第4話 ダンジョンにあった怖い話

 F級ダンジョン『ラプラスの悪魔』がここに生まれた。

 F級である。ダンジョンにはランクがあるとダンジョンターミナルから説明があった。

 ランクはF級・E級・D級・C級・B級・A級・S級の七種類となり、ダンジョンの階層や倒した冒険者の強さや数の実績などにより上がっていく。

 始まりはF級からである。


 コインの報酬は冒険者を撃退した時や実績を達成した時にダンジョンターミナルを介して支給される。

 例えば、冒険者一人撃退すると五百コイン、さらに冒険者ランクボーナスというものがあり、冒険者ランク(これもダンジョンと同じF級からS級)によって支給されるコインの量が変わる。

 実績の達成とは、例えば階層が十階層に達成した際や、上級位の魔物を仲間にしたなどの何かしらの記念になるときに支給されるコインらしい。


『――――と、なりマス。ご不明な点はございマスカ?』


 一通りの説明が終わる。ダンジョンターミナルの説明は分かり易かった。

 二人とも特に分からないとこは無かった。


「大丈夫だ」

『承知しまシタ。それでは、何かご覧になりたいことはございマスカ?』


 不意に問われて、イツキは首を傾げる。

 説明は受けたが、やりたいことが思いつかない。


「ステータスを見てみたいわ」

「おぉ、確かに」


 【ステータス】。それは魔物でも冒険者でも、この世界に存在する全ての生物に備わっているものである。

 『スライムさんの村』ではウィッチの【鑑定】によって確認できたが、ダンジョンでは登録している魔物であればダンジョンターミナルを介して確認することができる。


『承知しまシタ』


 ダンジョンターミナルがそう言うと、投影機から映像が流れる。


・ イツキ・ディアボロ

・ サキュバス

・ ???


 と箇条書きで表示されていた。


 サキュバスは鍵盤を叩き、イツキのステータスを確認する。

 


種族:アークデーモン

真名:イツキ・ディアボロ

魔法:なし

技能:【魔王適性】

    装備スキル【攻撃魔法無効】

    装備スキル【状態異常無効】

    装備スキル【呪い反射】



 自分のステータスを見て絶望する。【ラプラスの指輪】のスキル以外何も無い。

 本当に俺が魔王でいいのだろうか。


「気を落とさないで。【魔王適性】があるだけで凄いことよ」


 サキュバスが慰めてくれる。

 それでも目の前の結果が変わるわけではない。


「でも便利だな。わざわざウィッチのところまで行かなくて済むのか」

「侵入者のステータスとか見えないの?」

『それはムリデス』

「そう……」


 サキュバスは残念そうに呟く。

 侵入してきた冒険者のステータスは見えないらしい。

 イツキにとっては、メンバーのステータスが確認できるだけでも便利だと思うけど。

 

「こんなものね」

「おい、サキュバスのステータス見てないぞ」

「え……嫌」

『映し出しマス』

「え、ちょっと……」


 イツキのステータスだけ確認して事を終わらそうとしたサキュバスだったが、ダンジョンターミナルは魔王の味方だったようで敢え無くサキュバスのステータスが映し出されてしまう。



