第5話 鬼が出て、邪も出てきそう
「終わりだ……。これはダンジョンの呪いだ」
イツキの情けない声が響く。
ジンの精霊がリーベに「なんでこんなのが好きなんだ?」と聞いている。
「別に好きで好きなわけじゃ無いわ」という返しにジンの精霊は首を傾げる。
「ねぇ、ダンジョンターミナル。侵入者は冒険者なの?」
『サポート範囲外デス』
「相変わらず使えねぇオブジェクトだな」
ジンの精霊が快活に笑う。
恐らく、前のダンジョンの時も同じ状況に陥ったのだろう。
「リーベ、二十体だぞ。罠も張ってないし、どうしよう」
イツキはパニックである。
その様子をジンの精霊はツボったのか低音の効いた笑い声を響かせる。
「待って、冒険者ならおかしいわ。二十人規模ならまず斥候を送るはず。いきなり総攻撃するなんて、考えなしだわ」
ダンジョン攻略はまず規模の把握から始まる。
全員で突っ込んだはいいものの詰んでしまい全滅。救助用の後詰もいないというのは間抜けなお話である。
「二十人の斥候かも!」
「多すぎよ。もしそうだとしても、その規模がこの森に入る理由が無いわ。それなら逆方向の『臥竜洞窟』を目指すはず」
ダンジョンガチ勢の冷静な分析にイツキは嘆息し、落ち着きを取り戻す。
ジンの精霊もリーベの話をきいて感心していた。
「嬢ちゃん、頭がいいんだな。じゃあ、何だと思う?」
リーベは顎に手を当て、少し考えたのちに答える。
「そうね。……考えられるなら、原住民?」
◇
リーベの推理は素晴らしいものであった。
松明を片手にイツキ、リーベ、ジンの精霊で洞窟の入り口まで行ってみると、そこにはゴブリンの群れがいた。
「なんじゃこりゃ」
目の前の状況にジンの精霊は怪訝な声を上げる。
ゴブリンの群れが、洞窟入り口で隠れるように座っているのだが、誰も皆、怪我を負っているのだ。
中には出血や火傷を負っている者もいる。
数名の男性らしきゴブリンがいて、残りの殆どが女性や子供である。
誰が見ても異常な空間だと気付くものだった。
「な、なにがあったんですか?」
まさか、洞窟の奥から先客が現れると思っていなかったようで、ゴブリンたちは騒然とする。
そして、イツキたちの風貌が魔物と分かると安堵の声を上げる。
「すみません。お邪魔してしまったようで」
男性の一人のゴブリンがイツキたちの前に出てくる。
礼儀正しく、一礼している。ただ、その表情は酷く真剣なものであった。
「この森に住むゴブリンよね。なんで、怪我しているの?」
「それが……。冒険者が急に集落を襲ってきまして。抵抗したのですが、ほとんどの者は……」
ここは通称『ゴブリンの森』と呼ばれるほどゴブリンが多く住んでいる。
ゴブリンたちは温厚な性格で、人族にも友好的な者が多かった。それは、近くに『スライムさんの村』があることが大きい。
食料的にも、経済的にも、文化的にも繁栄しているゴブリンが人族を襲う必要が無い。
だから、人族とも友好的な関係を築けていたのだ。
「愚かな冒険者ね……。この森のゴブリンは【スライムさん】と取引しているはずよ。手を出したら、『スライムさんの村』が黙ってないわ」
「そうです。ただ、襲ってきた奴らは魔物を獣としか見ていないような連中で」
「酷いな……。これじゃあ、虐殺だ」
人族にも一定数、魔物排他主義がいる。それは、人族がこの世界で最も素晴らしい種族であると主張し、同等で扱われる知能のある魔物を攻撃する集団だ。
『スライムさんの村』はそういった連中から、人族の国から援助をもらい理解を広げようと奮闘している。
【スライムさん】とは、その活動家の別称だ。個人名なのか組織名なのかはイツキは知らない。
ただ、東の魔物排他主義国からの防衛ラインと呼ばれている『臥竜洞窟』に、時折訪れていたらしい。
「しかし、ここにいてはあなた達に迷惑をかけてしまうな。場所を移した方がいいか」
リーダー格のゴブリンが、村人たちを一瞥する。
疲労困憊で苦しそうに眠る子供、両親と別れてしまい声を押し殺して泣く子供、子供たちをあやしながらも、自身も不安に飲み込まれそうになる女性たち。
この状況を見て、出て行けと言えるほどイツキも鬼には成れない。
「取り敢えず、奥に来てください。ここではいずれ見つかってしまう」
イツキの言葉にリーベはやれやれと、ジンの精霊は鼻を鳴らした。
「だが、そうなるとあなた方も巻き添えに」
「あなた達がここに来た段階でもう巻き添えよ。冒険者なんて、目の前にダンジョンがあったら反射的に攻略したくなる生き物なんだから」
リーベの台詞は言い得て妙である。
冒険者とダンジョンの関係性などそんなものである。
「じゃあ急いで防衛線つくらねぇとな。見た感じ、まだ弄ってないだろ。これじゃあ二の舞だぜ」
ジンの精霊は急いで奥に戻っていった。
恐らく、ダンジョンターミナルを触るのだろう。
「あなたはゴブリンを案内して。私は罠の設置場所の支持をしてくるから」
リーベはジンの精霊を追うように先へ行ってしまった。
イツキは二人を見送ると、ゴブリンの群れに向き直る。
状況が理解できる大人のゴブリンたちの表情は少し明るくなった気がする。
