015 カルタ

疲れたしとちょっと昼寝をしてみたら、気付けば一日が終わっていた。

「……今日午後の授業無くてよかった」

日が落ちてしまっていた事は仕方がないので、潔く諦めてうーんと伸びをする。

なんだか凄く、スッキリしている。過去にないほど快調だ。特に体内を通う魔力が素晴らしく新鮮な透明度で──

「……ぁ、ひょっとして」

今回の『献血』で大量の魔力を消費した事により、身体には新たな魔力が満ちているようだ。

以前にクドルが言っていた大暴走を起こしてみた方がいいのではという説や窮屈そうだという表現が思い出される。なるほど。定期的に抜いて貰うのは私にとってもプラスかも知れない。

先輩は加減を間違えて摂り過ぎたと言っていたけど、スッキリするためにはこのくらいが良さそうだ。

需要と供給が一致した。これは最早断る理由がない。



一連の発見をルエイエ先生に報告する。

先生は複雑な表情で聞いていたが、説明を終えるとひとつ頷いた。

「なるほど。見誤っていた。君は僕たちとは違う」

洩らされたその言葉に、そっと心臓が冷えた。

「きっと生成される魔力量がとても多いんだろう。魔力消費を抑えるような扱い方を教えてしまったのは誤りだったな。すまない」

「えっ あ、いえ!そんな…!」

線を引かれてしまったかと思ったが、受け取り間違いだったようだ。

「クドル君は問題ないようだから、やはり複製機能と原本とでは出力差もあるのかな」

「えっと…」

「ああそれとも、最後の暴発で生成機能を一部壊して生成量を身体に合わせて落としたのかも知れない」

「あの…」

ぶつぶつと呟き続ける先生におずおずと声を掛ける。

「ああすまない、思考に夢中になってしまった」

先生は視線を私に戻した。

「カルタ君だね。うん、魔力を糧に出来るとは。人喰種の内でも、吸血種は玄獣に近い存在なのかも知れないな」

玄獣。玄力を扱う獣。生物というよりはエネルギー体に近く、未だ多くは解明されていない存在だ。

「君も大概そっち寄りかも知れないが」

玄力を扱う獣だから玄獣。ならおまえらは魔人だな――なんて言っていたのはスナフ先生だったか。

「玄獣も、繁殖しない個体程力が強かったりするからね」

ああなるほど。唯一個体。例えば各国の守護獣なんかは個体名が種族名だ。同じ形、同じ性質の個体は他に居ない。対してコルードやドレイクは群れをなす程数がいる上、近似種も多い。個体として比べればどちらが強いかは明確だ。

「ギブアンドテイクの関係を構築するのは悪いことじゃない。君たちが決めた事であればそれでいいさ。ただ、まぁ…前例の少ない事例だ。何が起こるか解らない。充分気を付けるように」



こちらから話を振らないからだとは思うが、マキは例の件に関して何も言ってこない。今までの感じから言って絶対耳には入っていると思うけど。

「マキはさぁ、学びたい事学び終わったらどうする?」

「塔下街に店開く」

「え!?」

即答すぎてビビる。

「店って?」

のんびりとジユウが尋ねる。こうして三人でマキの部屋でだらだらするのも実は久し振りだ。

「小料理屋か、バー」

がばっとジユウが体を起こして目を輝かせる。

「すげーいいじゃんそれ!肉!おれあの肉がいい!」

「いやまあ出すとは思うけど、気が早い」

小料理屋は凄くイメージ湧くけど、バーか。そういえばマキは最近偶に酒も造ってる。こないだはこの部屋でワイン様のモノを造っていた。錬金術師なので蒸留酒もお手の物だ。

「うーん、でも料理メインの方がいいと思うな」

「店出す頃迄には技術も身に付いてる筈だから」

ワイン様のモノはあくまでワイン様のモノで、ワインと言うには少し厳しかった。まあ部屋で造ろうというのがそもそも難しい。

「まあ実際、本当に酒造って提供しようと思ったら色々要るし…免許とか手続きとか。ちょっと面倒臭い」

色々考えて調べてるんだなぁと感心する。

「その頃にまだやる事なさそうだったら雇ってあげてもいい」

「うわ…お願いするかも知れない…」

だってそれは、凄く楽しそうだ。



「って!今まで考えた中で一番想像し易くて且つ楽しそうでした」

先輩はいつも通りニコニコと話を聞いてくれていたが、ちょっとだけ困った顔をして言った。

「それは、俺はフラれてるのかな…?」

「あ、先輩も一緒ですよ。先輩と私の需要と供給は一致したので」

「…うん、話を聞こうかフィアちゃん。ちょっと伝わってこない」

先生に話して本人に話していなかったという事実に気付いて慌てて説明する。

「つまり――、食事は提供してくれるけど、それ以上ではない――と?」

「それ以上って…だって、食料としてしか私に興味ないでしょ、先輩」

先輩は一瞬目を見開いて、すぐにちょっと怒ったような表情を作った。

「…どうして?」

「どうして、って…」

どう見ても『そう』だからだ。

最初から何かずっとあった違和感は、正体を知って暫く観察していたら氷解した。

先輩は私に限らず全てのヒトと一線を引いている。『恩人』と呼ぶ先生にすら。根本的に違う生物だと、先輩の方から線を引いている。見た目はニアミよりもずっと人間に近いのに、中身はきっと遥かに人間から遠いのだろう。

「『演技が下手だ』って、ウイユ先生に偶に言われるんだ。そういう事だったのかな。…恐い?」

「怖くはないですよ」

それを本人も何処かで理解しつつも、先輩は人間であろうとするから。

「あとなんとなく勘違いされていそうですけど、私先輩の事好きですからね。だから、一緒にいましょう」

先輩は額を抑えて天を仰ぐ。溜め込んだ息を吐き出すように、深く低く呟いた。

「フィアちゃん…信じて貰えそうにないけど、俺も君の事、すごく好きだよ…」

「そういうことにしておきます」



色んな答えは結局出なくて、全て先延ばしにしてしまっている。

ラベゼリンに突き付ける答えは見付からないままだけど、わくわく出来る未来を見つけた。きっとすぐにまた同じ様な事をグルグル悩み始めて、堂々巡りは続くんだろうけど、今はこれでいいかなと思えた。

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コクマの塔 炯斗 @mothkate

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