13.存在証とゴブリンの群れ

 昼食を取ろうと冒険者ギルドに戻った俺達三人。扉を開けると……そこには上半身裸になったディジィ氏の姿が有った。


「いやん……開ける時はノックしてヨネ」


 ボディビルダー顔負けの肉体美を見せつけるようにダブルバイセップスからのモストマスキュラー・ポーズを決めた彼の姿から俺は目を背けて指を差す。


「……あれがギルドマスターでいいの?」

「うぅ、い、いつもは……いつもはもうちょっとちゃんとしてて。お父さぁん! 着替えは奥でして下さいってあれ程言ったでしょ!」

「御免ねェ、ちょっと急いでたから……実は山の方でゴブリンの隊列を見かけた猟師がいて通報してくれたのヨ」


 ディジィ氏は深刻そうに黒い眉を寄せる。

 そう言えば、彼の髪は黒いのに何でファリスは金髪、リッテは銀髪なんだろう……まあ、単純にこの世界の遺伝形式が元の世界とは違うだけなのかも知れないけれど。


 彼は肌着の上に鉄か銀か良く分からない金属の胸甲を取り付け、留め金を掛けて固定。そして立て掛けていた巨大な大斧を背負うと、準備運動のように体を捻る。


「三人とも、少し手伝ってくれるかしら。数が多そうなのよ。見た所二十以上は居たみたいだから」


 俺はその発言に驚き、つい口を出してしまった。


「え? ……ちょ、ちょっと待てよ! 俺はいいとして、こんな女の子達にやらせるのかよ! まずいだろそれは……なんていうかさ、か、可哀想だろ?」


 彼の言葉に驚いたのは俺だけで、他の皆はおかしそうな目で俺を見るだけだ。


「ジロー君、言ったでしょ? 私達だって冒険者なんだよ、ゴブリン位何十回だって殺してきてるんだ。女だからってそういう風に言われるの、気に入らないよ」

「で、でもさ……ファリスは、ファリスはどうなんだ? 嫌じゃ無いのか? 怖いだろ、あんなの」

「確かにそういう気持ちが無いわけでは有りませんけど、仕方ないんです。彼らは放っておけば村を荒らして人や家畜の命を奪います。戦える人がやらなければならないんです」

「だ、だとしても……」


 納得できない俺の言葉を遮るようにディジィ氏の手が一つ打ち鳴らされる。


「はいは~い、そこまで。今は緊急事態なんだから論争している暇はないのよ。ジロー君、怖いならあなたは来なくていいけど、どうする?」

「……行くよ。二人が行くんなら怖いけど行くさ……」


 たった数日前に二匹のゴブリンに殺されかけた身としては、二十体以上のゴブリンなど恐ろしくて仕方が無かったが、俺も一応男だ。

 かよわい女子二人が出向くのにギルドで一人待っている気分にはなれなかった。そんな俺をリッテは膨れっ面で睨み、ファリスは気づかわしそうな視線を向けている。


 そうして俺達四人は準備を整え、突如ゴブリンが大量発生したという山へと向かった。




「にしても、あんたもうちょっとましな武器は無いのかしら?」


 道中でディジィ氏は俺の持つ手製の槍を見て眉間にしわを寄せ、リッテは吹き出した。


 無理も無い、ディジィは言わずもがな、リッテは白い不思議な素材の投擲具、ファリスは瞳と同じオレンジ色の宝石の嵌まった短杖を手にしている。


「それ、ゴブリンの短剣じゃないの? よくもまあ器用に取りつけたよね」

「うるさいな、リーチがあった方がまだましだと思ったんだよ」

「まあ、判断としては悪くないと思うけどね。……リッテ、ファリス、この子の面倒を見てあげてくれる?」

「ええ!? そんな、いいよ!」


 俺が拒否しようとしたのを、ディジィ氏はおっかない形相で遮り、肩に手の指を喰い込ませた。


「あんた、ゴブリン舐めてると死ぬわよ。特に今回は隊列を組んでいるって言うし、いつもと様子が違う。命が惜しければ私の言葉に従いなさい……いいかしら?」

