第3話 ディアボロ・イツキのダンじょん探訪

 

 次の日。


 ダンジョンの創造とは会社の開業に似ている。

 まず必要なのは場所である。最近ではインターネットの普及により、小さなオフィスやはたまた、ノートパソコン一つが会社の所在になれるのだが、ダンジョンではそうもいかない。

 

 ダンジョンを創る物件探し。

 今、二人は『スライムさんの村』から西の方角へ半日かけて移動していた。

 名も無い森。多く生息する魔物から土地が呼ばれることがあるが、それならば『ゴブリンの森』と愛称になるだろう。

 ごくありふれた森である。


 余談だが、昨日、ウィッチの診療所から宿屋へ場所を移すと、診断結果をサキュバスへ説明した。

 サキュバスはだいたい予想していた通りだと言い、動揺を見せなかった。

 むしろ、好きな男子と同室ということに動揺しているようであった。

 初心な淫魔である。


 サキュバスの方からも謝罪があった。

 それは、【魅了】の影響で素直になっているのかもしれないが、少しでも改心するきっかけになるといいなとイツキは思う。


 同室にしたのは決していやらしい思いがあったからではない。

 一千万コインが必要と聞き、少しでも節約が必要だとおもったからだ。

 宿屋の親父が言った「お盛んなのはいいが、静かにしてくれよ」という言葉は敢えて聞こえなかったフリをしておく。


 もちろん、夜も何もなかった。

 サキュバスも自身の感情が【魅了】の所為だと自覚すると、胸の奥からたぎる欲求を制止させるのに必死なようであった。

 イツキがベッドで寝るとなんだか襲われそうな雰囲気だったので、ベッドはサキュバスに譲り、イツキはかばんを枕替わりにして床で寝た。

 『臥竜洞窟』の岩盤より柔らかい木の床はなかなか寝心地がよかった。そのお陰か、腰と肩甲骨辺りが非常に痛い。


 サキュバスも申し訳なさそうな様子であり、ベッドで一緒に寝てもよいと言ってくれたが、その目は血走っていたので怖かった。

 欲求とは怖いものである。


 朝一にダンジョンの物件探しに出ることになり、チェックアウトと共にこの森へと足を歩ませたのであった。

 しかし、チェックアウトの時に宿屋の親父が不満そうに「昨晩はお楽しみでしたね」と皮肉めいて言ってきた。

 こいつ覗いていたのか。レビューを星一つにしておこうか。


 さて閑話休題、サキュバスの案内で昔ダンジョンだった洞窟を目指している。

 先行するサキュバスの手には『スライムさんの村』で見つけたダンジョン情報誌のフリーペーパーがある。

 『スライムさんの村』周辺の空き物件の情報が記載されているのだ。

 ダンジョン初心者に優しい村である。


「ここね……」


 ぶっ通しで歩いてたイツキは息を切らせている。

 サキュバスは時折、小さな羽根で浮遊して足を休めていた。

 イツキはそれはずるいと思った。


 目の前にあったのは大きな口を開いた洞窟であった。

 木々で隠れていて、遠目からは見つかりにくい。

 

「こんなところにあるんだ」

「隠蔽性も高いわね、見た目はなかなか上々よ」


 好感触の様だ。


「情報誌には何か書いている?」

「えーっと……。前の魔王は一層目を創造中に冒険者の襲撃に合いそのまま滅亡。宝物庫は設置されていたがお宝は無かったため、冒険者からは『空っぽダンジョン』と呼ばれている場所、だって」

