006 カルタ
「──ってことがあって。本当ジユウの奴…」
友人の愚痴を、先輩はにこやかに聞いていてくれる。あまりに聞き上手なものだから、いつもつい言い過ぎてしまう。
すいません、と小さく謝ると先輩は笑顔のまま首を振った。
「いいよ、どんな話でも俺はフィアちゃんの側にいるだけで満たされるからね」
キレイな顔を崩さないまま、寧ろよりキレイに微笑んで臆面もなくそんなことを言う。
「また先輩はすぐそういう…」
「本当のことなんだけど。信用無いなぁ」
そりゃあこんだけ堂々と口説かれると逆に平気になる。というか、出会った頃からこの調子なので慣れてしまった。
「でも、触れられたなら──もっと、もっと満たされるんだろうなぁ…とも思うよ」
その一瞬の目付きがいつもと違って、背筋がゾッとした。慣れつつあるいつもの色気の放出じゃなくて、まるで殺気のような。本能的な恐怖を刺激する瞳だった。
「ええと……」
感じた恐怖を誤魔化し、先輩の手を取る。
「はい」
両手で握って見せれば、キョトンとした顔。
そして
「……ぷはっ、『触れさせて』くれたんだ?」
「お望みでしたので」
ツボに入ったらしくフルフルと笑い続けている。
「ふ、あははっ。うん、ありがとう」
発作は治まったのか、目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら顔をあげる。
「いつかその首筋に、唇で触れたいな」
「………先輩次第ですかね」
悪戯に微笑む先輩にそう返すと、またちょっと驚いた顔をして
「悪いヒトだね、フィアちゃん」
困ったように笑っていた。
「カルタ。
「はい、なんでしょう?」
先輩は声を掛けてきた先生から私を隠すように立ち位置を変えた。
それを、覗き込むように身を捻ってその先生は私に視線を向けた。
「──ほぅ。ほぅほぅほぅ」
顎に手を当てて、四方八方から覗き込まれる。
「ぇ、えっと??」
初対面の先生だ。
「先生、私に用なのでは?」
「待て。今忙しい。後にしてくれ」
自分から声を掛けてきたとは思えない言い種だ。
「な、なんでしょうか」
「君。君がひょっとして、学長の養い子かね」
「───」
言葉に詰まる。
咄嗟には巧い誤魔化し方が思い付かない。
どうしよう──
「やはり!そうかそうか。呪学は興味ないかね?」
沈黙は肯定と受け取られてしまったらしい。
これで呪学は取れなくなったな、とぼんやり思った。
「先生、ウイユ先生。今あっちをトビオカ先生が歩いて行きましたよ」
「なに!」
先輩の言葉に先生はバッと勢いよく身体ごと振り返る。
「あぁ、カルタ。後で研究室に顔を出すように」
「わかりました」
それだけ言い残して、先生は凄い早さで先輩が指差した先へ消えていった。決して走ってはいないのが恐い。
「ごめんねフィアちゃん。今のは呪学のウイユ先生。学長の事が大好きなんだ」
「あっそういう…」
悪い人ではないんだよ、というフォローを聞きながら、肺に溜まった空気を吐き出す。
「学長は『王』だからね。シンパも多い」
「王…」
それはなんか、解る気がする。
自然と頭を下げたくなる。従いたくなる。指示を貰うと嬉しいし、指示通り動けると気持ちいい。その表現はしっくりくる。
「でも気を付けて。悪い人ではないけど、倫理観は壊れてるから」
魔術師だからね、と先輩は言った。
先輩の中で魔術師とはそういうものらしい。
「ウイユ? ああ、生体錬金の」
マキに訊いてみたら耳慣れない単語が返ってきた。
「呪学って言ってたけど…」
「担当授業は呪学。でも彼が研究してるのは生体錬金」
そういうこともあるのか。なるほど。
「なに、それ」
「簡単に言うと、人体の複製とかそんな感じかな。臓器とか皮膚とか」
「うぇ」
思わず顔を歪めてしまったが、マキは涼しい顔で続けた。
「火傷した肌を張り替えたり、失われた血液を補填したり出来るようになる。有用で重要な研究だと思うけど」
「あ、うん」
マキは真っ当な魔術師なので、どんな研究であれ否定しない。研究結果は全て使い方次第だ、と前にも言っていた。
私は元々一般人なので、その感覚が解りにくい。研究内容から利用法を想像するのも上手くない。
「まあ本人がどう使うつもりかまでは知らないけど。あの人倫理観がちょっとアレだし」
「え」
先輩と同じことを言う。あの先生、何かやらかしたことでもあるんだろうか。
「とは言え学長の目があるし、問題ある活用はしな──出来ない、と思うね」
それを聞いて思い出した。
「そういやさ、カルタ先輩がルエイエ先生の事『王』って例えてた。上手いよね」
「……それ、喜ばれないと思う」
マキは神妙な表情をしていた。
「塔は国との仲が微妙なの知らない?」
肯く。
知らなかった。というか、塔も然ることながら国の事などサラサラ知らない。
「あ、そう。前学長は今国に仕えてる。今の学長に塔を追い出されてね。ルエイエ学長はご存知の通り人気あるから国から見たら危険人物ってわけ」
「え、飛躍した」
そう?と軽く流してマキは続ける。
「だから『王』なんて呼んでちゃ、いつ『反意有り』とか難癖つけられるか解ったもんじゃないでしょ。口にしない方がいいよって話」
なんだか難しそうな話で拒否反応が出かけていたが、最後に解りやすく纏めて貰えたので助かった。
「『この話はおしまい』」
「そういうこと。忠告ついでにもうひとつ」
マキは一瞬明後日の方を見てから溜め息混じりに言った。
「あんまり、カルタ先輩とふたりきりにはならない方がいい。あんた、解ってなさそうだから」
「?」
好意を向けられていることだろうか?それなら流石に解っているつもりだが…
「イチャイチャするくらいなら別にいいけど、いつか本当に喰われるぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます