第15話 ピーマンの肉詰めは和食か否か

「私ね、世の中のお母さんって、とてもスゴイと思うのよ」

「そうだね?」


 今日の待ち合わせは、最寄りのスーパー前。エコバッグ片手に、キミは難しい顔である。


「ほら、毎日晩ごはんのメニューとか考えるわけじゃない? スゴイよね!」

「スゴイねぇ」

「しかも栄養バランスとかも考えてるんでしょ? スゴイ!」

「うん、スゴイスゴイ」

「……真面目に聞いてる?」

「ごめん、聞いてない」


 正直に答えると、キミの頬がぷぅっと膨らんだ。おお、スゴイ。

 というか、世のお母さん(というか毎日ご飯を作っている人)がスゴイのは認めるけど、それと現状がどう繋がるのか。そこが、なんとなぁくはわかるけど、わかりたくない気がしている。


「明日ね、お母さんがいないの」

「由美子さんが? めずらしいね」

「小学校の同窓会だって」

「へえ」

「初恋の人がくるらしいよ」

「……ほぅ」


 それはまぁ、初恋の人くらいいるだろうけど……ほぅほぅ。


「パパがそわそわしちゃって」


 キミはくすくすと小さく笑いをこぼす。


「気になるんなら、行くなって言えばいいのにね」

「いやぁ、言えないでしょ」


 心の狭いヤツだと思われたくないし。そんなの気にしてないよー、って顔して送り出すんだよね。すごくよくわかる。


「他の友達もくるのに、そんなこと言えないよ」

「そんなものかなぁ。嫉妬してくれてると、嬉しくない?」

「どうだろうね。せいぜい、遅くならないように、とか、飲みすぎるなよ、とか言うくらいが精一杯じゃないかなぁ?」


 ぼくの言葉に、キミが吹き出した。


「それ、パパが言ってた」


 ……あーそう。キミが思っていることはとてもよくわかるけど、お願いだから言葉にはしないでほしい。

 ぼくの切なる訴えが届いたのか、キミはやっと本題に入る気になったようだ。くるりと体の向きを変え、スーパーに厳しい目を向ける。


「まぁ、そんなわけで、明日は私が晩ごはんを作るの」

「がんばれ」


 平坦なぼくの応援に、キミがちらりと視線を向けてきた。


「でね、どんなメニューがいいかと思って」

「なんでぼくに聞くのさ。お父さんに聞けば?」

「パパはダメよ。私が作ったのならなんでもいいとか、なんなら惣菜買ってもいいとかしか言わないんだもの」


 あーたしかに言いそうだなぁ、あの人は。

 でも、ぼくに聞かれても困る。大学入学を機に一人暮らしを始めたとはいえ、自炊なんてほとんどしていない。つくれるメニューなんて片手ほどだ。


「たとえば何が作れるの?」

「ええと、チャーハンとか」

「チャーハン! いいね!」

「親子丼とか」

「親子丼もいいね!」

「あとは……ピーマンの肉詰め」

「急に難易度が上がった!」

「好きなメニューって作りたくならない?」

「なるぅ」


 この理屈でいくと、キミも好きなメニューなら頑張れるのでは? そう思って、提案してみたがキミの返答はこうだ。


「私が好きなのはシチューだけど、でも……パパは和食のほうが好きでしょ?」


 たしかに、大事な人を喜ばせたいってのも原動力になるよね。わかりみがふかい……。

 きみのあとについてスーパーに入り、買い物カゴを手に持つ。


「で、何を作るのさ」

「んっとね」


 ぼくを振り返り、キミはにんまりと笑った。


「ピーマンの肉詰めにしよ!」


 まぁね、この返答が来ると、ちょっと期待しちゃうじゃない? でもぼくは知っている。

 これは単に、このメニューならぼくに手伝ってもらえる、って期待している顔だ。いつもいつもその手に乗ると思うなよ……!


 翌日。

 作り方を1から説明して時々手も出して、キミが作り上げたピーマンの肉詰めを、ご相伴に預かるぼくがいましたとさ。

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