013 クドル

「クドル、ちょっと来い。…おまえも一緒か。まあいい」

スナフ先生に呼び出されたクドルにくっついて、研究室にお邪魔した。先生は研究室の奥の個室までずんずん進んでいく。どうにも機嫌が悪そうだ。クドルと目を合わせる。ふたりとも特に機嫌を損ねるような事をした覚えはなかった。


どかっと椅子に腰を降ろした先生は珍しく神妙な顔をして、机上の書類をクドルに差し出した。

「おまえ宛だ」

「手紙…?」

立派な封筒に焼き付けられているのは。

「国章…!」

「どう答えるかはおまえ次第だ」

恐る恐る手紙とクドルを覗き込む。

「なんて…?」

「…治安維持部隊からのスカウト」

書面から目を離さず返された答え。自分でも頭に血が上っていくのが分かった。

「行くわけないだろ!元々あっちが切り捨てたのに!」

「…決めるのはクドルだ」

いつもなら一番激昂しそうなのに、先生は反対しない。難しい顔をして、余計な事を言ってしまわないように我慢している。

「考えさせてください」

クドルはいつも通りの全く考えが読めない表情で淡々とそう言った。

「そうしろ」

これ以上言う事は無いと、先生は手を振って退室を促した。

私も何も言えないまま…それでもクドルの後を追った。


国からのスカウトだなんて、聞こえはいいし、実際凄いことだけど。

相手はクドルを捨てた奴らだ。

塔の方針転換に伴い、前学長と共に塔を去った攻性術士たちからなる軍属部隊。それが、宰相の私兵とも揶揄される『治安維持部隊』だ。名称の割に、何をしているのか判然としていない。

「フィアは反対なの? 待遇はいいし、今は戦時下でもない。そこまで危険な職でもないと思う」

当の本人は小首を傾げて「何が不満なのか」と不思議そうにしている。

「いや、だって…!だって…」

私が口を出すべきことではない。先生だって我慢してた。こんだけ強くなったぞざまあみろ、と胸を張ってスカウトに乗るのもいいのかも知れない。

でもなんか、凄く悔しい。結局良い様に利用されている気がしてしまう。

今更だろとか。美味しいトコ取りじゃないかとか。

「なんで、本当今更…」

思わず漏らすと、クドルはまた不思議そうにした。

「攻性術成績トップだし、他の授業の成績も大体上位だし、自分は覚えていないけど面識もあるなら不思議じゃないと思う。以前自分が育ててたものが使える程育ったのなら手元に戻そうというのも道理では?」

「じゃあ感情論抜きに冷静に考えて、使い難いからポイしたものが他人の手で便利に作り変えられてたからってまた欲しがる奴が、その道具を大切に扱うと思う? メンテが出来ない奴は道具を使う資格はないんだよっ」

クドルは3度瞬きして

「なるほど」

酷く納得した様子で頷いた。

「…ぅ…ごめん。私が狂わしたクドルの人生だ。また私の所為で歪ませるわけにはいかない。今度こそ自分の考えで進んで…」

「違うと思う」

「え?」

クドルは真面目な顔で目を合わせてきた。

「フィアはそれずっと気にしてるけど、多分自分はその時も自分で選んだんだ。狂ってなんてない、選んだ結果の現在だ」

それに―、と言いかけてクドルは口を噤んだ。

「?」

何か理解できないものを見つけたように。何度も首を傾げた。

「クドル?」

「あ、うん。それに、自分の何割かはフィアと同じもので出来てると思うと――むず痒い。けど。この感覚は、違う道を選んでいたら得られなかっただろうから」

とても、大切だ と。

瞳を閉じて囁くクドルの表情は。

「クドル」

「?」

ぎゅっと両手でクドルの顔を挟む。

「??」

「クドル、笑った…初めて見た!」

「???」

全開の笑顔ではないけれど。優しく微笑んだその表情は感情の発露だと思う。

「フィア。明日、先生に答えを言いに行く。ついて来て」

「…うん。どうあれ、クドルの考える未来を聞かせて」



「熟考の結果、今回の話は断ります」

「……理由を聞かせろ」

先生は今日もやはり不機嫌だ。

「やるべき事とやりたい事の量の差です」

先ずクドル本人は地位や名誉や財産への欲がない。攻性術の実戦、最前線には興味があるが、言ってしまえばそれだけである。

「それに、『道具のメンテナンスが出来ない者にそれを扱う資格はない』。その通りで、公的な待遇は良くても、内部での扱いはあまり良くないだろう事は想像に難くありません」

それ、本当に響いてたんだなとちょっと体温が増した。

先生はジト…と睨むようにクドルを見たまま。

「本当に、それでいいんだな」

クドルは迷いなく肯いた。

「それに。自分が居なくなったら、誰が先生の面倒みるんですか」

先生は暫し目を見開いて、苦々しく言った。

「それは理由に入ってないだろうな」

「いくつかの『やりたい事』のひとつです」

しれっと答えるクドルに私も思わず目を向ける。

「おまえが冗談も言えるようになったと思っておく!では断りの返事を書くぞ。後悔しても遅いからな!」

シッシと退室を促す先生を見るクドルの表情は、柔らかな笑顔だった。


「で、おまえは…ああ、進路を決めたか?」

「いえ。でも就職先はまだいいです」

クドルだけ先に退室して貰って、私は残った。

「そうか」

「先生、ほっとしました?」

先生は嫌そうに顔をしかめたが、溜め息とともに肯いた。

「まあ、正直な」

ガリガリと髪を乱すように頭を掻く。

「あいつは最近偶に笑うようになった」

「はい。吃驚しました」

凄く優しく微笑むのだ。あれは心臓に悪い。

「このタイミングでスカウトだなんて、握り潰してやろうかと思った」

スナフ先生にしては、本当によく我慢したなと思う。

「なんにしろ、あいつが笑うようになったのはおまえの影響なんだろう。…おまえ、幾つだ?」

「? もうすぐ19ですね」

ふーんと洩らして

「あの通り欲のないヤツだが、結婚するなら歓迎してやるぞ」

「  」

何を言い出した。

「将来の展望が無いんだろ。どうしようもなくなったらクドルに飼って貰え」

そういう意味での結婚はお断りします。


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