010 ジユウ

驚きを驚きで上塗りされて少しだけ忘れていた。

ウイユ先生はどうやって『私の構成情報』を手に入れたのか。…どうやっても何も、入手経路なんて2パターンしかない。どちらであっても、なんとなくショックだ。

…いや、端から「研究体として」と言われていたじゃないか。

「───…ふぅ」

シャワーを止める。

こういう時は、猫を撫で転がしに行こう。



ふらっと塔内を歩けばいつもならすぐに見つかるのに、今日に限って全然見当たらない。

本当に猫というものは思い通りにならないものだ。

「………」

めげてきた。

元々そんなに元気はなかったし、もう諦めよう。そもそも今日のジユウは猫型じゃない筈だ。そうだ。でっかい男を撫で転がしても元気にはなれない。なんてことだ。やはり判断力に異常をきたしていたのだ。

会う前に気付けて良かったと踵を返した。



「おっ、フィアだ~」

「…おまえ本当…そういうヤツだよな」

「?」

寮のエントランスを過ぎてすぐ。

ジユウは現れた。

「まあいいや。ちょっと部屋寄ってかない?」

「えー、今のフィア楽しくなさそうだし、いい」

気分の落ち込みを感知して避けてくるとか本当猫。

「楽しくないから撫でさせろって言ってんの。ほれ来い」

「や~~だ~~」

ずりずりと引き摺って部屋まで持って帰った。



暫く無心に頭をわしわしと撫で回してみたが、やはり違うと思う。

「…猫になれない?」

「ムリかな~」

無言で撫で回されてくれていたジユウだが拘束が緩んだ隙をついて私から距離を取った。

「なんなの突然」

「いや…ちょっと」

これ以上無理強いする気にはなれず、諦めて手を下げる。

今は無い筈の尻尾がブンブンと凄い勢いで振られている画が見える気がした。

「チーズ出すから許せ」

「ミルクもつけてよ」

「…あったかな」

要冷蔵品はあまり常備していない。

冷蔵庫を覗くと、見覚えのないミルク瓶がひとつ入っていた。

「ジユウが入れた?」

「うん。こないだ来た時」

「ああそう」

まあジユウの物なら好きに飲めばいい。

しかしチーズとミルクって。いや良いなら良いけど。


「うま!」

「それはよかった」

ぺろりと口元を舐める様を見て、ふと疑問が湧く。あの舌、人型の時もザラザラなんだろうか。

「そういえばジユウはさ、どうして塔へ?」

「ん? 入学式の時言ったじゃん。金を稼ぎに」

あー、そういえば言ってた。

「でも、なんで塔へ」

お金を稼ぐだけなら他に幾らでも方法はある。確かに塔で専門職に就けば高給取りになれるだろうが、道程が長いし、確実でもない。そういう職に就くにはかなり勉強しないといけないし、競争率もそれなりだろう。

「おれ頭は良いみたいだったから」

「おっしゃる通り」

特待で塔に入れるくらいに出来は良い。魔術に関しては。残念ながら働きに出られるほどの社会性が足りない。

「そう。だからそういうのもまとめて学んで来いって」

「なるほどね~」

全然鍛えられてないけどどうなんでしょう。

「でもさぁ」

くたっと肩を下げて、ジユウはテーブルに顎を乗せた。

「ホーマサスは、嘘が多い」

「…ニアミは嘘吐かないの?」

「吐かない事ないけど、ホーマサスは多い」

疲れる、と欠伸をするように吐き出した。

そうか。能天気にしか見えないジユウも不自由に感じる事はあるんだ。

「ジユウは人の嘘が解るの?」

「なんとなくだよ。嘘言ってるな、とか誤魔化してるな、とか」

見抜こうとしなくてもなんとなく解ってしまう。確かにそれじゃ疲れるだろう。人間社会なんて嘘と誤魔化しがなければ成立しないくらいだ。

「だから、マキとフィアは好きだよ」

「ん。それは褒められているのかどうか」

褒めてるとジユウは言うのでそう言う事にしておく。

でも、そうか。やっぱりマキは裏がないんだ。それにはひどく安心した。

「…ひょっとして、さっき嫌がったのは」

「うーん、だってフィア、なんか誤魔化してた。ああいうのは気持ち悪いからイヤ」

なるほど。

ジユウのいう嘘・誤魔化しはなかなか広義のようだ。自分の気持ちや考えを漠然と誤魔化していることも見抜いてしまう。猫怖いな。

そしてそれを感じた上で、ジユウは何も聞いてこない。単に本当に興味がないのかも知れないが。

「ジユウ、やっぱちょっと撫でさせて」

「や~だ~よ~」



「あぁ、ジユウ君は…種族特性も勿論あるが、それを差し引いても観察力が高いからね。ホーマサスの社会はさぞ生き辛いだろうとは思うが、よくやってる」

ルエイエ先生はジユウをそう評した。

いつもの定期報告。当たり障りなく雑談から始めた。

「訊きたい事があるのでは?」

「―――はい」

やっぱりバレバレで、なかなか切り出せない私に先生の方からチャンスをくれた。

本当は、訊こうかどうか悩んでいた。出来たら後回しにしたい、そう思っていた。

「クドルの…事を、ウイユ先生から聞きました」

先生は無言で一つ頷く。

「私の構成情報をコピーして魔力を扱えるようにされたって」

「された、というのは君の主観だね。クドル君は全ての危険と可能性について説明を受けた上で、自ら納得して施術を受けたと聞いている」

そんなの。戦時中に戦争に行く兵士みたいなもので。当時の状況下では半強制の『自主的』だろう。

「まあそこは前時代の問題だったとしても、塔として勿論補償は出している。君が引っ掛かってるのはそこではないね」

「私はウイユ先生とはこれまで面識はありませんでした。自分の情報が知らない間に知らない人によって武装に用いられてしまったのは…良い気分ではありません」

それはそうだろう、と先生は肯いた。

「それに関しては全面的に謝罪する。申し訳なかった」

「――じゃあ…先生が…?」

「………」

先生は珍しく言い淀み、何度か目を泳がせた。

「…いや。そうだな。真実を」

小さく呟いてから、私と目を合わせた。

「君の育ての親は、塔の出身でね。ウイユ先生とも懇意だった」

父は魔力制御の方法を求めて、私から魔力生成に関する情報をコピーしてウイユ先生に託した。解読と、制御法の研究。それが託された願い。その一環として他者への埋め込みが行われた。当時の塔は、それらが成功したら武装転用する事を条件にその実験に許可を下した。

「僕は就任してからそれを知った。君に伝えるかは悩んだが――伝えなかった。すまない」

それは。つまり。

「私の事を、兵器として見ていたワケではなかった」

「あたりまえだ!」

先生は怒り気味に、ほんの少しだけど、声を荒げた。

「君の育て親だ、どんな人間だったかは君がよく知っているだろう」

そう。そうだけど。

何をしていた人なのかは知らなかったし、今も知らない。

私はジユウみたいに人の嘘を見抜けない。丸っと信じて良いんだろうか。父も先生も、私を兵器利用する気はなかったと?

「君を塔に招いたのは…もう、そういう研究をしなくても良くなったからだ。君の育て親が君を塔に預けなかったのは、かつての塔は君にとって危険があったからだ」

あの冗談は頂けなかったな、僕は冗談が下手でいけない──と先生は頭を掻いた。

『研究体としても価値があるから』と言っていた事を指してだろうか。半分本気で受け取っていたが、冗談だったのか。

「……よかった…」

目の焦点も合わないままポツリと呟いた私に、先生は困った顔をして、もう一度「すまなかった」と口にした。

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