014 カルタ

「スナフ先生に縁談持ちかけられました」

笑い話のつもりでそれを伝えると、ルエイエ先生は笑顔を保ったまま数拍黙って、

「それは…ナナプトナフト先生と? 君の?」

「違いますよ!進路に困ったらクドルに面倒見て貰えって」

「あぁ良かった。処分しないといけないのかと思ったよ」

え。コワイ。ルエイエ先生が凄い怖い笑顔だった。

「…冗談だとも」

ガクブルする私に気付くと、ぷくっと頬を膨らませた。一転カワイイ。

「クドル君は国の誘いを断ったそうだね。彼なら行くかと思っていたが」

「最初は行こうとしてましたけど。考えを改めてくれてよかったです」

先生は私を見て「ふむ」と洩らした。

「生涯のパートナーを決めるにはまだ少し早いのではとも思うが、本気なのなら止めはしないよ」

「え。先生、私もクドルもそんな気ないです」

「そうか。まあそういう話になった時は、僕にも報告してくれ」



はぁ、と深く息を吐き出しながらテーブルにつく。休憩室のお茶は日替わりで置いてあるものが違う。今日のはリラックス効果のあるハーブティーだった。吐き出した分、良い香りを吸い込む。

将来ややりたい事についてずっと悩んではいるものの、最初から揺るぎなくひとつ決まっている事がある。私の人生には、結婚する予定は入ってない。

「悩み事?」

「進路について」

「ふふ、フィアちゃんが悩んでる時はいつもそれだね」

当然のように正面に座って、私の手を取る。

「そんなに決まらないなら、フィアちゃん、俺のパートナーにならない?」

「先輩もですか」

「も?」

思わずまた溜め息が漏れる。

「求めて貰えるのは嬉しいですけど…」

「いや待って。もって言ったでしょ今。何? 聞かせて?」

「聞かないで下さい」

「えー」

先輩はテーブルに突っ伏して、上目遣いで此方を見てくる。

「…俺たちはさ」

ポツリと、ギリギリ聞き取れるくらいの声量で先輩は話始めた。思わず耳を寄せる。

「肉喰いと違って、元々人を殺さなくても生きていけるんだ。死なない程度に血を分けて貰えれば。でも、相性のいい『伴侶』を見付けたら、もっと少量で生きてけるんだよ」

そう言うと、先輩は突然表情をイタズラな笑みに変えた。

「ちょっと味見させてみない?」

「禁じられてるって言ってませんでした?」

呆れて顔を離す。

「無節操に誘ったりしてないよ。伴侶になれたらいいなぁと思うのは、フィアちゃんだけ」

またそういうことを言う…。

「本気なんだけどな。…運命の相手を見付けられなかったらさ、一生あの研究室のお世話にならなきゃいけない」

「そう言えば、どういう経緯であの研究室に?」

「あっ。ちょっとは俺に興味でた? 嬉しいね」

別に今までも興味がなかったワケじゃない。誰へでも、自分から話してくれる以上の事へ踏み込むのは気を付けているだけだ。

「言いたくない話ならいいですよ」

「ふふ。プロポーズした相手に、そうそう隠し事はしないよ」

にっこり笑って頭を起こす。

「でも、あんまり聞いて楽しい話じゃないのは申し訳ないかな」


冬の、寒い日だった。

北国の山地であるワーナーの冬は厳しく、多くの人は本格的な冬が来る前に入念な準備をして冬篭りをする。

それで『食糧』が足りなかったのか。母は街中で狂化して、二人ほど喰い殺した。干物のようになった死体の顔を今でもよく憶えている。

流石は塔の下街で、直ぐに塔から魔術師が下りてきた。一瞬で母は『駆除』されて、共に居た子も処分されるところだった。


「だけど、他の魔術師たちや役人を言い包めて助けてくれた人が居てね。それがウイユ先生」

だから彼は恩人で、最初から自分がどういう生き物か解った上で適切に接してくれる理解者で、人間社会での生き方を教えてくれる師だと言う。

「あの人癖が強くて胡散臭いから敵多いけど、オレにとってはいい先生だよ」

「でも、逃げたいの?」

その問いに先輩は暫し唸る。

「逃げたい、というのは語弊があるけど…ずーっとお世話になりっぱなしなのはやっぱりちょっとイヤかな。意に反しない形で親離れはしておきたいね」

そこで私か。

「先輩ひょっとして、魔力も食べれる?」

「そう、多分だけどね。察しがいいね」

直接血を吸わなくても、触れるだけで魔力が流れる。それを少しだけ糧に出来る。なるほど。執拗に口説かれていたワケだ。魔力持ちは希少で、そうそう出会えない。これを逃す手はない。

「フィアちゃんと会ってから、食事のペースが延びたから。ひょっとしたらと思って」

「だから味見したいと」

「そうそう」

考える。

「ねぇ先輩。恩人だなんて言うけど──ううん、いいや。はい」

「 ぇ?」

差し出された腕を見て先輩は間の抜けた声を上げた。

「殺さないでね」

「………フィアちゃん、君本当に…」

呆然と洩らした後、覚悟を決めたように笑みを作って見せた。

「傷付けたりしないよ」

手首の内側に唇を押し付けられる。そこから血管に沿うように上がっていく。妙な気恥ずかしさと、温かな感触と──ゾッ、と。何かが奪われる感覚。

時間にして僅か数秒。先輩は唇を離すと、ペロリと舐めた。

「ぁあ本当に──血を吸わなくてもいいんだ…」

「…先輩、結構持っていきましたね…?」

恍惚とする先輩とは対照的に、私はグッタリしている。

「ごめんね、実は生体相手は初めてで…加減を間違えちゃったかな…」

ごちそうさま、美味しかったよと優しく微笑む。

「…大丈夫? 貰いすぎちゃったかな」

確かに一授業終えた時よりも疲れた感じがあるが、それくらいだ。実際血を抜かれたわけじゃないし、痛くもない。

「…この程度なら、頻繁じゃなければ…まぁ」

「ふふ。様子を見ないと解らないけど、この感じならひと月くらいは保ちそうだと思うなぁ」

なんて燃費のいい!

「これで俺は完全にフィアちゃん一筋なんだけど、どうする?」

「どうするも何も。意外と腹保ち悪いかも知れませんよ。様子を見ましょう」

「そっか。ふふ。ありがとう、フィアちゃん」

さて。これは…。

誰にも相談しない方がいいように思うが、此処は休憩室。たぶんアイツは、もう知ってるんだろうな。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る