第6話 B級冒険者探検隊 ゴブリンが住む森に悪魔の洞窟は存在した!!

 冒険者というのは平和な地域では稼ぎにならない。

 それは、特に魔物が友好的で文化的で頭の良い地域なら特にである。


 だから、カイルがリーダーを務める冒険者パーティ『黒豹』は前日の酒場での酔った勢いのギャンブルて失ったコインを取り戻すべく、森の中のゴブリンの集落を襲撃することにした。

 近くの大きな村へ果実酒用の食材を生産しており、取引などでコインも潤沢に蓄えているだろうと踏んだのだ。


 五十体を超えるなかなか大きめの集落であった。

 Bランクであり、もうすぐAランクに昇格を控えていた『黒豹』にとってこの数は気にするほどでもない。

 瞬く間にゴブリンの集落を蹂躙していった。


 立ち向かってくるゴブリンを相手にしていると、女性や子供らしきゴブリンはいつの間にか消えていた。

 恐れをなして逃げ出したのだろう。

 平和ボケをした愚かな魔物どもとカイルは思った。


 人間様にとって魔物など人権の無い家畜同然だ。

 殺してしまっても領主や冒険者ギルドから咎められることは無い。

 万が一、咎められてもゴブリンから襲ってきたと言ってしまえばよい。死ゴブリンに口無しだ。


「しけてんなぁ……。これじゃあ賭けたコインと変わらねえじゃねーか」

 

 大きな両手剣を背中に携えた戦士のカイルは族長の家の中で見つけた宝箱を覗き込みながら呟く。

 大きめの箱の中にぎっしりと入ったコイン。それでも賭けたコインと同額程度というのだから、この男がどれほど金遣いが悪いか分かる。


「所詮はゴブリンよね。まぁ、カイルが使いこんだコインが返ってきただけでも喜ばしいことよ」


 隣では、金色の髪を後ろで束ねた女性が不満そうに話す。

 手には治癒効果を強めた杖が持たれており、彼女が僧侶だとわかる。


「だってよー、サリー。男にはやらねぇといけねぇ勝負の時ってがあるんだぜ」

「それでパーティ解散の危機とか洒落にならないでしょ」


 一時はパーティ解散の話まで飛び出た。

 結局、魔物を狩って財産を奪うという作戦に方向転換したが、あのまま会議が続けばパーティは解散していただろう。

 ゴブリンの集落を襲うと提案したカイルは自身の機転の利き具合に鼻を鳴らす。


「ま、元に戻れば関係ないぜ。祝杯に酒場行くか?」

「ほんと、馬鹿」


 族長の家から外へと出る。

 外の惨状は悲惨なもので、横たわるゴブリンは死屍累々で、肉が焼けた臭いが鼻を強烈に刺激する。


「ここは果実酒の材料で有名らしいぞ。持って帰って売るか?」

「荷物が増えるわ。生ものとか腐ったら処理困るわよ」


 冒険者の販売ルートなど魔物の素材を買い取る業者くらいだ。

 果物をほいほい高額で買い取ってくれるほど、生易しいものではない。

 運搬をするほうで痛い目を見るのは分かり切っている。


 サリーに反対され、つまらなそうにカイルはボヤいている。


「こんだけの収穫で帰れるかよ……」


 それだけ、カイルのとってゴブリンの集落を襲うことに期待を寄せていた。

 一攫千金も夢ではないと。


「ま、いい授業料だったんじゃない?たまにはタダ働きもいいじゃない」


 身から出た錆。サリーの言葉にカイルは言い返す口は無かった。

 ふっと沸いたイライラに、カイルは横たわるゴブリンの死骸を蹴り上げて発散する。

 死してなおサンドバックとして扱う。このパーティにとって魔物などこの程度の認識なのだ。


「おーい、カイル。向こうにダンジョンがあった。ゴブリンども、あそこに逃げ込んだみたいだ」


 魔術師のリックが茂みから出てくる。

 彼はコインの回収など目もくれず、逃げたゴブリンを追っていった。

 集落でもわざわざ火炎魔術でゴブリンを焼いたりして、変に異臭を漂わせようとする。

 彼は狩りが大好きな、性格の悪い男であった。


 しかし、カイルはにやりと笑みを浮かべる。

 ダンジョンを攻略できる。

 それは、幼児が穴を見つけたら指を突っ込むように、冒険者がダンジョンを見つけたら攻略したくなる。

 冒険者という職業の悲しい性なのである。


 ゴブリンの集落でマイナスを取り戻し、ダンジョン攻略で稼ぎをプラスに変える。

 まさか、パーティ会議で出た咄嗟の提案がこうも良い方向に転ぶとは思わなかった。


「よし、サリー。ダンジョン攻略の準備だ。リック、案内しろ」


 その場にいた三人の顔はとてもとても悪いものであった。


 

