんじゃないのぉ? 嘘でしょ絶対」

「いや、嘘じゃない、はずだ……でも大変だったんだぞ。そこではな、命の危険が少ない代わりに朝から夜遅くまでずっと働かされるんだ。時には睡眠時間を削って寝ないで何日も働くこともある。それで体を壊して死ぬ人や、辛くて自分から死を選ぶ人だっていたんだぞぅ」

「何それ怖い……。奴隷だってもっとましな生活をしてるでしょうに。よっぽど悪い王様にでも治められてたの?」


 どうやら要らないことまで話過ぎてしまったようだ。引いた様子の彼女だったが、ふと、考え込んだ表情で、「でも……」と前置きして言う。


「こっちだってさ……病気や飢えで苦しんでたり、戦争や魔物に襲われて死ぬ人、家族を亡くす人も一杯いるからね。一体どっちの方が幸せなんだろうね」


 彼女は空を見上げる。アイスブルーの瞳は篝火に照らされて、綺麗に輝いている。どんな風な思いでその言葉が紡がれたのか、俺にはその心中を推し量ることは出来なかった。

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