007 クドル

「そろそろ瞑想の授業も修了ですね」

「!」

授業の最後に、ケミオ先生はそう言った。

「かといって、日課として怠らないように。毎日の積み重ねで貴方の魔力は安定しているのです。欠かせばまた乱れてしまいます」

「は、はい」

入学から今迄、一度も魔力暴走を起こさずに来れている。危なげなく安定していて、暴走に怯えていた昔が嘘のようだった。

忠告を真摯に受け取り頷く。

先生は優しく微笑んだ。

「では、特別授業が一枠空きますが…希望はありますか?」

「………」

私にとって毎度難題である授業計画を唐突に振られて暫しフリーズする。

「今までは止められていたかも知れませんが、そろそろ攻性術の受講も大丈夫ではないかと思います。これからは補講ではなく、自身が学びたい科目を自由に選択できます。希望が決まったら教えて下さいね」

止められていた…という事実はない。実際、芸術か攻性術か悩んでいたくらいだ。

少し首を傾げながらも頷く。

「因みに先生は、元々担当教科は何だったんですか?」

「ああ、私は占術を教えています。興味がありますか?」

占術というと、がっつり座学。ひたすら資料の読み解きと計算を行うという、私に最も向かないと思われる教科だ!

「いいえ、すみません、いいえ」

幸い気を悪くした風もなく、クスクスと笑われた。



「なんで毎回俺に聞きに来んの」

「適切なアドバイスが欲しいです」

おかあさん ことマキはこれ見よがしな溜息を吐いて相談に乗ってくれた。

「錬金来る?」

「ムリ!」

占術に次いで無理。

「まあそうだろうな。前回迷ってたし、攻性術でいいんじゃない」

「投げやりじゃない?」

「いや、そろそろ自分で考えろよ」

仰る通りです。

「それはそうとして、幻術の方はどうなの」

「あ、楽しいよ!」

芸術の中から幻術を選択したワケだが、コレが思いの外楽しい。

まず理論が求められない。

いや、皆は小難しい理論に従って術式を展開しているんだと思うが、その理論や術式自体を提示しろとは言われない。完全実技評価なので減点がない。先生も「創造性と楽しさが大切!」という授業方針で、求めればアドバイスをくれるけど比較的自由にやらせてくれる。

「へぇ。よかったね」

うん、と肯いて本題に思考を戻す。

攻性術に決めようかとは思うが、ケミオ先生の言葉が少し気になった。

止められているかも知れない――というのは、どういう意味だったんだろう。



「おまえか。ぼくの授業が受けたいという特待生は」

「よ、よろしくお願いします」

攻性術の特別授業に来てくれた先生は、とても尊大な人だった。

なんかいつもちょっとふんぞり返っている。

でも自信があってキラキラしていて、なんだか眩しい人だ。

「どんな高度な授業を望むかと思えば、基礎だと!ぼくに基礎を教えろとは!」

そしてとても元気な人だ。

「まあいい。おまえに攻性術の特別授業を施す、ナナプトナフトだ。先ずはおまえの実力を知らんと話にならん。今からぼくが展開する術式を順に真似ていけ」

言われた通り、ひとつずつ先生の術を真似ていく。

燃やしたり、通電させたり、風を巻き起こしたり、水を纏わせたり。

大概の術をちゃんと真似てみせる内に、先生も楽しくなってきたらしくどんどん高度になっていった。そして。


暴発した。


「――クドル!」

先生が誰かを呼ぶ声がしている。

私の意識は少し靄がかかったような、少しレイヤーがズレているような。何処か冷静に暴走したじぶんを見ていた。

講義室の壁が一部壊れてしまったなとかのんびり考えていたら、急速に意識が引き戻された。

「……せんせい?」

ルエイエ先生が暴走を治めてくれた時の感覚に似ていた。

「制御も出来んのか未熟者め!…あぁいや、未熟なのは当たり前だ。おまえは学びにきているんだからな」

「ぁ、スナフ先生…すいません」

「この暴発は止め時を見誤ったぼくの責任だが、おまえもおまえでよく反省して精進しろ」

もう一度すいませんと呟くように謝って、身を起こそうと――したところで気が付いた。

「………」

傍には見知らぬ青年。格好からして多分生徒だと思う。

身体を支えてくれていたのは、つまり暴走を鎮めてくれたのは

「そいつはクドル。おまえと同じ、魔力持ちだ。ただし制御は出来るぞ。教えて貰え」

「え!?」

魔力持ち。自分と同じ。

「先生、知ってたんですか?」

「当たり前だろう。講師は全員知ってるし、そもそもおまえの術の使い方と成績を見れば解る」

そりゃあそうか。危険な生徒情報は先生たちの中で共有しておかないといざという時の対処が出来ない。成績を見て察されるのは少し悲しいけれど…。

クドルの方を見る。

無表情で、まるで何処も見ていないような瞳。

「あの、ありがとう…ございました」

「………」

少し視線を下げてこちらを見た…ような気もする。すぐに逸らされた。興味なし、と言わんばかりだ。

「おまえの力量と必要な加減は大体解った。教室を片付けるからおまえはもう戻れ。瞑想を忘れるなよ。クドル!おまえは手伝え」

またまたすいませんと頭を下げてボロボロになった教室を出る。

外にはちらほら野次馬が居たようだが、私が出て来るとさっと散っていった。



「フィア君、大丈夫かい?」

夜。ルエイエ先生が様子を見に来てくれた。

「攻性術を選択する前、ケミオ先生に『攻性術は止められているかも知れないけど』って言われたんですよ。こういう事だったんですかね?」

「そうだね。攻撃的な力を扱うワケだから、少し濁り易いんだ。けど、基礎や初級ではそうそう心配ないと思っていたから止めはしなかったんだが…すまない。説明しておくべきだった」

驚いて首を振る。

今回はちょっとイレギュラーだった。術のレベルを上げながら連続でどんどん使ってしまったのが問題だったのだ。

「一応訊いておくが…受講を止めるかい?」

「――……もし、よければ… 続けたいです。その、…楽しかったので…」

「そうか」

先生はひとつ肯いて。

「勿論だとも。毎回暴発されたら流石に困るのでナナプトナフト先生には無理はさせないよう言い聞かせておくが、生徒きみが望むなら学校ぼくは止めないとも」

先生は嬉しそうにそう言ってくれた。

「攻性術を学ぶのなら、先生からも紹介を受けたと思うが、クドル君とも話をしてみるといい。マキ君とは違った方面で君の援けになってくれるんじゃないかな」

クドル。

あの無表情な人。自分と同じ、でも多分、私よりも優れた魔力使い。

全然仲良く出来そうな気がしなかったけど、よく考えたらマキも初印象は良くなかった。

「はい。先生、ありがとうございます」

ご迷惑を掛けてすいません、を飲み込んでお礼の言葉に変換しておく。

「うん。また何かあったら言ってくれ。おやすみ、フィア」

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