「申し訳ありません。なんと感謝をすればよいか……」
「いえ、とりあえず怪我人と子供を優先に」
「はい」
そういうと、二十体のゴブリンたちと共に最奥の部屋へと戻っていった。
◇
最奥の部屋では、リーベとジンの精霊がダンジョンターミナルの前で喧嘩をしていた。
どうにも罠の配置で意見が分かれている様だ。
リーベは、落とし穴や丸太を使ったブービートラップ型。一方、ジンの精霊は魔法トラップを使った完全防衛型。
ブービートラップは設置が早く、安価に作れるが、ばれやすく壊されやすい。数を多く設置するの重要になる。
完全防衛型は、魔法を放つ砲台やバリケードなどを設置して迎え撃つため、撃退率は高いが、メンテナンスが高額になる。
「そもそも、なんでこんなにコインが少ないんだ?」
「それは、関係ないわよ。ブービートラップ型なら、今のコインの半分で設置できるわ」
『それデハ、一台の魔導砲を中心にブービートラップを配置する併用型はいかがデスカ?』
「「それだ!」」
こいつら、ダンジョンターミナルを散々使えないと罵っておいて、素直なものだ。
「本当に創造途中だったのですね」
ゴブリンが部屋の周囲を見上げて話す。
「ついさっき、入居したばかりだから」
「ははは、運が悪いですね……」
本当にと肩を落とす。
「やったわ!罠設置ボーナスよ、もう一つスパイク置く?」
「ここは貯めて魔導砲をもう一台だろ」
「嫌よ、大砲なんて暑苦しい」
「大砲はロマンだろぉ!!」
肩を寄せ合う形で喧嘩している二体。仲がいいのか、悪いのか。
イツキは苦笑いを浮かべつつ、二体を眺めていると、ゴブリンに声を掛けられた。
「我々が持っている相手の冒険者の情報をお話しします」
そうだ、ダンジョンの増強ばかりではいけない。
折角、相手の情報を知っているゴブリンが目の前にいるのだ。聞いておかなければ。
「おい、イツキ。ポーション買ったから受け取れ。ダンジョンターミナルの後ろから出ている」
ジンの精霊にそう言われ、ダンジョンターミナルの後部を見ると排出口のようなものがあり、そこから赤い液体の入った瓶が何本か出ていた。
相変わらず、ダンジョン協会の技術力には舌を巻く。
ゴブリン全体には行き渡らない量ではあったが、重症そうなゴブリンにポーションを配っていく。
深く感謝の言葉を受け取る。
本当に、礼儀の正しいゴブリンたちで、襲った冒険者を許せないとイツキは思った。
リーダー格のゴブリンの前に座る。
「それで、冒険者の数は何人なんだ?集落を潰すくらいだから、二桁だよな?」
「それが……三人です」
三人……?イツキは驚いた。
ゴブリンは決して弱い魔物ではない。数を使った戦い方が得意である。
三人など囲んでしまえば簡単に倒せるはずの相手だ。
「一人は戦士です。とても力が強い。五体のゴブリンがしがみ付き、動きを縛ろうとしましたがまるで歯が立ちませんでした」
一人は近接型の怪力。ゴブリンの大きさは人族で言う十代の子供くらいだ。それが五体引っ付いても動けるほど力が強い。
「もうもう一人は魔術師の男。こいつにゴブリンは誰一人近づけませんでした。強力な火炎魔法で近づく隙がありません」
次に魔術師。火炎魔法が得意な遠距離型。こいつは厄介そうだ。
「最後に、僧侶の女性。ゴブリンは毒矢を使うのですが、戦士の男が毒にかかってもたちまち治癒させてしまうほど詠唱の早い娘です」
そして、僧侶。どうにも、素早い回復が得意なようで、リーベの天敵かもしれない。
「ありがとう」
イツキは、ゴブリンからもらった情報を頭に整理する。
数は想定よりかなり少ないが、個々の強さは想像以上かもしれない。
「それと、我々ゴブリンも数名は戦えますので、手伝わせて下さい」
リーダー格のゴブリンが頭を下げる。
施しだけを貰い続けるのは苦手なようだ。
「ふん、それなら魔導砲の操縦をお願いするわ。あと丸太を転がすの」
罠の設置が終わったのだろう、リーベとジンの精霊が戻ってくる。
二人とも不満そうな雰囲気を醸し出していた。
「ありがとうございます!是非!」
ゴブリンはぱっと表情が明るくなった。
「そうだ。おい、イツキ」
態度の大きい小さな精霊が声を掛けてくる。
「俺にも愛称をくれ。嬢ちゃんとお前の仲を見てると羨ましくなっちまった」
へへっと笑うジンの精霊。
リーベの殺気をまとった視線を無視して話している。
「え、いきなり何?愛称?」
まぁ、愛称があった方がいいと思うイツキには思ってもない願いだが。
ジンの精霊の特徴は何だろう。小さい体?光?うーん……。低い声。
そうだ、このジンの精霊の特徴は低い声だ。
ベース……うーん、ベス。いいな。
「そうだな、ベスでいこう」
「ベスか。いいじゃねーか」
「よかったわね、チビ」
「ベスな」
リーベが嫌味たらしく言うが、ベスは鋭くツッコミを入れる。
「よーし、リベンジマッチだ。気合入れていこうぜ、イツキ、嬢ちゃん」
「おう」
「うん」
迎え撃つ準備は整った。あとは待つだけだ。
ダンジョンを創造し、初めての戦闘が今始まろうとしていた。
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