種族:サキュバス 【状態異常:魅了(イツキ・ディアボロ)】

真名:なし

魔法:毒の霧

    麻痺の霧

    眠りの吐息

技能:固有スキル【魅了】

    スキル【浮遊】



 それはサポーターとして素晴らしいステータスであった。

 サキュバスは恥ずかしそうに顔を伏せている。

 【状態異常:魅了(イツキ・ディアボロ)】。聞いていたとは言え、実際に結果を目の当たりすると意識して恥ずかしい。


「凄いな。こんなにも魔法が」


 あと気になるところは。


「真名が無いのか」


 イツキの独り言にサキュバスがぴくりと反応する。

 サキュバスは先ほどまでの照れは消えている。


「うーん、不便だな」

「え?」

「いや、真名が無いと。もし、他のサキュバスが来たら、どう呼べばいいか」


 イツキが名前の呼び方で悩んでいるのを見てサキュバスは噴き出してしまった。


「あはは、なにそれ。魔物じゃ当たり前じゃない。それとも愛称でもつける?なんて」

「それだ!」

「はい?」


 魔物に真名が無いことは普通の事だ。真名は限られた魔王が持つ固有スキルでのみ授けることができるのだ。

 しかし、小さいころから『ラプラスの悪魔』で真名持ちの魔物と多く接してきたイツキにとっては、真名を持っている方が普通だったりする。

 だが、イツキに真名を授ける力は無い。だから、愛称をつけることにした。


「そうだな、……どうしよう」


 イツキは腕を組み、瞳を閉じて考える。

 いざ、愛称を付けようと言っても難しい。

 せっかくの美人なのだから、可愛い名前がいいよな。

 ここ最近の彼女の印象。

 こちらを見てきては間が合いそうになると逃げる、まるで渚のような視線。

 

 恋する乙女のような仕草…【魅了】の影響であるが。

 恋か。恋…ラブ?ストレートすぎだろ……。うーむ、リーベ。そう、リーベだ。


「よし、『リーベ』はどうだろう?」

「リーベ……?リーベ、私はリーベ、そう……ふふ」


 サキュバスもといリーベは噛み締めるように繰り返した。

 初めてもらったお菓子を反芻するように、何度も、何度も繰り返している。

 乾いた体に水を経口するように、少しずつ浸透させるように、その名を心に刻み込んでいるようであった。


 イツキはリーベの思ってもいない反応に恥ずかしくなった。

 なぜなら、それはまるで、恋人へ初めて物をプレゼントしたときのような反応であったからだ。

 恋人など持ったことは無いが、昔読んだ恋愛小説がそんな感じだった。


『イツキサマ、次の方も確認しマスカ?」


 部屋全体に甘い空気が漂っていたが、意思のある物によってことごとく打ち砕かれてしまった。

 感情が無いくせに、まるで眇めて覗く視線のようなものを感じる。

 

「次・・・?」


 イツキはダンジョンターミナルの不可解な質問に首を傾げた。


『メンバー「???」。何らかの妨害により表示エラー。再び実行しマスカ?」


 テンプレートなシステム音声が流れる。

 リーベが試しにもう一度実行してみているが、エラーとなる。


「おかしいわね。ここにいるのは私とあなただけよ」

「そうだな、所在とか分からないのか?」


 ダンジョンターミナルで魔物の配置ができるのだから場所もわかるはずだ。


『確認しました。詳細な位置は妨害により不明。大まかな位置はこの部屋の奥デス』


 奥デス。この部屋が最奥なのでは?

