2.女神アルビス

 眼前に現れた美女に俺は平伏の姿勢を取る。こちらの方が先程の神より余程神々しい……残念なことに手のひらサイズではあるのだが。


 美しい金髪を背中に流し、金刺繍の白い法衣から覗く素肌は白く瑞々しい。


 体型もそこらのアイドルなどとは比較にならない程バランス良く整っている。彼女はほっそりした白い手を胸の前で合わせ、花のような笑みを浮かべた。


「そんなにかしこまらないで頂けると嬉しいですわ……説明もしなければなりませんし」

「わ、わかりました。……あの、さっきの神様もあなたも、本当に本物なんですか?」

「本当の本当に本物ですよ……あなたもあの方のお力を身をもって体験されたのではありませんか?」


 俺は正座したまま、首を縦に勢いよく振る。確かに、良く分からない力で拘束されたり、ネクタイを消滅させられたりしたのだ……。

 あれを目の前で見せられては、否定のしようがない。


 あれ、お気に入りの高い奴だったのに、くそぉ……。思い出して憤慨するその様子に彼女は頬を掻き苦笑を浮かべながら、話を先に進めていく。


「それに、信じていただかなくては話も進みませんし。取りあえずそういうこととして受け入れて頂けませんか? その都度疑問があれば質問して頂ければいいのですから」

「はぁ……そう言われるんでしたら。ところでこの、取り立てて秀でた所の無い俺はどうすればいいんでしょうか。何か聞いたところによると魔物を倒したり、人を助けたりしなきゃならないとか……かなり漠然とした説明しか受けていないんですが」

「そうですね、まずご自身のステータスを開いていただいて見せていただけますか? ある程度成長の傾向が把握できますので、どういう戦い方が出来るのか、アドバイスできるかと思います」

「ステータスっと……こうですか?」

「そうです……あなたの場合……ん~と。ん~? ん~!?」


 彼女はその瞳をステータス欄で数度往復させた後……石化。

そして、油切れの機械のようなぎこちない動作で目を板から反らす。うん、わかるよ……正視し難い気持ちは。


「……す、スキルを見てみましょう! きっと召喚されたくらいですから凄いものが備わっているはずです!」


 先程の言葉を翻し、女神アルビスは合わせた両手を頬に当てて苦笑いする。その反応に、半ば諦めを覚えながらも俺は次にスキル欄を呼び出す。

 すっとページがめくられるかのように表示が切り替わり、アルビスはそれをしげしげと覗き込む。


「スキル……言語直解ワーダスタンド? と、支援魔法LV1しか無いみたいですね。どうですか、俺、強くなれそうですか?」

「あー……いえ、もういいです。どうも、ありがとうございました!」


 彼女の瞳に数秒で影が差す。

 途中から尻すぼみになった声と共に――最後の挨拶だけは元気良かったが――ホログラムが消えるように姿が音も無く消え、本がひとりでに閉じた。


「……ハァッ!? あんたもあの神と一緒かよ!?」


 いや、丸投げする相手もいない分こちらの方がたちが悪い。

 慌てた俺は再び本を開こうとしたが、何らかの力が働いているのか頑なに閉じられたままで、一ミリも動かない。


「ちょい待て! 見捨てんな! あんたがあの爺さんに任されたんでしょうが!」

「えぇ……だって召喚者が消えて数十年経たないと、次の召喚の儀に移れないんですもの……下手に生き残られても困るっていうかぁ」

「っていうかぁじゃねえっ、こちとら命がかかってんだよぉ! 早く有用な情報を教えんか!」


 この世界の神ってのはこんなんばっかなのか……。召喚しておいて即見切りを付けようとする彼らの態度に、神様への信頼度が急降下していく。


 俺がどうにかこじ開けようと奮闘してる間に、彼女のやる気を失くした声だけが本から投げかけられる。


「まぁあんまり早く居なくなられても困るし、少しだけ情報を教えてあげましょう……」


 神々にも神々の事情があるのか、顔も見せず渋々と言った様子で彼女は追加情報を話し出した。


 だが聞き逃すまいと耳をそばだてる俺に彼女が調子よく告げたのは、既に把握している事実だ。

 

「ええと、お気づきかもしれませんがこの世界に再構築されたあなたの体は十年ほど若返りました。ぱっぱら~! ヤッタネ!」

「ヤッタネじゃねぇ。誤魔化されんぞそんなことでは」


 祝福の効果音らしきものを口で奏でたアルビスに対し、俺は冷徹に言葉を返した。  


 知らない山の中で何の情報も無いままでは本気で命に関わる。普通に野生動物に遭遇するだけでも命の危険があるかも知れないので、今のうちに情報を搾り取っておかないといけないのだ。

 釣られない俺に彼女は軽く舌打ちをしてその先を続ける。


「チッ……次に被召喚者は、魔物を倒すことで、その魔物の魂を《徳》を数値化したFPとして溜めることが出来ます」

「ほぅ、それで?」

「溜めたFPを私に渡して貰えれば、それを下界の金銭や、物資と交換することができます」

「ふむ……それはいいな」


 なるほど……一応ちゃんと転移者として優遇されている部分もあるようだ。うまく使えば、物語の主人公のように良い暮らしや無双状態が可能になるのかも。


「他にも、善行を積んだと判断される事柄があれば、それは《徳》として判断され、FPに加算されます。ですがもし悪事を働いたと判断された場合、それはFPから差し引かれてしまうのでご注意を。このFPはマイナス側にも加算されることがありますので、もし一定値を下回ってしまった場合……処分が下ります」

「……処分って?」

「聞かない方が良いと思いマスヨ? ま、まぁ通常の生活を送っていればそんなことはまず有り得ませんのでそこは安心してもらえれば」


 そこはかとなく不穏なその言葉が頭に残る。

 だが、FPの概要は把握できた。取りあえず魔物とやらを倒したり人助けをすればFPとやらが溜まってゆき、金やアイテムに変わるのだ。利用しない手は無いな。


「後は、アイテム欄の中に魔法の地図がありますので、それで近くの村にでも行けば取りあえず死にはしないかと。……それでは私はこれでさようなら~」

「ちょ、早くね!?」


 ようやくわずかに光明が見えて来たと感じた矢先、地図を出そうとアイテム欄を開いたのを良いことに、女神は板の中に光となって飛び込んだ。

 それ以後はアイテムとして選択しようが呼ぼうが頑として出ては来ない。


「はあ……もう何も信じられねえ。非常食、水」


 俺は自棄になり、アイテム欄から取り出した食事を手に空を見上げる。


 ……元の世界ではでは滅多に見られない位綺麗な夜空が広がる中、一人でぼそぼそとビスケットをかじる惨めさは格別だ。


 ああ、熱いラーメンが喰いたい……。

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