012 マキ

「あんた、本当に論文書くの下手だな」

「うぐ」

主題を変えて書き直した論文を読み終えたマキは盛大に溜め息を吐いて顔を上げた。

適切にアドバイスを貰いながら修筆していく。

ほぼほぼ全直しの勢いだが、修正点以外への反応がない。

「…マキちゃん」

「何」

「驚きとか、ない?」

「構成の下手くそさには十分驚いてるけど」

ぐぬぬ。

告白ついでの校正依頼だったのに、内容に関する反応が無さすぎる。

「魔力持ちは希少らしいんだけど」

「知ってるけど。──ああ、隠してたんだっけ?」

バレバレだった、ということらしい。

何でも知ってるなコイツ。なんか悔しい。

「隠してたよ!だから謝ろうと思って!ごめんなさいね!」

キレ気味に謝ると、マキは心底怪訝な表情をした。

「謝られる意味が解らない」

「なんか騙してたみたいな気持ちがあるからだよ、こっちがスッキリするの!」

「あっそう」

納得したのか諦めたのか、マキはそれ以上突っ込んではこなかった。

「そういや、スナフの研究室に入るんだって?」

「──だから、なんでそういうの知ってんの?」

この人付き合い皆無そうな研究者が、どうしてこうも耳敏いのか。

「別に、ちょっと聞いてりゃ色々入ってくる。皆場所も弁えず好き勝手話してるだろ」

地獄耳なの?こわ。

「てっきり幻術の方に進むかと思ってた」

「あーうん、何にも考えてなかったんだけど、なし崩し的に…流れで」

マキちゃんの座った目が怖い。

視線を外したままでいると、論文を読み終えた時よりも更に大きな、長ぁい溜め息を吐かれた。

「いや、うん、今回は。今回は流石に私もどうかと思った。でもなんか、外堀が埋まってて。考えてみれば強固に抵抗するほど嫌ではないかな、って…」

スナフ先生は結構傍若無人の我儘プーだけど、嫌いではない。意外と好きだ。研究内容は熱系攻性術だけど、理論上の大術を追い求めるもので実践的に人を傷付けるタイプではない。…というのも、キレイゴトではあるが。でもまあ、お手伝いも楽しいし、熱心に研究する様は応援したくなる。

「スナフがロマン主義なのは解ってる。それで『置いていかれた』んだからな。でも、あんたはその研究手伝ってどうする気なの。研究者になんの?」

研究者になりたいのかと言われると、どうだろう。先生みたいに熱心に打ち込める研究に出会えるかどうか。取り敢えず今はそんなものはない。そもそも論文もまともに書けない身で研究者は難しい気がする。

「幻術で気儘に食べていくってのも、悪くない夢ではあったけど」

「それも刹那的だけど、あんたにはそっちの方が似合ってる気はする。今なら遅くないんじゃないの」

そんなに反対されるとは思ってなかった。

これはどうしたものか。



「おいフィア、学長とどういう話をしたんだ!」

顔を見るなり、スナフ先生は食ってかかってきた。

「え? どういうって…言われても」

「むちゃくちゃ絡まれたぞ」

ナニソレ見たい。

しかし、もうルエイエ先生からスナフ先生へ話が回ってしまったのか。これは断り難くなった。

「それで、論文は出来たのか?」

「あ。はい!」

マキちゃんに改稿を喰らいまくった渾身の一冊を差し出す。これでダメなら打つ手はない。

「――…ふん。まぁ可だな」

「やった…!」

「可で喜ぶな!そもそもおまえ、コレ殆ど他人に書かせてるだろう」

「アドバイスを貰っただけです!」

何か言いたそうに睨まれたが、胸を張り通す。自分で書いたもん。

「まぁいい。だが、そいつは一生おまえの面倒をみてくれるワケじゃないぞ」

そりゃあそうだ。

いつまでも頼ってはいられない。

それは、解っている。

「勿論ぼくもだ」

「えっ」

「えってなんだ。もう上級の範囲も教え終わってる。なんとか論文も仕上げられた。ぼくからの授業はこの辺でおしまいだ」

空いた口が塞がらない。修了?

「これ以上は研究の域だ。おまえ、ぼくの研究に興味あるのか? ないだろ」

「え、だって、手伝ったりしたのに」

ここで突き放されるとは思ってなかった。なんか寂しい。

「なんだ、うちに来るつもりだったのか? やめとけ、向いてないぞ」

猫の手でしかなかったなんて!

望まれているなんて傲慢だった。寂しい以上に、凄く恥ずかしい!!

「言っておくが、おまえは攻性術士としては破格だ。その途に進む気があるなら就職先を斡旋してやる。だが、性格的に恐らく実戦は向かん。考えておけ」



「…と、いうことで。振り出しに戻りました」

マキは何とも言えない可哀想なものを見る目を向けた後、

「良かったじゃん」

と私の肩を叩いた。

「良かったのかよくわかんない!悔しいような恥ずかしいような寂しいような全部なんだけど!」

まぁまぁ、とおざなりに慰められる。と思ったら。

「塔に来る人間は、大概なんらかやりたい事があって、それを満たす為に必死で勉強して入学してくるんだ。アンタはなんの為に此処へ来たんだ?」

唐突に人の弱点を責め立ててきた。

例えば就職する為。研究する為。単に、知識欲を満たし続ける為。

私には見つからない『やりたい事』を皆持ってる。

ああ、でも。「なんの為に」と問うならば。

自分の意思ではなかったが、私にも入学した目的があった。

「………魔力を制御するため」

「そうなんだ。それはまだ達成されてないの?」

「……凡そ、出来てる」

「であれば、他に目標がないんなら、無理に居続けなくてもいいんじゃないの」

塔は魔術師養成所だが、卒業は必須ではない。在籍し続けるのも、就職先を見つけて籍を外すのも個々の自由だ。というか半数以上、殆どが卒業はしない。卒業試験は大変な難関で、そうそう証書は貰えないのだ。

「別に無意味に居続けるなら辞めろとかそういう事を言ってるんじゃないから。そういう道もあるって、考えた事なさそうだなと思って」

「…見限られたかと思った…」

「ごめん」

わざとらしく作られたすまなそうな表情に頬を膨らませつつ、ふと尋ねる。

「そういうマキちゃんは、何がしたくて入ってきたの?」

「訊くような事じゃなくない? 錬金術を本格的に学ぶ為。知識欲を満たす為」

マキちゃんは初めから目的がはっきりしていた。迷いなく錬金術を学ぶ道を邁進している。羨ましい。

「なんだかんだ言ったけど。何に急かされているわけでもなし。もっと気軽に悩んだら?」

「――…そうだね」

やりたい事…だけじゃなく。やるべき事についても考えないといけなかったんだ。

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