008 クドル

「あ、いたいた!クドル…さん!」

「………」

名前を呼ばれて振り返ったが、それ以外に特に反応がない。

「私、フィアっていいます。あの、魔力の制御方法を教えて欲しくて」

そう伝えると一拍おいて頷いてはくれたものの、直後首を捻った。

「教えるって、何を」

「せ、制御方…」

あまりの愛想の無さにめげそうになりながら繰り返す。

「………」

斜め上を見ながら黙り込んでしまう。

「ええと、じゃあ、あの時…どうやって私の暴走を鎮めてくれたんですか?」

「乱れた魔力を自分が取り込んで、調えてから再放出した」

質問を変えるとスラスラと答えてくれる。

「よく知る相手なら同調して鎮めることも出来る、と思う」

「そういう調整の仕方とかコツとか教えて貰えませんか」

ん、と肯いて

「丁寧語、使い難そうだから止めて良い」

とても助かった。



「どうだフィア、そろそろ上級もいけそうか?」

「単発なら、多分」

「まだ早い」

調子を訊いてきたスナフ先生に肯くと、すかさずクドルからストップが出された。

「最近おまえよく喋るな」

「言葉を尽くさないとフィアが迷走する」

先生が呆れた顔をしている。

魔力制御を教えて貰うようになって、確かにクドルは喋るようになった。当初寡黙すぎてこちらも困惑気味だったが、なんとか意思の疎通が困難じゃない程度まで持ってこれた。クドルの端的すぎる言葉を受け取り損ねる度にクドル自身が改善してくれていった結果だ。

「互いに良い影響があるのは結構」

そして、最近はふたりでスナフ先生の授業を受けることも増えた。

「術の精度と威力は申し分ない。暴走させない持久力さえ身に付けば良い攻性術士になれるぞ。ぼくには及ばないが!」

「………フィアは一度、寧ろ全力で暴走しきってみた方がいいのかも」

大胆なクドルの案に先生が苦い顔をする。

犠牲デメリットがでかすぎる。少なくともぼくの目の届く所では試すなよ。責任を問われるのはぼくだ」

ひとつ肯いて、クドルはそれ以上言わなかった。


「さっきの、どういうこと?」

授業後、クドルに訊いてみた。

「身体も手も大きい人が小さすぎる道具で細かい作業をさせられると物凄いストレスを受ける。力が溜まる。ムシャクシャする。爆発する。貴方の魔力暴発はそういう感じだから」

生成量に対して排出量が少なすぎる、または、持ってる力と使い途の質が合わないのでは、という話らしい。

「そう言えば、クドルも暴走したことってあるのか?」

いつもこちらの話ばかりで、クドルの事をあまり聞いたことがなかった。

「最初の頃は何度かあったらしい」

「……? こどもの頃?」

最初という表現も然ることながら、伝聞形なのは、覚えてもないほど小さい頃…という事だろうか。

クドルは首を捻って、最初の頃、と再度言った。

「貴方と違って自分は後付けだから」


魔力を有する者の『構成情報』を、魔力を有さない者に埋め込む。そうしたら、元々持たない者であっても魔力を使えるようになるのでは?

そういう研究があったそうだ。

被験者は何名か居たようだが、適応者はひとりだけだった。それがクドル。


「何度目かの暴走で記憶と感情が飛んだらしい。それからは制御出来てる」

魔力を持たなかった頃の自分をリセットし、魔力持つ者として新生した。

「………」

平然と教えてくれているけど、こちらはポカンと開いた口が塞がらない。

そんな私に気付いたクドルは察したように

「お腹空いた?」

「違う」

塔の事も政治の事も、全然知らないし解らないけど、術史の授業でやった程度の知識ならある。

前体制の塔では戦力が求められていた。戦死率99.9%の戦いに挑む為の強力な戦力が。

腹の底から気持ちが悪い。

「顔色が悪い。医務室に」

「大丈夫!医務室に行く程じゃないから」



「だから、ウイユだよ」

「やっぱりかあ!」

気持ちの整理をつけるためクドルと別れ、即おかあさんに愚痴りに行った。

「人体の構成情報の複製、移植。まあ説明義務を果たして被験者当人の了承得た上での施術だからギリギリライン。ちょっとどうかなと思っても魔術倫理管理法に反してはない」

ぐぬぬと言い知れぬモヤモヤと戦っていると、

「クドルでしょ」

「えっ!?」

ちゃんとぼやかして喋った筈なのに、バレていた。

「本人が隠してないから」

隠してなくてもおおっぴらにはしていない筈だ。だって寡黙が過ぎるもの。

「塔は本当、いろんな奴がいるよなぁ」

はぁ、と大きな溜め息を吐いてマキは潰れた。

「…何。そっちはどうしたの?」

「別に。推薦で入ってきた新入生にあっという間に追い抜かれたなんて、気にしてないし」

「ひぇっ」

マキは贔屓目無しにかなり成績が良い。なんかもう、私には関われない世界の話だ。

「よしよししてあげよう」

「いらない」

珍しく断られた。



「アレの世話は全面的にぼくがみてる。何か問題があったか?」

スナフ先生にクドルの事を訊いてみた。

どうやらクドルとスナフ先生は私とルエイエ先生みたいな関係らしい。

「いえ問題は」

不思議とふたりを見ていると、失礼ながらスナフ先生クドルに懐いているような印象を受ける。なんであれ、仲は良さそうで結構だ。

「親しそうに感じたので」

先生はフン、と鼻を鳴らした。

「そう見えるか。まあ、置いていかれた者同士、仲は悪くないさ」

「置いていかれた?」

「アイツを造ったのはウイユだが、それを依頼して鍛えてたのは別の攻性術士だ。国に引き抜かれる事になって、暴走の多いこどもは連れて行けないとポイさ」

嗤うように話しているが、確かに怒気を感じる。

「その後記憶も感情も消えたから、本人は気にも出来なくなったがな」

良かったか悪いのか判断しかねる話だ、と先生は肩を竦めた。

「まあそういう前例もある。だからおまえも大暴走は試してみるなよ」

「…はい」

あの時の苦い顔はそういう意味だったのだろう。



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