12.リッテとファリス

 

 涼やかな風が気持ちよく体を撫でる。のどかだ……あのゴブリンたちとの対決が嘘のよう。


 さんさんと照り付ける太陽の元、俺は今農作物の収穫に勤しんでいた。

 地面から生えているモニ芋という野菜の蔓を引っ張り、実を掘り出して籠に入れ、たまったら所定の場所に移すことを繰り返す。


 単純作業は素晴らしい……仕事が終われば心地よい疲労感と共に誰でも簡単に達成感を満喫できるのだ。


「お疲れ様でした……午前中の作業は終了ですので、私……依頼主さんに挨拶して来ますね」


 そう言ってファリス長い金髪を揺らし、駆けて行った。残された俺はその場にしゃがみこんで息をついた。長年デスクワークだったせいか、結構足腰に来ている。


「なぁんだ、もう疲れちゃったの?」


 隣で笑うのは悪戯っぽく茶化すリッテという少女。ひざ丈のキュロットから覗いた白い足が眩しい。


「運動不足だったんだよ……あんたはまだまだ元気そうだな?」

「まぁね。慣れてるもん……この位一日中やってたってぴんぴんしてるよ」


 彼女は親指をぐっと突き出して笑った。こちらまで元気が出てくるようないい笑顔だ。そんな彼女は不思議そうにこちらを見やる。


「そういえばジロー君はどこから来たの? あんまりこの辺りって若い人は来たりしないんだよね。面白いものがある訳でもないし……まぁ平和でいいんだけどさ」

「俺? 俺は――。あれだ……まあ遠いところから来たのさ、多分」

「多分って何よ。そんなん覚えてないわけないじゃんか」


 俺はどう誤魔化そうかと口ごもる。衛兵のおっさんには適当なことを言ったが、しばらく一緒に行動するとなると、あまり変なことは言わない方が良いだろうなぁ……。


ここは、あれだ。


「じ、実は最近までの記憶が無いんだ、あはは……。や、山で倒れてて、何も覚えてない」

「うっそでしょ!? そんなことあるかなぁ……」

「……あれ、二人ともどうしたんですか?」


 疑いの目を向けるリッテに戻って来たファリスは小首を傾げている。


「や~、ジロー君がさ、山で倒れてて生まれたとことか何も覚えてないって言うんだよ。それにしちゃ仕事の手際も悪くなかったし……そんな都合よく忘れるなんて変じゃないかって話してたとこ」

「ほ、本当なんだって! 別に嘘ついても得なことなんて無いだろ」

「そうよリッテ……あんまり人を悪い様に見てはいけないと思うの。こうして手伝ってくれてるんだし……」

「別に本気疑ってる訳じゃないよ! ただ、ちょっと気になっただけだし。気に触ったら謝るけどさ……」


 ファリスが少しだけ眉をしかめたのでリッテは慌てて弁解する様に言った。どうやら彼女はファリスに頭が上がらないのか、しょげている。


 本当はリッテの疑問はもっともなので、少しいたたまれない感じがして、俺はそれとなくフォローしておく。


「いや、全然。おかしいと思われても仕方が無いのは承知してるから……まぁ二人や親父さんに迷惑はかけないから安心しろよ」

「うん……わかったよ。君みたいなへなちょこな子が僕達を襲おうったって無理だと思うしね。あたし達だってこれで一応D級の冒険者資格は得てるんだから」


 冒険者資格とはなんぞ……? 知らないことは聞いておくに限る。記憶喪失という設定に納得したのか、彼女は道行みちゆきがてら懇切丁寧に説明してくれた。


「ええと、現在冒険者資格は階級制で、低きはF級から、最上位のL級まで別れてるんだよ。B級までは各以来毎に集められる昇級点が一定値に貯まったら昇格。A級より上はそれに加えて昇級審査を突破しないといけないんだ」


 その言葉を継ぐようにファリスが言う。


「各種の依頼も、各ギルドのマスターが決めた基準に到達していないと受けることができないんです。別に同行することは出来ますが、依頼による報奨などは一切受け取ることができません。このローヌの村の冒険者ギルドのマスターはうちのお父さんですけど、実は、ギルドマスターになるにはA級冒険者以上で活動実績をちゃんと上げていないとなれないんですよ! ああ見えて凄い人なんですから!」