 すると、リーベが少し考えて何かに気づいたようだ。


「宝物庫ね!」

「なるほど」


 鼠は宝物庫に隠れている。

 二人で奥にある宝物庫に向かってみた。


「うわぁ……」

「凄いわね……」


 お互いの反応は洞窟に入った時から変わらない。

 目の前にあるのは宝物庫の入り口の観音開きの扉のはずなのだが、そこには無数のお札が貼られていた。

 何も知らずに目の前に立つと恐怖心に駆られるだろう。

 扉の朽ちも合わさって不気味さが際立つ。


「やっぱりいるよ。幽霊!!」

「ワクワクするわねぇ!!」


 泣き出しそうな声を上げるイツキと目を輝かせてお札を剥がそうとするリーベ。

 イツキは呪われると叫びながら、リーベの行動を諫めようと泣きついている。

 ただ、好奇心の猫となった彼女を止めることはできず、次々とお札が剥がされていく。


「せめて、除霊しよ。村に戻ったら祈祷師いるかもしれないよ」

「嫌よ、せっかくのアンデットが成仏しちゃうじゃない。仲間にするの」

「いーやーだー!」


 最後の一枚が剥がされて、勢いよく扉が開かれる。

 鬼が出るか、邪が出るか、どっちも出て欲しくない。

 イツキは恐怖のあまり閉じていた瞳を恐る恐る開いた。


 中は閑散とした空間であった。

 人工的に作られた石壁は先ほどの部屋より豪華さを演出しているが、長年の放置による塵や埃、蜘蛛の巣などで台無しになっている。

 本当はこの中にたくさんの宝を詰め込むのだろうが、それを叶わず放置された部屋。


 その真ん中、一つの小さな光が漂っていた。

 手の平ほどの発光体である。

 鬼火、人魂。イツキは思ったが、それよりも遥かに優しい光。

 それは、精霊のような光であった。


「お、やっと開いたか」


 イツキは眉を顰めた。

 なぜなら、それはとてもとても低い声であったからだ。

 イツキは、この部屋にもう一体怖い魔物が潜んでいるのではないかと錯覚するほどその声は低かった。

 ファンタジー代表の精霊様がこんなドスの効いた声なはずが無い。偏見である。


「おー、なんだ。お前ら、次の魔王か?若いねぇ……悪魔のカップルとは」

「カッ!!」


 声を上げたのはイツキである。

 リーベは絵に描いたように言葉を失っていた。


「照れるな、照れるな。俺はジンの精霊だ。仲間とダンジョンを創っていたら冒険者に襲撃されてな。戦いに負けて、この宝物庫予定地に閉じ込められちまった」


 快活に笑う妖精。口とかは光で見えないが。

 つまり、このジンの精霊は前のダンジョンのメンバーであった。

 ジンの精霊が前のダンジョン創造でどんな顛末を辿ったかは今説明してもらった。


「しっかし、その情報誌持ってるってことは、このダンジョンの事は知ってるだろうに、よくもまぁ、こんな縁起の悪いダンジョンに来やがったな」


 ケタケタと小刻みに震えながら話すジンの精霊。それは笑っている動作のようだ。

 前のダンジョンの被害者様直々に自虐をいただいてはなかなか笑えるものではない。


「まぁ、出れてよかったぜ。精霊は食べ物はいらねぇが、感情があるせいで『退屈』ってもんを知っちまってる。こんな狭いところじゃ、退屈で死ぬところだったよ」


 どうにも明るい性格でイツキはほっとする。

 悪い幽霊ではなかった。

 リーベは、アンデットへの期待値が高すぎたせいか、小さな光の玉を蔑んで見ている。


「アークデーモンにサキュバスか。助けてくれて、ありがとよ」


 ジンの精霊は感謝の言葉をくれた。

 すべて偶然でこの扉を開いたのだが。


「いいえ、態度だけ大きな精霊さん」

「お、おい、リーベ」


 なんでこのサキュバスは喧嘩腰なの!?

 

「ん?なんだ?お前真名持ちか?」

「いいえ、これは愛称よ。真名はこっちが持ってる」

「へぇ・・・」


 ジンの精霊はイツキの周りを漂って見せる。


「こんな弱っちそうなのが、真名ねぇ。【魔王適性】は?」

「俺です」

「見かけによらないねぇ。真名はなんて言うんだ?」


 こんな小さな精霊からも弱そうとか言われたら心折れそう。


「イツキ・ディアボロです」

「『ディアボロの末裔』かよ!ははは、気に入った。俺もこのダンジョンに参加させてくれ。面白そうだ」

「嫌よ、小さな精霊なんて数にも入らないわ」


 だから、リーベさんなんで機嫌悪いの?


「数に入らないなら、勝手に入っても分からねぇよな、イツキ」

「え?あぁ」

「言質いただいたぜ、サキュバスのお嬢ちゃん」

「ちっ」


『イツキサマ、外部からの侵入を検知しまシタ。個体数は二十体デス』


 その時、ダンジョンターミナルの警告音とともに流れるシステム音に、その部屋にいたすべての者に緊張が走った。

 つくづく、このダンジョンは縁起が悪いらしい。

 一段落したら祈祷師を招こう。そう思うイツキであった。

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