3.復讐の誓い
アルビスが去った後、夜の森に一人残された俺は、街に向かって移動する前に検証作業を行うことにした。
とりあえず、その場にいたスライムを倒してみよう。
大体小動物サイズのプルプルをそこらにあった木の枝で突き刺す。
無抵抗なので、どことなく良心が咎めないでも無いが、これも生きる為、割り切りが必要だ。
一度では駄目なので二度三度と繰り返すと、不意に抵抗が無くなり地面に溶けて消えた。
それと同時に何らかの光が俺の中に吸い込まれる。FPとか言うものが回収されたのかも知れない。
「ああ、こういうことね……」
ついであれやこれやを試してみる……まずは支援魔法から。
だが使用方法がいま一つわからず、そこで俺は動きを止めた。
わからないことは聞けと言っていたので、アイテム欄の《アルビス(分身体)》をタップしてみたが、何の音沙汰もなく、俺はやけくそでその板に向かって話しかけた。
「アルビスさ~ん? ちょい、スキルの使い方だけ教えてくださ~い」
「あ~、発声したらそれで出ますってば……。基本じゃないですか。そんなこともわからないんですか? ……もう寝ますから五月蠅くしないでぇ」
「女神さ~ん!? ……いや、どういうことなんすか」
何故か軽く叱られ、それ以降アルビスは全く応答しなくなった。……ふて寝ですか。理不尽極まるな……。
この扱いに、俺も何もかも忘れて自分も地面に体を投げ出したくなったが、誘惑をどうにか振り切ってスキル欄に切り替え、試しに表示されているものをタップ。
すると詳細説明が表示された。
【
これは便利、って言うかこれが無いと話が進まない異世界転移、転生者御用達のスキル。これに関してはいいんだよ別に……問題はもう一つだ。
【支援魔法LV1】……成長型アクティブスキル。自己及び他者に能力上昇等様々な恩恵を与える魔法を使う事が出来る。
いや、もちろんあると便利なんでしょうけれど……。
それは根本の戦闘技能や、仲間の存在があって初めて有効に活用できる類の物であって……これだけあっても仕方ないんじゃないの?
それでも――選択すると幾つか使用可能な魔法が出て来たので一縷の望みをかけて俺は魔法を使ってみる。
使用できる魔法はとりあえず四種類。
【攻力付加】…… MP消費3 効果時間5分 ATK上昇
【防力付加】…… ″ DEF上昇
【速力付加】…… ″ SPD上昇
【知力付加】…… ″ INT上昇
物は試し、とりあえず【攻力付加】からかけてみる。
しかし、発声がいるのは何とかならんのか。良く平然と必殺技の応酬を繰り広げられる熱い戦いがゲームや漫画で見られるが、実際に使うとなると何だか恥ずかしい。 人前で使うことは避けたいが……いや、これも生きる為の仕事と割り切って積極的に慣れていくべきなのかも知れない。
「こ……攻力付加?」
若干照れながら呪文を唱えると、オレンジ色の光が体を包みこんむ。
どうやら成功したようだ。だが、体を動かしてみても、そこまで明確に差違は感じられない。
だが、本当に魔法の効果は表れているのか?
とりあえず比較対象になりそうなスライムを探す。
オレンジ色の光に包まれながら、スーツ姿で木の棒片手目付き鋭く辺りを見回す不審者の姿がそこにはあった。元の世界だと即通報だろう。
そして発見したバレーボール大のそれを、先程と同じように木の棒で上から突き刺した。一度、二度……三度目それは先程と同じように染みを残して消える。
あれ……?
さっきと攻撃回数変わって無いんですけど。これはもしかして、ゴミスキルという奴では無いのですか?