 ◇



 ダンジョンの入り口はただの洞窟といった雰囲気であった。

 リックの持つ魔術師スキル【ダンジョン透視】により、このダンジョンが一層しかないことが分かった。

 カイルは拍子抜けし、少し怒りを感じた。

 今日は期待させておいて、裏切られるばかりだ。

 せいぜい、この怒りを中にいる魔物どもにぶつけて嬲ってやろう。


「今日中には帰れそうね」


 サリーはほっとしたように話す。

 彼女は、ゴブリンの集落の段階で今日の目標「元の貯金に戻す」は達成しているので惰性でついてきている。

 帰って湯浴みしたい。ゴブリンの腐肉が焼けた臭いを忘れるために、美味しく香りの良いご飯が食べたい。

 ずっと、そんなことを考えている。


「まぁまぁ、折角だから楽しもう。またゴブリンをいたぶれるんだよ」


 リックは持っている杖に抱き着きくねくねしている。

 その様子を二人は気持ち悪そうに見ていた。

 

「よし、行くぞ」


 ダンジョンに入っていく。 

 戦闘は前衛のカイルだ。続くようにリック。防御魔法を扱える僧侶のサリーが後方からの奇襲に備える。

 B級冒険者パーティ『黒豹』の定番のフォーメーションである。


「【探知】を使うよ」


 リックが杖を振る。

 すると、リックの目にはダンジョン内の罠が手に取るように分かるようになった。

 たくさんの落とし穴に天井に隠された丸太。

 どれも安易なブービートラップである。


「ははっ、なんだこれ。子供の秘密基地みたいなダンジョンだな!」


 子供だまし。

 駆け出しの冒険者なら手こずるかもしれないが、B級となるとこれぐらいの罠、何でもない。


「そことそこ、落とし穴。正面から丸太が降ってくる」


 振り子のようにこちらに向かってくる丸太。

 カイルは鼻を鳴らすと、拳を握りしめる。

 踏み込み、丸太の軌道に合わせ、振りぬく。


 メリメリと丸太は空を引き裂く雷鳴のような轟音を響かせ粉々に割れる。

 並みの人族なら吹き飛ばされていたのだろう。

 あいにく、この戦士のスキルは【怪力】【強靭】というブルドーザーのような人族であった。


 魔物の気配を感じる。

 恐らく、ゴブリンが丸太の罠を作動させようと動き回っている。

 リックは火炎魔法を使うために詠唱を始める。

 通常、洞窟で火炎魔法は酸素が薄くなったり、ガスが溜まったりと敬遠される。

 でもリックは火炎魔法が大好きなのである。


「焼き尽くせ!【火炎蛇フレイムスネーク】」


 細く蛇のような炎が地を這い、動くゴブリンに絡みつく。

 巻き付かれたゴブリンはみるみる燃え盛り、もがき苦しみ隠していた落とし穴に落ちていく。

 人族をだまそうとした愚かな魔物の死に愉悦を感じる。

 

 恐怖で足を止めるゴブリンに狙いを定める。

 その時、仕返しと言わんばかりに、洞窟の奥から【火炎弾ファイアーボール】が飛んでくる。

 魔導砲の攻撃だ。

 サリーはスキル【早口】で即座に詠唱し【バリア】を展開する。


 【バリア】に接触した【火炎弾ファイアーボール】はみるみる消滅していった。

 魔導砲の奇襲で獲物を逃したリックは舌打ちをする。


 ただ、落とし穴も丸太もすべて破壊した。

 前線の押上を始める。


 前進すると、通過すると落下する【スパイク】や【麻痺特性の針】がパーティを襲うがすべてサリーが対処してしまう。

 彼女がいる限り、パーティにダメージを負わせられない状況だ。

 背の高い魔導砲は二台。隙を作らないように交互に放っている。

 上で操作するゴブリンに妙に腹が立った。


「人間様を見下ろすんじゃねぇ」


 カイルの両手剣の大振りの斬撃で魔導砲の胴体がへしゃげる。

 魔導砲はそこそこ硬い。それが傾いたことにゴブリンは驚く。

 逃げろと言わんばかりに後退を始めるが、そこに【火炎蛇フレイムスネーク】が纏わりついていく。


 悲鳴を上げるゴブリン。

 再び漂う肉の焼ける臭い。しかし、今のカイルには気にならなかった。

 財宝までもうすぐだからだ。

 今度は、俺を裏切るなよ。

 強欲はそのダンジョンの最奥を目指し歩みを進める。


 そして、大きな扉へと辿り着く。

 この奥が『魔王の間』であるのだろう。

 二人の人影があった。周りの岩場には魔導砲の操縦や丸太の作動をしていたゴブリンの気配。

 それが、最後の扉の門番であることが分かった。


 最上位種のサキュバスにアークデーモン。

 相手にとって不足は無い。

 『黒豹』は獲物を捕らえた。木の上から獲物を見る豹のように、カイルはゆっくり舌なめずりをした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る