11.ローヌ冒険者ギルド
所々擦れた、《ローヌ冒険者ギルド》という看板が掲げられたその建物、外見はともかく中身は存外まともだった。
だが、俺の想像していた冒険者ギルドとは余程イメージが違っている。
がらんとした室内には奥の方に二人が座っているだけ。
俺の勝手なイメージだと、もっとこう、煌びやかな甲冑や武器を身に着けた戦士たちがわいわいと互いの自慢話やパーティーの勧誘などに勤しみ、美人の受付嬢が笑顔で、「ようこそ、冒険者ギルドへ!」と話しかけてくれるような華やかなものだったのに……現実っていうのはことごとく夢を打ち壊してくれるよなぁ……。
「ようこそ、ローヌ冒険者ギルドへ!」
手を拡げて先程の筋肉ダルマが言ったその台詞を俺は耳を塞いでやり過ごす。違うんだよ……俺が聞きたいのはおっさんのだみ声では無いのだ。
「あの、俺の認識が間違っていたら訂正してもらいたいんですが、冒険者ギルドって、人々が自分では手に負えないような物事の解決を依頼し、それを冒険者資格を持つ者が達成して報酬を得る、その仲介となる施設や組合だと思っていたんですが」
「概ねその通りよ。人の役に立つ立派な仕事、それが冒険者。さあアナタも今すぐ冒険者に! この書類のこことここにサインしてくれたらオッケーだから! 今なら特別にローヌ名産パスタを三束お付けするわ! 是非このお得な機会にお申し込みください!」
「いやいらないから!」
某新聞紙の定期購読勧誘の如く早口でまくし立てる男に必死に抵抗していると、奥にいた二人が暗がりからこちらに歩み寄って来る。
「あの……お兄さんは冒険者に興味、ありませんか?」
「そうだよぉ、今あたし達大変なんだ……お兄さん助けてよ、お願いっ」
影になっていてよく見えなかったその姿は、美少女と、美少女では無いか。
片方は艶の有る長い金髪で、オレンジ色の瞳をした柔らかい表情をしており、もう片方は、銀色のショートヘアで意志の強そうな空色の瞳をした元気そうな女の子。
「……! はい、何でもやります!」
俺の中で異世界の評価が反転する様に爆上がりした。
異世界っていいね、本当素晴らしいよね……。そんなほわほわした思考を切り裂くようにアルビスが注意して来る。
(ちょっと、本来の任務を忘れないで下さいよ。あくまであなたは世界を救うために召喚され……)
(ちょっと位役得があったっていいだろっ……いきなりわけわからん世界に転送されるわ生死の境をさまようわ、おまけに貯まるのはフラストレーションオンリーじゃねえか! 少しは好きにさせてくれよぉ)
(……仕方ありませんね。まあ、そんな姿勢では今に後悔することになると思いますけど……後で吠え面掻いても遅いんですから)
聞き捨てならない台詞を残して、アルビスの声が消えたが、俺は気にせずに受付の親父からひったくる様にして用紙を奪い、サインをして提出する。
「わ! 本当にサインしてくれたよ、この人」
「あ、あの……良かったんでしょうか? まだ事情も言ってないのに」
「よくやったわ二人とも! よろしく、え~と……ジロー・カズタでいいのかしら? 私はデイジィ・マリアクラム。二人は可愛い娘のフェリスとリッテよ」
「ああ、よろしく……マジで!? 娘!?」
この荒々しい容姿のオカマからこのような美少女が生まれるなど、異世界の遺伝は一体どうなっているというのだ!? 俺は三度位彼らの間で視線を往復させた。
どうやら飛び跳ねて喜んでいる短髪の少女がリッテ、長髪の奥ゆかしそうな娘の方がファリスというらしい。
三人とそれぞれ握手を交わした俺は、挨拶もそこそこに親父から事情を聞いた。
「実は我が、ローヌ冒険者ギルドは人材不足で依頼が捌けなくて困ってるのヨ。というのも……」
親父は顎に手を添えながら体をくねらせる。
「まあ、こんな辺境だから、大した依頼が出て来ないのよネ。殆どが農作業の手伝いとか雑用みたいなもんだし……皆、そんな依頼やる為に冒険者になった訳じゃ無いって出ていっちゃったのヨ」
