第7話 最終決戦だョ!全員集合

 甘く見ていたと思う。

 所詮は人族で、『臥竜洞窟』でもイツキの担当していた階層まで辿り着く冒険者も少なくて、心底では弱いと思っていた。

 しかし、それは、イツキのいた階層までに他の魔物たちが必死になって抑えていたからに過ぎないと今思った。


「使えない悪魔のお守りは面倒だ」


 解雇通告の時に人事部のリザードマンから言われた一言。

 確かにそうだ。『臥竜洞窟』の魔物たちは、東洋龍のために戦っていたかもしれないが、そのお陰でイツキに迫る危機は少なかった。

 現在のような冒険者が無傷で、闘争心むき出しで目の前に立っていたことなど無かった。


「なかなか、やるわね」


 リーベが悔しそうに唇を噛み締めている。

 少ないコインの中から必死に防衛案を捻出してくれたのだ。

 責めるのはお門違いである。


 しかし、罠を壊すという選択肢があるのは驚きだ。

 木や落ち葉などが原材料の丸太や落とし穴、スパイクなどが壊されるのは仕方無いと思うが、金属製に思われる魔導砲までもがひしゃげさせてしまうとは思ってもみなかった。

 因みに、ダンジョン内の様子はダンジョンターミナルがアナウンスで報告してくれる。

 前半の怒涛の罠壊滅のアナウンスは脂汗が滲み出た。


 目の前に立つ三人の冒険者。

 どれも手練れだと分かる。

 いざとなれば周りに隠れているゴブリンたちに奇襲をお願いしているが、それは叶いそうに無い。

 本気で取り組まなければここでみんな死ぬ。


「さながら、モンスターハウスですね」


 魔術師の男が口を開く。

 そのほくそ笑んだ不気味な笑みにイツキは不快感を感じる。

 まるでこれから始まる何かを楽しみにしているような顔だ。


「へっ、怖気づいたか?リック」

「まさか」


 大きな剣を担いだ男は軽く笑って、その魔術師をからかう。

 魔術師は鼻で笑うと、それをあしらった。


「めんどいから、私はバリアに引きこもるから」

「おう、回復のサポートだけしてろ」


 杖を持った少女はやる気が無さそうだ。

 しかし、あのか弱そうな子の服には塵一つ付いていない。

 急ごしらえの防衛線であっても、罠は発動しているはずであるのに、汚れ一つ無い。


「カイル、悪魔二人は私が頂いても?」

「へっ、そういうと思ったよ。俺は隠れているゴブリンどもを殺すとするぜ」

「ありがとう。どうにも、昔から、悪魔が業火にさらされるとどんな悲鳴を上げるか気になっていたのですよ」


 その言葉が合図になったように魔術師は詠唱を始めた。

 手に持つ杖は輝きを放ち、詠唱が終わると主に、地を這う蛇の炎がイツキとリーベに向けて這う。


「魔法は俺に」

「お願い」


 イツキは『ラプラスの指輪』の装備スキル【攻撃魔法無効】を使う。

 【火炎蛇フレイムスネーク】はイツキに接触すると、一瞬で姿を消す。

 熱くない。


「魔法が効かない!?」


 魔術師は驚いているようだ。

 それもそうだろう、攻撃魔法すべてを無効にするスキルなど滅多に出会うものではない。

 ましてや、こんな一層しかないダンジョンでは。


「そんなはずは……」


 諦めが悪いようで、改めて【火炎蛇フレイムスネーク】を発動する。

 次は三匹。数を増やしてきた。

 あっけなくイツキに消されてしまう。


「っ!?」


 相性がいい。これは勝てる。

 リーベは魔術師に向けて【麻痺の霧】を放った。



 ◇


「そこに隠れてるんだろぉ!!?」


 岩がまるで豆腐のように軽々切り裂かれる。

 【怪力】とその武器の業物によりゴブリンの隠れ場が少しずつ減っていく。

 その度にゴブリンたちの不安の顔が深くなっていく。


「おらぁ!!」


 また岩が切られた。

 その勢いに負け、一匹のゴブリンが尻もちをついてしまう。

 立ち上がる隙など与えない。

 戦士の男は「まず一匹と」言わんばかりに切りかかろうとする。


「【火炎弾ファイアーボール】!!」


 それを隙と見たのはベスであった。

 戦士がそのゴブリンに意識が集中しているその瞬間に奇襲をかけた。

 魔導砲とは違う、ジンの精霊の魔法攻撃が戦士を襲う。


 しかし、【強靭】の効果でダメージが少なく、後方の僧侶によって瞬く間に治癒されてしまう。


「なんだ?火の玉?」

「ジンの精霊よー!魔法攻撃するから気を付けてー」