「わ、わかりやした……」


 そのただならぬ様子に俺は頷くことしかできない。


「アンタ、LVはいくつでスキルはあるの? 良かったら《存在証エクスタグ》見せてくれない?」

「LVは……今4でスキルは支援魔法と窮鼠猫嚙アンガードラット?だけど……《存在証エクスタグ? 何だそれ」


 知らない名詞が出て来た為、俺は首を傾げた。するとディジィが信じられないという表情で言う。


「嘘でしょ、あんた、この国の人間なら12歳になったら教会に行って《存在証エクスタグ》を頂くのが決まりでしょう!? 一体これまでどんな生活を送って来たの?」


 目を向いたディジィの言っていることが分からず、俺は頭の中でアルビスに問うた。


(《存在証エクスタグ》って何? どういう事?)

(ぽりぽり……んぐ、《存在証エクスタグ》というのはですね、その世界の人々個人個人が授かったスキルやステータス等が記入されている札の事ですね、ごくごく。え~と、まずこの世界の人間は十二歳までに何らかのスキルを授かりますが、それを自らで確認する術はありません……特殊な鑑定スキル等を持つ場合は別として。十二歳になった後、各地にある教会で信託を受けることで自らの授かった技能が初めて明らかにされるのです、むしゃり……むしゃ、むしゃ)


 こいつ、何をして……!? 

 背景で何らかの音楽が聞こえる。大音響の爆発音が響き渡り、「待ってジョージ、行かないでェ……!」と女の悲痛な叫び声が響き渡った。

 あかん、全く話に身が入らん。


(お前ちゃんと仕事に集中しろや! 後ろからめっちゃ音聴こえてんぞ、何なんだよその良く分からんアクション映画みたいなのは!)


 「……俺の仕事は終わったんだ、後はあいつに任せるさ……」と渋い男性の台詞が聞こえたタイミングでピッとスイッチ音が聞こえ、音声が途切れる。誰なんだよ、ジョージ。そして何かの再生を停止したアルビスが嫌そうな声でこちらをけなしだす。


(うるっさいんですよ! 仕事とはいえちょっと位息抜きしたっていいでしょうが。これだから○○は……)

(お前が俺のナニをどこまで知っているのかは知らんが、ディスってないで質問の続きを答えろ)

(はいはい……んでぇ、殆どの国民が《存在証》を授かって以降、公的な身分証として肌身離さず持ち歩きながら生きて行くのですよ……あなたも一度、適当に無くしたとか言い訳して取りに行った方が良いと思いますよ。それじゃ、私忙しいので~)

(だからそういう事はさ、先に……)


 追及を受けるのが面倒臭くなったのか、アルビスは早々に会話を打ち切った。当然しらを切り通すしかなく、彼らに言える言葉は一つだけだった。


「た、多分失くしたんだ、どっかで……覚えても無いし。確かLVは4で、支援魔法が少しだけ使える位だよ」

「無くしたって……それにそうそう記憶喪失なんかになるものかしら? な~んか怪しいわねェ……」

「ほら、お父さん……もうすぐ山ですし、戦いに集中しないと」


 糸の様に目を細くしてすり寄るディジィ氏の服を掴んで止めてくれたファリスに内心で感謝し、俺はいつも採集に入っていたその山を見つめた。普段と変わりがあるようには見えない……。


「LV4……ゴブリンを相手にするにはもう少し欲しいところだけれど、単体なら何とかなるでしょう。私の後ろに構えて、複数抜けて来たりするようだったらすぐに逃げなさい、いいわね?」

「わ、分かった」


 がくがくと首を振る中、視線の奥で黒い鳥達がギャアギャアと騒ぎながら飛び立ってゆく。


 それが何か悪いことの前触れのように思えて、寒気に背筋を震わせながら、俺はごくりと唾を飲みこむのだった……。

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