第24話 相変わらずの、キミとぼく

「やぁ」


 軽く手を上げたぼくを、キミはむぅっとした顔でにらみつけてきた。

 しかし、長い付き合いのぼくにはわかる。あれは、とりあえず怒っている顔をしとかなければと思って頑張っているときの顔だ。

 つまり、内心ではもう許してはいたけど、既読スルーしてしまっていたのでひっこみがつかなくなっていたところにぼくが来たからほっとしたが、慌てて引き締めた状態が今の顔である。


「な、何の用?」


 つーんとわかりやすく顔をそらして、精一杯そっけなくキミが言う。つーんと言わなくなっただけ、キミも成長したのかな。


「そろそろ仲直りしようかと思って」

「あなたが仲直りしたいなら、してあげてもいいけど」

「うん、仲直りしたい」


 ぼくの言葉に、キミは満面の笑みになった。もう、にっこにこである。


「私、いろいろ話したいことがあるの」


 ちょっと手のひら返しすぎじゃない? びっくりするよ。いやでも、ここでまたヘソを曲げられてもめんど……困るしね。

 いつものベンチに、いつもの自販機で飲み物を買って、並んで座る。

 大学生になったキミは、制服ではないだけなのに、すごく大人びて見えた。

 そして、そんな大人っぽくなったキミの口から出るのは、相変わらずの予想外の言葉である。


「あのね、この間、合コンに行ったの」

「は?」

「友達に誘われて」

「あ、そうなんだ……」


 そうか、そうだよね。女子大生ともなれば、合コンくらい行くよね。うんうん、わかるー。


「それでね」


 カレシができたの!とか言われたらどうしよう。いやどうするもこうするも、おめでとうと言うのがぼくの役目だ。どんなやつだよ一度会わせてよ、なかなかいいやつじゃないかこれでキミのお守りも任せられるな、とかなんとか……うわぁ、一気に想像しちゃった。

 たとえもしそうなったとしても、行動に移すのが遅かったぼくが悪いのだし、付き合ったってすぐ別れるかもしれないし。


「ねぇ、聞いてる?」

「うん? あ、ごめん」

「もう! ちゃんと聞いてよ!」


 いつもならここでもうご機嫌ななめになるのに、今日はまだギリギリで保っている。すごい快挙だ。大人になったなぁ。


「合コン行ってね、私思ったのよ」


 キミは真剣な表情だ。


「合コンで会った男の子たちには、私、いつも通りにできないの」

「いつも通りって……」


 まさか。


「キライな食べ物お皿に移動させられないし、無糖のコーヒー間違えて買っても押し付けられないし、用もなく呼び出したり待ち伏せしたりできないし、思いついたことバンバン喋られないし……」


 そりゃあ、ぼくと同じようには接せられないでしょ。というか、最初は遠慮するのって普通だと思うけど。そうやって、少しずつ距離を縮めていくものじゃないの?


「そうなんだけど」


 キミはむぅっと眉間にしわを寄せた。そんなことはわかっていると言いたげだ。


「そうなんだけど、そういうのがちょっとわずらわしいっていうか」

「うーん……」

「めんどくさいっていうか」


 気持ちはわかるけど、そこを乗り越えてこそだと思うけどなぁ。

 少しでも自分をよく見せようと思わなかったあたり、参加した合コンに好みのタイプがいなかったんじゃないの? これはと思う相手がいたら、少しくらいは猫をかぶるだろうし。想像できないけど。


「でもこれって、私のせいじゃないと思うの」

「えぇ? じゃあ誰のせい?」


 キミにじっと見つめられて、ぼくは慌てた。


「ぼくのせい?」

「そう! いままで甘やかされてきたせいで、私、普通の男の子じゃ満足できないの!」


 言い方ぁ。

 甘やかしたのが悪いと言われればそうかもしれないけど、でもそれってぼくだけのせいかなぁ?

 けど、やっとキミにも甘やかされている自覚が出てきたのはいいことだな。他の男はこうも甘やかしてくれないと気がついたら、残る選択肢は多くないはずだ。


「だからね、私、決めたの」


 うんうん、何を決めたのかな?

 ぼくは失念していた。キミがいつだって、ぼくの予想の斜め後方に二回転半して着地するような思考回路の持ち主だってことを!


「あなたみたいに、遠慮なく甘えられる人を探すことにする!」

「え、そっちいっちゃう?」


 わだかまりがなくなったキミは、いつにもましてイイ笑顔である。

 それってさぁ、無理に探さなくてよくない? すぐ近くにお手頃なのがいるじゃん! 

 そう言ってしまえば話は早いだろうけど、なんか、まぁ。

 ゆっくりでもいっかぁ、と思うのである。


 ああ、悪友よ、ヘタレと笑いたくば笑うがいい。

 ぼくが望むのは彼女の笑顔だ。彼女が笑ってぼくの隣を選ぶまで、のんびり待つのも悪くないものだよ。

 でも、ひと言だけは言っておこう。


「フラれたら美味しい物でも食べに行こうか」

「なんでフラれること前提なの!」

「いっだぁ!」


 背中に平手打ちを食らって、ぼくは悲鳴を上げたのだった。

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キミとぼく 琥珀 @Eiri_k

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