「だって……じゃないよ。事故物件じゃん。岩の裏とかにお札貼られてる奴だよ」

「いいわね、それ。アンデットも仲間にできるなんてラッキーよ」


 なんだ、このポジティブ淫魔は。


「一層だけ?もっと大きなダンジョンから始めた方がいいんじゃないの?」

「いや、二人なら一層目からで十分よ。無駄に広いと維持費もかかるし、防衛の時に人が沢山必要になるの。戦闘員不足で防衛線決壊とかダンジョン初心者にはよくある話よ」

「よくあるんだ……」


 危うくダンジョン初心者の同じ轍を踏むところであった。


「それにしても、サキュバスはなんでそんなにもダンジョンに詳しいんだ?」


 先ほどから彼女の口から出るのはダンジョン創造の基礎ばかりだ。

 詳しいと診療所で言っていたが、イツキの想像を超える知識量だ。


「え?いや、これくらいは普通よ」

「そうなのか?これだけ詳しかったら、ダンジョンとか創ったことあるんじゃないか?」


 サキュバスは唇を噛み締めた。

 何か、強い思いがあるような表情だ。


「別に……。そろそろ入りましょう。物件で重要なのは中なんだから」

「お、おう」


 その話題に触れられたくない、そんな風に彼女は無理やり話を切り上げた。

 イツキは首を傾げたが、それ以上言及することは無く、洞窟の中へ入っていった。


 サキュバスが用意していた松明を灯りに洞窟を進む。

 洞窟の中は割と整備されており、躓くような窪みは一切無かった。

 天井までは高く、大型種の魔物でも容易く通り抜けることができる。


「思ったより整備されているわね。流石は、工事途中で襲われた空っぽダンジョン」

「縁起悪そうだから、その言い方は止めて欲しいな」


 辺りを感心しながら進むサキュバスと不安そうに進むイツキ。

 分岐が幾つかあったが、サキュバスは迷うことなく選ぶ。

 サキュバス曰く、ダンジョンの分岐は幾つかのパターンがあり、創造者の癖を掴めば迷うことは無いらしい。

 流石はダンジョンガチ勢。


 「ここが最奥ね。居住区はここがいいわね」


 ダンジョンには居住区が必要だ。

 魔物の量が増えてきたら、特別な部屋が必要になるが、二人だけなら最奥の部屋が定番となる。

 最奥は、開けており二人では広すぎるくらいだ。

 後々はここに家具などを置くらしい。


 ダンジョンに詳しくないイツキは特に口を出すことはないが、どうやらサキュバスはここを気に入ったようだ。

 楽しそうに辺りを見回しては、途中で止まっている工事進捗に嘆息を漏らしていた。


「ここにするのか?」

「そうね、ここがいい。むしろ、ここにしたい」


 かなり気に入ったようである。

 

「それで、まずは何をするんだ?」

「そうね、そろそろ来る頃ね……」


 サキュバスは入り口の方向を眺める。

 すると、キュルキュルと車輪の回る音と一人の足音が響いてくる。

 こちらに近づいている。

 まさか、冒険者?創造前に俺たちは滅亡?


 イツキが半眼でそちらを望むと、そこから現れたのは一匹のガーゴイルであった。

 荷物の載った大きめのリアカーを引いている。

 

「ガーゴイル便でーす。お荷物お届けに来ましたー」


 元気溌剌の素晴らしいガーゴイルだ。


「どこからですか?」

「はい、ダンジョン協会からです」


 ダンジョン協会?聞きなれない組織の名前であった。

 するとサキュバスがガーゴイルを手招きしている。


「こっちこっち、ここに設置して」

「了解です。少々お待ちを」


 ガーゴイルはリアカーから荷物を下ろす。

 敷物が被されており、それが何なのかは分からない。

 ガーゴイルの様子を見るに、とても重そうだ。

 

 ずしりと、鈍い音を鳴らしてサキュバスの要求する場所に置かれる。


「はーい、えー代引きですね。八万コインになります」


 八万コイン?結構高い買い物をしたなサキュバス。

 ダンジョンの創造に必要なものなのだろう。

 あれ?待てよ。あいつ、コイン持っていたか?

