011 ルエイエ

「おまえは発想力がない!」

3年目の晩春、スナフ先生は私に人差し指を突き付けてそう言った。

「力量は今や申し分ないが、応用が効かん。このクソつまらん論文は何処にも出せん」

3度めのリジェクトに流石に項垂れる。

知識の必要な科目を避け続けた結果、私の天敵は論文になっていた。因みに去年も8度書き直した。それを考えればまだ3度め。とは言え、去年の轍を活かして頑張ったつもりだっただけにダメージは大きい。

今更研究内容自体を変えるわけにもいかないから、書き方を工夫して凌ぐしかないのだが。

「先生、せめて建設的なアドバイスを…」

「これのか?……主題を変えろ」

「今更!?」

「やってきた結果はそのまま生かせ。論点をすり替えろ。そうだな…『魔力を用いた場合の魔術効果と効率』とかでどうだ」

なるほど。魔力を扱えるのはアドバンテージと取って、確実に他者と競合しない論文にする。

「私が魔力使うのバレちゃうじゃないですか」

「それこそ今更だろうが。最初におまえが暴発した時点で周知の事実だ」

そうだったのか…。

「おまえの使う術にはそれくらいしかオリジナリティがない。イヤなら何か考えろ」



最近はクドルのお陰もあって全く暴発を起こさずに済んでいる。危なげな事があっても、クドルが未然に調整してくれる。

クドルの魔力生成に私の情報が使われていた事を謝りに行ったら、それなら、と同調を使った私の魔力調整をしてくれるようになった。本体より扱いが巧いのだから参ってしまう。

「うー。クドルはどんなの書いた?」

「『熱系攻性術における威力向上のための一手』」

因みにクドルは今年も一発で優を貰っている。出来が良い。

「フィア、文章も下手だけど内容も薄いから。先生のアドバイス有用だと思う」

淡々と酷評してくる。

「ぐぬぬ」

「魔力を持ってる事、知られたくないのはどうして?」

「それは──」

確かに、考えてみればもう隠す理由はそんなにない。塔の人たちは良くも悪くも他人には無関心で、自分の知る事実に重きを置くから噂にも踊らされにくい。私の暴発も、クドルや先生たち、対処出来る人が何人もいる。でも

『あまり公言しない方がいい』

「………。ちょっと、相談してみる」



「おや、貴方は…」

学長室の扉の前には、講師が二名立っていた。

ひとりは術史学の先生。もうひとりは、授業を受けたことはないがよくルエイエ先生と一緒にいるので顔は知っていた。

「フィアくん、だったわね。学長に用?」

「では我々は後にしましょうか」

「あっ、いえ!ちょっとした相談で大した用事では──出直します!」

タイミングが悪かった。

逃げるように引き返す。

なんとなく、ウイユ先生の所為…というわけでもないけれど、ルエイエ先生と私の関係性を知っている先生には少し警戒してしまう。無駄に失望されたくもないし。

「待ちなさい」

呼び止められてビクッと立ち止まる。

「我々も急ぎの用ではないし、お先にどうぞ。君が訪ねて来ていたのを帰したと知られれば、学長が拗ねてしまうからね」

冗談めかした台詞に呆気にとられる。学長が…拗ねる??似つかわしくない表現だ。しかしそこまで言って先を譲ろうというのならこれ以上は断り難い。

「……すみません。それでは」

笑顔で背を向けるふたりに頭を下げて、扉をノックした。


学長に論文の…というか、魔力の公表について相談すると、あっさりと許可が降りた。

「君の事だ、君の思うようにしなさい。相談してくれた事は嬉しく思うよ」

「は、はい…」

「ただ、やはり魔力を持った人間は希少だからね。公にする事で、変に近寄ってくる者も居ないとは限らない。十分に気を付けて欲しい」

先生はどこかそわそわしている。

「先生?」

声を掛けると、暫し押し黙ってから、思い切った様子で口を開いた。

「僕が君の後見人だという事も同時に公表してはダメだろうか。いや、君の迷惑になりかねないとは承知なんだが!」

目が点になる。

いやそれは。正直魔力を持っている事よりも変な虫が寄ってきそうなのだが。

「…そうか? …そうか…」

ああっ、しょんぼりさせてしまった…!

私がアワアワとたじろいでいる間に持ち直した先生は少しだけ口を尖らせて弁明をした。

「クドルくんが平和に学生生活を送れているのはナナプトナフト先生が目を光らせてくれているからというのもあってね。僕も君を守れればと思ったんだが」

拗ねている。

「先生。先生には既にとってもよくしていただいてます。なのに関係を隠すようなマネは本当に申し訳ないのですが…ないのですが!先生の名に恥じない生徒にはなれそうもありません…お互いの為にも、すみませんが…」

「君がそういうのなら、無理強いは出来ないな。ただ、僕に迷惑にはならないよ。そこは否定させてもらう」

頭が下がる。

「仕方ない。処で君、ナナプトナフト先生の研究室に入るのかい?」

「え?」

そういえば楽しくてずっと特別授業を継続しているが、考え有っての事ではなかった。

「あれ? だって論文も書いているんだろう?」

おっと?

「彼の研究の手伝いもしていると聞いているよ」

そういえば偶にさせられている。

「であれば、先生にはフィア君の保護も頼もうと思うんだが」

どうやらいつの間にか囲い込まれていたようだ。

楽しいから、いいと言えばいいのだが。

これは流石に、流されすぎているのではないだろうか?





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