 他人事のように叫ぶ僧侶。

 さながらスポーツ大会の観客の娘である。


「へっ、小さい救援だな。当たっただけで潰れちまうぞ」


 ジンの精霊は小さい。両手剣で叩かれてしまえば致命傷だろう。

 しかし、ベスにはスピードがあった。発光する体を羽ばたかせ、戦士の周りを漂い翻弄する。

 そして、視線が追い付いていないと見るや、【火炎弾ファイアーボール】を叩き込む。

 しかし、攻撃を立てても同じことの繰り返しであった。


 決定打が足りない。

 大ぶりな攻撃が当たることは無いだろうが、撃退ができない。

 リーベが魔術師を倒してくれれば何とかなるかもしれないが……。


 かわしながらそう考えるベスであったが、再び攻撃に転じようとした瞬間気づく。

 いつの間にか自分が檻に囚われていることを。

 まるで鳥籠のような白く光る檻。


「サンキュー、サリー」

「はぁ……脳筋。私は早く帰りたいの」


 それは僧侶の使った束縛の魔法であった。

 ベスは逃げようと動くが、檻から出れない。


「よーし、手こずらせやがって。そーら、よっ」


 大ぶりで振られた両手剣はベスを檻もろとも吹き飛ばした。

 直撃である。切るのではなく殴る。

 ベスの光はみるみる輝きを失ってしまった。


 ◇


「ベス!!」


 叫んだのはイツキあった。

 本気でやると言っておきながら、仲間のピンチを見学してしまっていた。


「余裕ですね!悪魔!」


 それは相手の攻撃を無効化できると分かっての余裕だったのかもしれない。

 麻痺の霧は効いたものの、僧侶によって回復されてしまった。

 今は懲りずに別の魔法を試す魔術師とそれを正面から受けるイツキの戦いになっていた。


「【魅了】を試してみるわ」

 

 リーベが動く。

 【魅了】を使い、リーベに釘付けにする。それで魔術師を無力化する作戦だ。

 呪いは解くのにスキルが必要である。僧侶が持っていなければ勝ち目がある。


 イツキは魔術師に向かって走る。

 リーベの【魅了】の効果範囲まで近づくためだ。


「っ!?」


 急な接近に魔術師はおののいた。チャンス。

 抵抗するような攻撃魔法を弾き、リーベにスイッチ。

 その金色の双眸が強く魔術師を睨んだ。


「やったか?」

「離れて!!」


 それは大きな火球であった。

 イツキへ接触してそれは消えたが、発生時の衝撃破が近くにいたイツキとリーベに襲い掛かる。

 軽々と吹き飛ばされる。


「サキュバス相手に対策をしない訳無いでしょう。サリーにバフをかけてもらっていますよ」


 僧侶の【呪い無効アンチカースオーラ】。それは彼女のスキル【早口】でイツキもリーベも発動されている事に気が付かなかった。

 解呪の心配をしていたが、そもそも効果を無効にされていたのだ。

 イツキは唇を噛み締める。

 このままでは負ける。

 

 せめて、自分が指輪のおかげで優位に立てる魔術師だけでも倒す。

 そう思い、立ち上がる。

 魔法なんて無い。武器もない。あるのは拳のみ。

 でも、あの見下したような顔に吠え面かかせるには十分ではないか。


 イツキの威嚇のような睨みに魔術師は笑みを浮かべる。


「かかってこい!アークデーモン。お前に魔法を叩き込んでやる!」


 奴はまだ【攻撃魔法無効】の突破を諦めていない。これが最後のチャンスだ。

 イツキは魔術師に向かって再び走る。

 拳をぐっとに握りしめて殴ろうと――――


 その一瞬は、とても遅く感じた。

 魔術師がローブから出したのは一つのクロスボウだった。

 攻撃魔法なんて使うつもりなんて無かった。

 イツキは戯言に誘い込まれた。


 耳障りな金属音を鳴らすクロスボウと不気味な笑みで見つめる魔術師にイツキの視線は釘付けになった。

 俺は、死んだ……。


 風切り音がはっきり聞こえた。

 高さ的に胸に刺さったはずであった。

 

 しかし、痛みは無い。


「しっかり……しなさいよ……」


 それはいつもならもっと明るく、元気な声であるはずなのだが。

 今、イツキの耳をくすぐったのは、とても弱弱しいものであった。


「リーベ!!」


 イツキの目の前に盾のようになってリーベが立っていた。

 胸には一本の矢が痛々しく刺さっている。

 それは、彼女の命を蝕む一本であった。

 

 なんで、【魅了】のせいで意思に反して動いてしまったのか?