 こっち見てるな。あ、近づいてきた。


 イツキは再びカツアゲに合った。


 ◇


 二万コインを切った金貨袋を持つ。

 萎んだ袋は哀れであるが、イツキの悲しみは比例するように増えていた。

 嬉しくない。


「あなたが魔王になるんだから、出資して当然よ」

「いやいや、そもそもお前コイン持ってないだろ」

「……丁度、今持ち合わせが無いだけよ」


 バツの悪そうに顔を逸らすサキュバス。

 全財産が無くなりそうなのだ。ますます、ダンジョンで稼がなければと気合が入る。


「それで、これで何をするんだ?」

「ふふ~ん。これはねー、じゃーん!」


 被された敷物が捲られる。

 それは、無機質な置物であった。

 中央には鍵盤があり、投影機のようなものがあった。

 イツキは何処かで見たことがあると思った。


「ダンジョンターミナル。ダンジョン運営を一括で行えるオブジェクトよ」


 思い出した。小さいころにお爺ちゃんの部屋で見たんだ。

 『ラプラスの悪魔』最奥の『魔王の間』。

 そこで見たことがあるんだ。


「これは、ダンジョン内の魔物の配置やステータス確認、ダンジョン協会との通信とかに使えるのよ」

「ダンジョン協会?」


 先ほどから出てくる組織の名前だ。


「そのまんまよ、ダンジョンを創る魔王が加入する協会よ。コインとかの稼ぎはそこから支払われるの」

 

 コインが支払われる。それはダンジョンを運営に必要な経費とイツキたちの目標一千万コインに必要不可欠なものだ。

 一体、どこからそんなコインが支払われるのか。


「まぁ、説明だけじゃ面白くないわね。実際に使ってみましょう」


 サキュバスは鍵盤を叩くと、電子音が鳴り投影機から映像が流れる。

 剣と魔法の世界ではいささか時代違いのように感じるが、これがダンジョン協会の技術力らしい。

 イツキも作動しているところは初めて見たので興味深くのぞき込む。


『こんにちは、ご利用ありがとうございマス』


 聞きなれない中性的な音声が台本のように部屋の中に響く。


『ダンジョン運営はお任せください。ダンジョンターミナルと申しマス』

「凄いな、物なのに意思があるみたいだ」

『はい。物なのに意思があるみたいで、不思議でしょう。これが、ダンジョン協会の技術力デス』


 思いもやらない返答が返ってきてイツキは素っ頓狂な声を上げる。

 サキュバスもワクワクした様子でそれを見ていた。


『それでは、【魔王】イツキサマ。まずは決めていただきたいものございマス』


 目の前の、魔王になる男の情けない表情を黙殺しダンジョンターミナルは話を続ける。


「決めること?」


『ダンジョン名の登録をお願いしマス』


 まずは、である。

 ダンジョンの創造で一番重要な物だ。ダンジョンの顔。

 イツキは思う。


 自分はどういったダンジョンを創りたいのか。

 誰を目標にダンジョンを創りたいのか。

 

 雛が親をすぐ認識するように、目標は自然と認識してしまった。

 祖父のようなダンジョンを創りたいと。


 魔物が聞けば居住を羨み、冒険者が聞けば攻略を切望する。

 世界最強のダンジョン。


「なぁ、ダンジョンターミナル。名前は過去にあったものでも大丈夫なのか?」

『はい。あった物でしたら大丈夫です。いかがシマスカ?』

「そうか、じゃあ決まってる。ダンジョンの名前は、



――――『ラプラスの悪魔』だ!」



 それは、伝説のダンジョンの名前であった。イツキの祖父。今はもう無いダンジョン。

 イツキの決意は定まった。そして、サキュバスも強く拳を握りしめた。

 

 世界最強のダンジョン『ラプラスの悪魔』がどうやってできたのか。

 それは一人の【アークデーモン】と一人の【サキュバス】のちょっとした 【トラブル】 から始まったのだった。



『登録しまシタ!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る