ステータス欄を確認して見ると、STRの数値の横に(+1)なる表記があった。ぷらす、いち、かぁ……へぇぇ。
急速にしぼむ期待の心。
「……取りあえず人里に行こう。誰か慰めてくれぇ……」
魔法の地図で確認したここは、実は森林ではなく小さい山のようで――。
使えないスキルと最低クラスのステータスを備えた俺は、道すがらのスライムを突き刺しつつも、星明りを頼りになだらかな山道をゆっくりと降りて行った。
そうしてスライムを三十体程倒し、三時間ほどかけて山中から脱出した俺は、朝日が照らす村の前に立っていた。
その周りは柵で囲われ、入り口には見張りの兵士までいる。
……果たして中に入れるのだろうか? 勇気を出して聞いて見た。
「あの~、すみません……中に入ってもいいんでしょうか?」
「あぁ、別に構わんよ……儂らがやっているのは野盗や魔物の襲撃に対しての警備だからな。しかし見慣れない服だな……何処から来たのかね?」
「あ~、とても遠い国、ニホンって国ですよ。多分知らないと思いますが」
「確かに知らんな……まぁいい、さっさと入りたまえ」
内心安堵しつつ頭を下げて村の中に入れてもらう。
まだ朝早いせいか、そんなに人通りは多くない。
どこからかふわふわといい匂いが漂って来て、鼻をくすぐる。
食べ物を売っている露店があるようだ。簡素なテーブルに何人かの客が座り、器に盛られた何かをすすっている。
白色のすこしとろみの付いた暖かそうなそれは、粥なのか? 見るからに美味そうだ……。
夜中に呼ばれ、寒さで体が冷えて無性に暖かい食事がしたくなっていた俺は、恰幅の良い女性の店主に値段を聞いた。
「すみません……一杯いくらですか?」
「3ルコだよ」
サンルコ。3、ルコ……でいいんだよな? 恐らくこの世界の通貨なのだろう――そんなもの当然のごとく持っているはずはないが、俺にはあれがある。
怪しい笑いを浮かべてその場を離れ、路地裏に入ると小声でアイテム欄を開き、アルビスに話しかける。
「お~い、アルビス。FPをルコに変換してくれ。スライムを結構倒したからある程度溜まってるはずだ」
「んん~? ……こんな時間に起こさないで下さいよ」
「頼む、早くしてくれ。俺はあの粥がどうしても喰いたいんだよ!」
「もう……知りませんよそんなこと。ええと、はい、どうぞ」
チャリンという涼やかな金属音がして、アイテム欄の所持金の枠に幾らか加算される。
30ルコ位溜まってると良いなぁ。いや、その半分でもあれば取り合えず食糧事情は解決できるはず。わずかな期待が胸にはあり、俺は金額もろくに見ず、全額引き出しのボタンを押した。
「……あふぅ。それじゃあ私はもう一度寝ないといけないので、これで」
「……ちょっと待てオイ」
だが……。
光と共に俺の掌に出現したのは……硬貨がたった一枚。銅色の、どこか10円玉にも似たそれを、じっと眺め俺は再びアイテム欄に収納する。
そして所持金の枠内に表示された金額は――1ルコ。
期待を裏切らないその表示額に、俺はアルビスに喰って掛かる。
「な、何かの間違いだろ、1ルコって!? 三十やそこらはスライムを倒してるんだぞこっちは!」
「間違いありませんよ……スライムなんて倒した所で一匹に対して3FP位しか入らないんですから。そして変換のレートは100FP辺り1ルコです」
「はぁ!? 嘘だろ……1%の変換効率とか、割に合わなさすぎるだろうが!」
「理解できましたか? それじゃあお休みなさ~い」
「おい、お~い! ……ふざけんなよ、ちきしょう」
ふぁあという欠伸と共に彼女の声が消え、俺はその場で無様に膝を着いた。
山を下り村に行きつくまでにはスライム以外の魔物には出くわさなかった。
つまり、しばらくは奴らを相手に食い扶持を稼がなければならないというのに、これか。
一食が3ルコ……ということは恐らく宿屋に泊まるのに安く見積もっても20ルコくらいはかかるのでは無いだろうか。
粥一杯すらどうにもならないのに、そんなもの払えるわけがない。俺は半ば混乱して口から不気味な笑いを漏らし、立ち上がった。
「ふへ……ふへへへへ……《速力付加》! うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そして、黄色い光に包まれた俺は半泣きでわめきながら元来た道を爆走した。周辺住民が引いていたが、そんなのはお構いなしだ。
「……だぁらっしゃぁっ、そぉい!」
そして丁度道に出て来ていたスライムに狂ったテンションのままドロップキックをぶちかます。
パァンと一撃で四散して光の粒と消えるそれを見て、少しだけ気が紛れ、やっと俄かに正常に戻った俺は、ふつふつとその瞳に怒りを
(神の野郎……! 名前は知らんがこんな世界に呼び込みやがって。くそ、見てろ……絶対にいつか目にもの見せてやる……)
徹夜明けと強制転移からの半放置という無残な仕打ちを受け、異常な精神状態で人生初のプロレス技を披露した俺――ジロー・カズタは倒れ込んだその体勢のまま地面を殴りつけ、神へと復讐を誓ったのだった。
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