第22話 ふ つ う

「普通の小説ってなんだと思う?」


 相変わらずの突然の問いに、ぼくは少し考え込んだ。普通の小説……普通?


「普通って何さ」

「だよね〜!」


 キミは腕組みをしてうんうんとうなずく。


「一昨日、友達と本屋さんに寄ったら、『普通の小説ってどこにあるの?』って言われて、私もびっくりしたの」


 ああ〜、それはびっくりする。なんと答えたらいいのか迷うね。


「でも、ちょっとだけ考えてみてよ。普通の小説って言われて、どんなの思いつく?」


 普通の基準なんて人それぞれだし、それでもあえて、ぼくが思う普通の小説っていうと……?


「うーん、今話題の小説とかかなぁ……? いやでも、そういうの興味ない人からしてみれば、話題とか関係ないし……誰でも知ってる小説ってこと?」


 何にしてもそうだけど、普通ってものはないとぼくは思っている。一般的なという意味で使われる場合もあるけど、『普通』を振りかざす輩はとても多く、うんざりしているのが実際だ。

 自分を正当化したいだけの『普通』なんてほんっとバカバカしい。


「普通なんて人それぞれだしねぇ、基準がないよ……」


 うなっていると、キミがぼくの顔を覗き込んできた。ふと、何かを思い出したような顔だ。


「私もね、普通ってなにさって思ってるのね」

「うん」

「でもね、この間、同じクラスの子に言われたの」


 その顔を見て、ああ本題はこっちかと気がついた。意識して話をしているつもりはないんだろうけど、こっちのほうが引っかかっていたのは確実だろう。だから、『普通』の言葉につられてでてきたんだろうな。

 先を促すと、キミは首を小さくかしげた。


「普通は付き合ってない人とそんなに頻繁に会わないよ、って」

「へぇ」

「そういうものなのかな……」


 そういうものも何も。


「キミはどうしたいの?」

「私?」

「うん。キミは彼氏でもないぼくと頻繁に会うのがイヤなの?」

「ううん、そんなことないよ!」

「じゃあ、簡単じゃないか」

 

 腕を組んで、ベンチの背もたれにもたれかかる。『頻繁に会うのが普通じゃないって言われたんどけどどうしよう?』って相談を、会ってからする時点で、答えは出てるようなものだけど。


「会いたいなら会えばいい。他人の言う『普通』なんて関係ないんじゃないかな」


 ぼくのセリフに、キミの顔がパッと明るくなった。


「だよね! 他人なんて関係ないよね〜!」


 一安心したのか、キミはニコニコと満面の笑顔である。他人の意見なんて気にしないタイプだと思ってたけど、違ったのかな。

 それはそうと、とぼくは話をもとに戻した。


「結局、『普通の小説』ってどんなのだったわけ?」

「あ、それがね」


 キミはその時のことを思い出してか、笑みを浮かべた。


「夏目漱石とか、太宰治とかだったの」

「あーなるほど……って、それ普通かぁ?」


 確かに、タイトルくらいなら誰もが知ってるから、最初にぼくが出した条件を満たしてはいるけれど。

 だがしかし。

 それって、普通なの?

 わからん。やっぱり、他人が言う『普通』ってわかんないや。

 ともあれ、いま言えることは一つ。


「でも、アレだね」

「ん?」

「キミ、頻繁にぼくと会いたいんだね」


 ニヤリと笑って言うと、瞬間的に頭に血を昇らせたキミに、思い切り背中をぶっ叩かれた。


「いっだぁ!」

「別に会わなくたってヘーキだし! だからしばらく会わないからね!」


 言い捨てて、キミは走り去ってしまった。

 ちょっとからかいすぎたかな……。

 謝ろうと電話をかけても、ご機嫌が回復するまではつながらず、これまでの記録を塗り替える最長3週間もの間、不通が続いたのでした……。

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