5.エルフとその仲間達

 鮮やかな、血飛沫が森の中に舞い、緑を汚した。


 頭部を射抜かれたゴブリンは走る勢いのまま、力の抜けた体を地面に投げ出した。


 そして恐る恐る後ろを振り向こうとした俺の隣を、風のように颯爽と通り過ぎていく人物に気付き、思わず俺は言葉を失った。

 美しい金髪、耳の尖ったその姿はまさしく……エルフだ、エルフ! 


 間近で見ると本当に驚くほど美しい。

 風になびく髪も白い滑らかな肌も、まるで光を帯びたように輝いて見える。   

だが、その水晶のような青い眼差しはこっちをまるで向いてはくれなかった。


 興奮冷めやらぬ俺は何と話しかけて良いか分からず、手を中途半端な位置で静止して上げ下げする。

 そして、遅れて後ろから三人の男女が姿を現わした。


 白色の煌びやかな甲冑に体を包む、大柄な黒髪の騎士。

 鍔広の三角帽子を目深に被り、黒いローブを羽織る紅い髪の少女。

 くたびれた象牙色のローブを身に纏う、金色の錫杖を持つ壮年の白髪の僧侶。


 そして紅い髪の少女は、腰に手を当てて彼女エルフの行動を咎めだした。


「リィズちょっとぉ……! 先に行きすぎないでよ~」

「そうだぞ、ちゃんと他と足並みを合わせてくれないといざという時に困る」

「まぁまぁ……しかしどうなさったのです、そんなに不機嫌になって」


 エルフはゴブリンの死骸――灰のように崩れ去ってしまったそれから何かを抜き取ると、煩わしそうに声を返す。


「うるさいな……こんな辺境の山なんかに危険な魔物なんているわけが無いんだ。私達は魔王を倒す為にパーティーを組んだのではなかったのか」


 うわ、ガン無視されている……。俺、本当に存在してるんだよね?


 存在感の薄さには定評がある俺だが、流石にここまで綺麗に空気と同一視されるのはどうかと思うので、せめてとりあえず突っ込んでおく。


「なんでやねん!」

 

 凍り付いた彼らの目……それらが今度は俺の手刀をガン見している。


なんでやねんどういうつもりだ、だと? 何だ貴様、死にそうになっておきながら……自分の獲物を横取りされたとでもいうつもりか?」

「あっ、ち、違う……違うんです」


 エルフのすぼめられた瞳がこちらを睨みつける。

 曲解して伝わったその言葉に気分を害し、再び弓に矢をつがえようとしたエルフを黒髪の騎士が慌てて押さえつけた。

 異世界では安易にツッコんではいけないのだと痛感した俺は、銀色の矢じりが俺の脳天に照準を合わせるのを見て、その場に腰を落とした。


「おい、やめろって、人間だぞ!」

「知ったことか! 喧嘩を売って来たのはこいつだ……離せ!」

「やめなって……」


 幸い他の面々が静止してくれ……へたり込んだままの俺の前に、白髪頭の僧侶が膝をついて手を差し出した。


「どうぞ……おや? あなたからはどこからか神の力が感じられますな……」

「ああ、ありがとう……俺は、神に召、か……かっ……」


 立ち上がり、事情を説明しようとした俺の口から声が出なくなる。喉を抑える俺の頭にアルビスの声が突然響きだす。


(下界の方々に私達のことを話すのは禁止で~す。あくまでこの世界の人間だというふりをして置いてください。も~し余計なことを喋ったりしたら、あのネクタイみたいになっちゃうと思っといて下さいね)


 余りの恐怖にその場で口を高速で開閉し、それを気遣った僧侶の目が気づかわし気にこちらを捉えた。

 「大丈夫なの? ソイツ」と紅髪の少女がちょっと引いた目でこちらを見る。


「かみにし……?」

「あ……ああ、いや神に試練を与えられているのですよ。山に籠もり己と向き合って初めて頂けるお言葉も御座いますので」

「成程、過酷な環境に身をおくことで心身をより研ぎ澄まし、神の啓示を賜ろうとされているのですな。その信心深さには頭が下がります」


 適当に言い訳をでっち上げた俺の言葉を信用してくれたのか、彼は納得した様子で頷いた。何とかいける……!

 更に俺は畳みかけるように話を繋げる。


「あ、あのゴブリンの件も、無用な殺生は致すべきではないのではと思いまして」

「なるほど、大地母神アルニツカヤの教えですか……」


 いや、知らんけど……そういう事にしておこうとあいまいに笑みを浮かべる俺はエルフに鼻で嘲笑われた。


「フン! そのせいで自分が死にそうになっていては世話も無いではないか! あの魔物も放っておけば幾人もの命を害したかもしれんのだ……そのような神など何の助けにもならん。私は先に行く!」


 苦々し気にエルフ娘は吐き捨てると、身を翻す。

 魔法使いと騎士も肩を竦めながらそれを追いかけ、僧侶はぽりぽりと頭を掻いて弱った様子で言う。


「申し訳ありませんな。あの娘は魔物に家族を奪われまして……強い憎しみを未だ心の裡に抱えたままなのです。私の名はジョセフ・ウォード……調和を司る神ヘレスに仕えております。仕える神は違えど、あなたの声を神がお聞き届けになられますよう祈らせていただきますぞ。それではこれで……」


 そして、彼は丁寧に十字を切るとエルフ達の後を追って行った。


 その場に残された俺は、空中を仰いでしばし放心。

 消耗した体力を回復させた後、灰となったゴブリンに歩み寄る。

 あの時エルフは何を拾っていたのだろう。


 灰から抜き取られた黒い塊は、何らかのアイテムだったのか――そこにはぽっかりと穴が開いていた。

 もしかすると、魔力核とやらなのかも知れない。スライムからは何も出て来なかったけれど……何か条件でもあるのだろうか。


 振り返り、傷ついた大木を見て、命のやり取りが今そこであったことを思い返すと……俺の胸の奥の深い所から、改めてとんでもない世界に放り込まれたという実感がゆっくりとこみ上げた。

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