4.緑色のやばい奴

 個人的に衝撃だった粥すら食えない事件の後、俺は再び山に入りスライム狩りを続けていた。


 1スライム=3FPで、100FP=1ルコ。

 ということは、大体34匹倒さなければ1ルコに届かない。つまり粥を喰う為には百匹程スライムを叩き潰さなければならないという事だ。


 そして宿に泊まる為には、おおよそ20ルコ程度が必要になる。


 スライム670匹程度……流石に気が遠くなる。

 何しろ目の届く範囲にいるとは限らないのだ。狩っては探しを繰り返さなければならない上に、狩るたびに数が減るので、山中を歩き回ることになる。


 もちろん、山にはスライムだけが生息しているわけではない。

 他の魔物だって野生動物だって生息しているはずだ。

 

 だが、残念なことにアルビスに聞いたところによると、野生動物は倒してもFPが加算されないとの事だ。

 となるとやはり対象は魔物に絞られるが……よく考えれば見分る方法はあるのか?


 俺はアイテム欄を開いて話しかける。


「アルビス、野生動物と魔物の違いって何なんだ?」

「お、ついにヤる気になったんですか? 見たらわかるようになってますよ。よく見るとスライムとかはぼんやり赤い光で覆われているはずです」

「あ、これそういう魔物ってわけじゃないんだな……生物学上の違いってあるのか?」

「体内に魔力核と言う器官が生成された生物が魔物ってことになってますね。溢れ出た魔力で赤く光るんです」


 成程……じゃあ、赤く光ってるやつを倒せばいいんだな。赤、赤……。

 しばらく周りを見渡していると、木々の奥の方に、それはいた……いた、けど。


『ゴブッ……ゴッフッ』


 ゴォブルィィン……いましたよ、ゴブリンが。


 緑の肌の魔物――某ゲームでは最弱のモンスターに位置づけられたりする(種類による?)彼らだが……いや、全然弱そうじゃないんですけど。


 荒い息を吐きながらぎらつく黄眼で周囲を見渡すその姿に、俺は思わず木陰に身を隠した。


 いやぁ~、絶対ヤバいでしょ、あの尖った骨っぽいナイフとか。

 刺さったら、場所が悪かったら死ぬよ? 

 体はこちらの半分程の大きさしか無いとわかってはいるのに、観察していても恐怖感は減るどころか増すばかりだ。そんな俺の心情を知ってか知らずか、アルビスが暢気に話しかけて来る。


「あんれ~、戦わないんですか? ゴブリンだと倒せば20FP貰えますよ? 召喚された勇者様のいいとこ見たいナァ~」

「ざけんなこのクソ女神……刃物持ってんだぞ相手は! ああいう手合いは極力刺激しちゃ駄目なんだよ、黙って見過ごすのが吉……」

「ああ~、クソ女神だなんてひど~い! ゴブリンさ~んこっちですよ! こっちにアホがいま~す!」


 器用に囁きながら怒鳴る俺に女神は気分を害したのか、恐ろしいことにアイテム欄から勝手に分身体を飛び出させ、光を明滅させながら騒ぎ立て始めた。


 そして奴の瞳がこちらに向き、土を踏みしめこちらに走って来る。背筋が縮みあがり、心臓の鼓動が激しくなる。


「ヤッバ……来るんじゃねぇっ!」


 こちらの手には、スライムを倒す為に使っていた短い木の棒しかない。こんなものであんなのと渡り合えと? 無理! 無理無理無理!


 俺は転がるように木々の間を抜けひた走る。革靴なのが辛い。木々がスーツに引っかかって所々を引き裂いて行くが、構っている余裕などありはしなかった。


 距離が開かない……山歩きに慣れているのか、体が小さく身軽なせいか、ゴブリンは執拗に着かず離れずで俺を追いかけて来る。


「ハァッ、クソッ……うぉわっ!」


 距離を確認しようと後ろを振り向いたのが不味かった。足元に感じた柔らかい感触――木の葉に隠れたスライムを踏みつけにし、俺は足を滑らせると、もんどりうって傾斜になった地面を転げ落ちて行く。


 ガサガサと激しく音を立てる俺を止めたのは木だ。激しく体を打ち付け息を詰まらせて、痛みで涙が滲んだ。


「――――ッゥーッ! ぁ……!」


 ようやく開いた目の前には口角を吊り上げた醜悪なゴブリンの顔が。

 そいつは、ナイフを頭上に振り上げ、よだれを散らしながら笑声を発した。


『ゴフッフ……オマエヲ、殺ス! 殺シテ肉ヲ喰イ、頭ノ骨ハ家ノ飾リニスル! タノシミ!』


 いかん、言語理解が要らんところで仕事して聞きたくないことが丸聞こえになっとる……。

 って言うかこんなことを考えてる場合じゃない。何とか止めるか避けるか……しないとっ!


 振り下ろされた刃を何とか止めようと、木の棒の両端を握り持ち上げる。

 それはなんとか相手の一撃を防いだが、半ばで音を立てて折れた。

 顔をかすめて背にした木の幹にナイフが刺さり、髪の毛が幾らか断たれてはらりと落ちた。


「んがっ……どけっ!」


 無我夢中で振り回した足が功を奏し、ゴブリンの胴体に当たる。

よろけたゴブリンはナイフから手を離し、地面に刺さった。

 折れた木の棒はもう役に立たないので投げ捨て、俺は旗の如く突き立ったナイフに思いきり飛びつくと引き抜いてゴブリンに向けた。


『カ……カエセ! ソレハ、オレノ!』

「知った事か……! おら、次襲ってきたら、これをお前のどてっぱらにお見舞いするぞ!」


 息を弾ませながら、必死にナイフを突き出して威嚇する。

 こちらの言葉が翻訳されているのかいないのか、ゴブリンの恨みがましい目がこちらに向くが、必死に俺は視線を固定してそれを受け止めた。

 睨み合い――引いたら、殺られる。


 やがて、じりじりと後ろに下がりだしたゴブリンは、いきなり背を向けるとそこから走り去っていく。


 ああ、助かったのだ……。


 俺が地面に膝を着き、思わずそのナイフを下に落とした瞬間。


 鋭く高い音を立てて耳の横を通過した何かがゴブリンの緑色の背に吸い込まれ、その命は一瞬にして奪われた。

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