「……まぁ、確かにそれじゃ普通に働くのと変わらないからな。仕方ないんじゃないの? 別に無理に冒険者を雇ってやらなくてもさぁ……」
「そ、そんなこと無いんです……!」
大きな声を出して遮ったのは意外にもファリスの方だった。
「こんな小さな街だって、山にはゴブリンだっていますし! それに、冒険者ギルドが無いと、困っている人達の悩みの受け口が無くなってしまうんです。 何かあった時にそれじゃ、村の人も不安だろうって……それでお父さんはわざわざこんな辺境に冒険者ギルドを立ち上げたんです。でも、あまり共感してくれる人は少なくて……」
彼女は感情が高ぶったのか、滲んだ眼を擦る。
「む……ファリを泣かさないでよ!」
「そうヨ、可哀想じゃないの!」
「ああ、すまんすまん……」
親父はどうでもいいが、美少女に泣かれるとばつが悪い。だが、俺は自分が間違っているとは思わず、更に言葉を重ねた。
「ん~……それでも続けたいなら、別口でお金を得ないといけないんだろ? 何か腹案は無いの?」
「色々考えたんだけど……難しいわネェ。この辺りにはあまり強い魔物は出ないし、近くの迷宮も山にあるゴブリン穴くらいのもんだし」
「ん……? 迷宮って……一体なんなんすか?」
「ああ、お兄ちゃん知らないのネ……迷宮って言うのはサ。いわゆる魔物の巣穴の事よぉ。魔力溜まりにできるとか、悪い神様が作り出したとか諸説あるけど、どうやってできるのかっていうのはあまり分かっていないワ。内部は別空間になっていて、入り口、というか彼らにとっては出口になるのかも知れないけど……それがこっちとつながってて、魔物達が定期的にそこから出て来るのヨ」
ディジィ氏の説明によると、その魔物達の巣穴は世界中の至る所に造られており、日々人々は魔物の脅威に怯えて暮らしているらしい。
「そうなのか? ここまで来る間にはそこまで危険には思えなかったけどな」
「そりゃまあ、この辺りは辺境も辺境、大陸の一番端の方に当たる地域だもの。大陸の中部に行けば行くほど危険度は増していく傾向にあるわ」
彼は茶色い木の壁にかかった古い地図を指差す。その地図の左上にはアレンシア大陸と書かれている。
それは扇風機の羽のような形をして幾つかの国に別れているが、中央の大地は隠されたように黒く塗りつぶされている。
「あなたも命が惜しければ、大陸の中央の方には行かない事をお勧めするワ、命が幾つあっても足りないと思うわヨ」
「父さんと母さんも、元はそっちの方で冒険者として活躍してたんだけど……父さんが足を悪くしちゃって引退したのを機に、元々生家があったこの地方に移住して来たの」
リッテの方が事情を話してくれた。成程、鍛えられたあの体格は長年一線で戦ってきた証だったという事だ。俺は色々と疑問が浮かんだ為聞いてみる。
「その迷宮っていうのを閉じることってできないのか? 閉じられれば魔物の出現を押さえられるし、ここでわざわざ冒険者ギルドなんか開かないでいいんじゃないの?」
「……それができれば苦労はしないわヨ。空間の裂け目を閉じる魔法の使い手なんてとても希少で、小規模な迷宮の閉鎖を頼むだけでも小さな村なら丸ごと買える位のお金が必要になるらしいワ……そして、迷宮がある限り魔物達は永久に生み出され続ける。誰かが定期的に駆除しないといけない……。ま、もう一つ閉じる方法が無くも無いんだけれど……おっと、話がそれたわね」
ディジィ氏は神妙になった顔を戻すと、パンと手を叩く。
「ま、取りあえずアンタさえ良かったらしばらく仕事を手伝ってちょうだいヨ。誰でもできる雑用が殆どだから。少ないけど給金もちゃんと払うしネ。ほら、二人が手取り足取り仕事を教えてあげるから」
「お、お父さんたら……」
「仕方ないなぁ……まあ、少しの間なら」
まぁ他にやる事も決まっているわけでは無いのだ。しばし美少女たちと親交を深めるのも良いだろう……せっかくの二度目の青春なのだ、これぐらいの役得があっても良いと思う、うん。
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