第7話 キミの声が聞きたくて
駅を出て、家までの道を歩く。なんとはなしに、まっすぐ家に帰る気になれず、途中で道を折れた。
よくキミと話をした公園に入り、ベンチに腰を下ろした。ぼんやりとしていると、キミの声が聞きたくなった。
スマホを取り出し、通話画面を開く。あんまり電話をかけないから、キミの名前は履歴の下の方にある。
タップすると、呼び出し音が聞こえた。
4コールで音が途切れて、キミの声が聞こえた。
『明日雨になると困るんだけど』
一言目が実にキミらしい。
「天気予報で雨って言ってた?」
『言ってなかったけど、電話って珍しいなって思って』
ああ、そういうこと。
「なんとなく声が聞きたくなったんだよ」
『なんとなく?』
「そう、なんとなぁく、ね」
キミが小さく笑った。かさ、と紙がこすれるような音も聞こえる。もしかすると勉強中だったのかもしれない。
「なにか話してよ」
キミの声を聞いていたいんだ。
ぼくの言葉を聞いて、キミは話し始めた。理由を聞いたりしないのがキミのいいところ。
『なんでもいいの?』
「うん」
『今日ね、有希子が言ってたんだけど』
頷くと、キミはゆっくり話しだした 。有希子ちゃんは学校の友達だっけ。仲がいいのか、よく話に出てくる子だ。
キミの声に耳を傾けながら、ポケットに入っている十枚以上の封筒を思う。
すべて、母が用意していたものらしい。
らしいと言うのは、両親が離婚してからぼくは母に会ったことがなかったからだ。母は、仕事が大好きで、ぼくのことは義母におまかせで、それが離婚の主な原因だと聞いていた。
離婚したとしてもぼくの母なのだから、と母の日にカーネーションを送っていた。返事やお礼の電話は一度も来なかったけど、今日まとめて受け取ってきた。
ぼくが送ったカーネーションより一つ少ない数の、封筒。母なりに考えて、毎年図書カードを購入していたのだそうだ。送られてくることはなかったけど、それでも毎年用意されていた。
今年送ったカーネーションには、図書カードは用意されていない。
『ねぇ、聞いてる?』
少し怒ったようなキミの声に、ハッと我に返った。パチパチと瞬きして考えを巡らせるけど、キミが何を話していたか、さっぱりわからない。
「ごめん、聞いてなかった」
正直に申告したが、案の定キミはおかんむりだ。
『なにか話してって言ったの、そっちじゃない! 聞いてないってどーいうこと!?』
怒られていても、つい笑ってしまう。
だって、最初に言ったでしょ?
「ただ、キミの声が聞きたかったんだよ」
一瞬の沈黙の後、キミはさらに怒り始めた。
『内容はどうでもいいってこと!? だったら最初からそう言いなさいよ!』
「言ってたらどうなってたの?」
『竹取物語を朗読した!』
なるほど、いまは古文の勉強をしてたってわけか。小さく笑って、ぼくは家に帰るために腰を上げた。
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