 イツキは罪悪感にかられる。

 心臓が早鐘を打つ。

 

 胃がぐるぐるかき回される感覚に襲われる。

 嗚咽、悪寒、悲愴。


 彼女との出会いは昨日今日で、カツアゲがきっかけだった。

 ダンジョンを運営する理由も【魅了】を治すためで、仲のいいとは思えない。

 同じダンジョンの共同社長のような、同僚のような……。

 

『あはは、なにそれ。魔物じゃ当たり前じゃない。それとも愛称でもつける?なんて』


 不意に思い出す彼女の可愛らしい笑顔。

 

『ワクワクするわねぇ!!』


 好奇心は猫みたいで、目が離せない。

 

『あなたが魔王になるんだから、出資して当然よ』


 時には我儘で身勝手で、でもそれを聞いてあげてもいいと思ってしまう。

 短い付き合いでも、その時間は濃厚で、大切だった。



――――本当に【魅了】されていたのは俺ではないか。



「死ぬな!リーベ!」


 イツキの悲鳴がダンジョンに轟く。

 滲み出た大粒の涙が零れ落ち、彼女の頬をなぞる。

 薄く開いた真紅の双眸はか弱くイツキを見つめてくれている。


 イツキは震える手でリーベを支えるが、重力に従うその体にイツキはよろめく。

 早くポーションを飲ませないと死んでしまう。

 早く……。


「手こずらせやがって!!」


 魔術師がリーベを支えるイツキに拳を叩きつけた。

 人形のように吹き飛ばされるイツキ。リーベは地面に零れ落ちる。

 

「魔法が効かないなら、こうするしかないよねぇ!オラッ!オラッ!」


 立つ気力も沸かないイツキは魔術師にいたぶられるように蹴られる。

 鳩尾、肺、脇腹。容赦のない暴力がイツキを襲う。


「悪魔の血は何色だ?見せてみろ、青か?緑か?それとも真っ黒か?」


 痛い。気を失いそうだ。

 自分の無力が悔しい。悲しい。


「お楽しみか?リック。俺は宝を貰うぜ」


 戦士の男は戦意無く逃げるゴブリンに飽きたのか空っぽの【魔王の間】の扉を開く。


 何も守れなかった。仲間も、ダンジョンも、助けを求めるゴブリンたちも、何もかも。

 情けない。もっと、力があったら。お爺ちゃん……。


 強く、強く。弱いアークデーモンは願った。


『イツキサマの【魔王適性】に変異を確認シマシタ』


 扉が開かれた直後であった。

 鳴り響くシステム音。今のイツキの耳に届かない。

 ただ、そのシステム音に冒険者たちは行動を止める。


『固有スキルの発生を確認しました。固有スキル【名付者ネームメ-カー】を継承シマシタ。固有スキル【名付者ネームメ-カー】の進化を確認、固有スキル【命名者ネーミングプレゼンター】へ進化シマシタ』


 とめどなく鳴り響くシステム音。冒険者たちもその異変に気付き始める。


『固有スキル【命名者ネーミングプレゼンター】により、サキュバスの【真名】を【リーベ】に設定。固有スキル【命名者ネーミングプレゼンター】により、ジンの精霊の【真名】を【ベス】に設定』

『【真名】により、サキュバスは【ハイ・サキュバス】へ変異。ジンの精霊は【イフリート】へ変異』


「リック!そのアークデーモンを殺せ!」

「早く!これ、やばいよ!」


 リックはクロスボウを突き付けた。

 しかし、その引き金を引くことは無かった。

 その魔性の前では、意思を保てなった。


 イツキは薄れゆく意識の中、一人の少女に抱えられた感覚に陥る。

 それは天使ではないかと錯覚したものだが。

 正体を確認できるほどの力は残っていなかった。


 ただ、


「ありがとう、イツキ。ゆっくり休んで」


 名前を呼ばれたのは初めてだったと思う。

 それはとてもやさしい女性の声であった。聞き慣れた声。


「……リーベ」


 イツキは遠のく意識の中、一人の少女の名前を呟いた。

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