 彼女は両手を握って目を輝かせた。彼女は父親の事を随分尊敬しているようだ。

 あの親父がかぁ……と言うかこの世界の冒険者ってどの程度の地位があるのか俺にはよくわかっていない為、凄さがいまいち伝わってこないのが悲しい……。


「こんな子供でも知ってるようなことも忘れてる一方で、一般行動みたいなのは覚えてるんだ……なんだかお伽話の勇者様みたいだよね」

「勇者……そんなのがいるのか?」


 内心ぎくりとしながらも、俺はきょとんとしたような芝居をした。

 長年社畜として培ったスルースキルや腹芸がここで役に立つのか……人生何がどこで必要になるか分からんな。


「単なるお話だよぉ。例えば、ある時光の柱が山に立ち昇り、そこに降り立った女神様と遠い異国から召喚された勇者様が、蔓延る魔物や魔人達を倒して、魔王を封印し、世界を平和に導いたのでした……なんて。勇者様も最初は記憶喪失だったんだってさ。他にも、一国を建国した聖者の話とか、色々そういう話はあるよ」


 微妙に符合する点があるな……先代やもっと前の召喚者でそうやって活躍した者がいたのかも知れない。俺は心の中でアルビスに問いかける。


(アルビス……先代の異世界人とかが色々やらかしてたりしないだろうな!?)

(あ~、あるあるですよね。徳を集める為に召喚で得た能力を利用して新興宗教作っちゃったり、異世界人だというのを隠す為に、自分は勇者だ聖人だってのたまってた人とか、あるいは周りに担ぎ上げられちゃったり……まあ、バレなきゃオッケーって事ですよ。逆にバレちゃったら……わかりますよね?)

(……聞かなかった方が良かったかも知れん)


「お~い、急にどうしたの?」


 色々面倒臭いことになりそうだと思っていた俺の目の前にいつの間にか、リッテの顔があった。瞬く青い瞳と長いまつ毛。近すぎる距離に心臓が跳ね、俺は思わず体ごと後ろに引こうとしたが、それがいけなかった。


「きゃっ」


 後ろでか細い悲鳴がして、むにゅっ、と腕が暖かく柔らかいものに沈み込む感触。振り向くとファリスが両肩を掴んで胸の前で交差させて、赤い顔を恥ずかしそうに背けている。それを揶揄する様に、リッテが指を差す。


「あ~、ジロー君いけないんだ。こんないたいけな美少女の胸を触るなんて……犯罪だよ」

「ふ、ふざけんなよ……あんたがいきなり顔を寄せるからびっくりして、わ、わざとじゃない……」


 ファリスがちらりと非難の視線をこちらに向ける。心なしか、目が潤み始めた。


「……ぅぅ」

「うわ……また泣かせたよ、この人。あぁファリ、可哀想に……ジロー君は父さんにちゃんと叱って貰うからね」


 リッテはファリスの頭を撫でながら、恐ろしいことを呟く。万力の様な手で頭を握り潰される自分を想像して、俺は叫ぶように言った。


「す、すまん! 故意じゃないんだ。この通りだから……許して」


 頭を深く下げて謝るが、それでも彼女達の機嫌は収まりそうにない。なら、もうできることは一つしかない。


「すま~ん!」


 俺はカエルのように素早く地面に屈みこんだ。いわゆる土下座だ。しばしその体制で頭を下げていると、頭上からくすくすと笑い声が上がって来る。


「な、なにその格好! あはは、そんな風にして謝る人、初めて見たよ!」

「……も、もういいです、ふふ。大丈夫ですから立って。そこまで屈みこまなくたっていいのに」


 ファリスはこちらの手を取って起こすと、笑いながら俺の膝に着いた砂を払ってくれる。その彼女達の表情を見て確信した。


 冗談だったのだ……。力の抜けた俺は、その場にしゃがみこむ。


「……やめてくれよぉ、本気で見放されたかと思って心配したぞ」

「ごめんなさい、反応が楽しくてついついリッテの言葉に乗ってしまいました」


 そう言ってファリスは朗らかに微笑む。ほわほわしてそうで意外と油断ならないのな……女の子っていうのは良くわからん。


「ま、面白かったからファリの胸を触ったのは内緒にしたげる。今後ともよろしくね、ジロー君」


 リッテはそう言うとにこやかに俺の肩を叩く。その一癖ありそうな笑みに、なんとなく俺は今後も彼女達に振り回されそうな気がするのだった。

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